第7話 懐かしさ感じる伯爵邸

 日を改めて、ルーカス様と私は、ハーゼ伯爵邸に向かった。


 叔父様には先に手紙を書いておいたけれど、きっとすごく驚いているに違いない。

 これまで外に出たことなかった私が突然アデナウアー公爵家の三男に見初められて、結婚すると言い出したのだから。

 しかも知らぬ間に公爵家のお屋敷でお世話になっているし。


 ……もしかしたら、勝手をしたから怒られるかも?


 そんな不安もありつつ、伯爵邸に到着した。

 七歳まで住んでいたところだ。

 昔と変わらぬ外観が目の前に広がり、懐かしさを感じる。


「メリナ!」

「叔父様」


 公爵家の馬車が到着したこともあり、叔父様直々出迎えにきてくれたらしい。


「叔父様、こちらが手紙でお伝えしたルーカス・アデナウアー様です。ルーカス様、こちらが私の叔父、ハーゼ伯爵です」


 私が二人にそれぞれを紹介すると、ルーカス様から頭を下げた。


「突然のご訪問となり申し訳ありません」

「ああいえ……」


 ルーカス様から先に謝られ、叔父様は少し戸惑っているようだ。


「こちらこそ、ご足労いただきありがとうございます。立ち話もなんですので中へどうぞ」

「はい。ありがとうございます」


 叔父様に案内されて、私たちは応接室へ向かった。


 道すがら私は、邸宅内に十二年前の面影を探した。子供時代のことでも、よく通っていた廊下なんかは覚えているものだ。

 窓から見える景色も変わっていない。


 だから余計に、両親と暮らしていた楽しい思い出が走馬灯のように頭の中を駆け巡る。


「メリナ。懐かしいかい?」

「はい、とても。内装もあまり変えずにいてくれたんですね」

「ああ。わざわざ変えなくても使えるからね」

「ありがとうございます。嬉しいです」


 柔和な雰囲気の優しい叔父様。

 お父様が亡くなって伯爵位を継いでからは苦労も絶えないと思うが、私のことも気にかけてくれる素敵な叔父様だ。

 年は今年で三十六歳だったはずで、長く伸びた髪を後ろで一つに結んでいる姿は昔から変わらない。


 応接室に着くと、叔父様は執事たちも皆部屋から出して人払いをした。

 部屋には叔父様とルーカス様と私の三人だけ。


 その状態になってようやく、叔父様はたくさん質問してきた。


「それで、メリナはどうやってあの家から出たんだい? それにどうして結婚なんて……。いつの間にアデナウアー家のご子息と知り合いに?」


 知りたいことはたくさんあるだろうが、重ねられても回答が大変だ。

 私は一つ一つ答えていく。


 もちろん、ルーカス様との関係については公爵様たちに話したものと同じ嘘の設定を。


「……それで実は、先日あの家に賊が入りまして――」

「賊!?」

「あ、でも。私は何ともなかったんです。ルーカス様が助けてくれたので……」


 賊と聞いて叔父様が取り乱しそうになったので、私は無事だったことをすぐに伝える。

 それを聞いて、叔父様の表情は安堵に変わった。


「なら良いが……」

「賊に誘拐されてしまったことで私は家の場所が分からなくなってしまったのですが、ルーカス様が魔除石を貸してくれて。それから安全だからとアデナウアー家のお屋敷に連れて行ってくれたんです」

「魔除石……。ではルーカス様には……?」

「……はい。私の体質のことは話しています」


 叔父様に聞かれて、私はハッキリと答えた。


 悪魔を引き寄せる体質について、誰にも話してはいけないと叔父様と約束していたのに、私は約束を破ってしまったことになる。

 それに、家から外に出てはいけないという約束もしていたのに、それも破ってしまった。


「ごめんなさい叔父様。約束を破ってしまって……」


 叔父様に申し訳なくて視線を下げると、隣にいたルーカス様が私の手を握ってきた。

 突然触れられたことにドキッとして彼を見ると、彼は頼もしい頷きをして、私の代わりに続きを話してくれた。


「ご安心くださいハーゼ伯爵。メリナの体質については他言いたしません。それにこれからは、彼女が安心して外出できるよう私が誠心誠意支えていくつもりです」


 ……ごめんなさい叔父様。


 ルーカス様が頼もしい恋人を演じてくれているのに、私の心は謝罪したい気持ちでいっぱいだった。


 この結婚は一年限定。

 彼に脅された面も多少はあるけれど、それ以上に、彼のプロポーズに惹かれてしまったのも事実。


 家の中から眺める変わり映えのない景色に、正直少し飽きてしまっていたのだ。

 いつかは外へ出てみたい。

 きっと鮮やかで見たことのない素敵な世界が広がっていると頭の中で想像し、いつかこの目で見てみたいと夢見ていたのだ。


 だからこの結婚は、ルーカス様に無理やり押し付けられているのではなく、結局は私のわがままだ。

 叔父様にも話せない内緒事。

 それがバレるのではないかとドキドキしつつも、優しい叔父様なら多くを聞かずに受け入れてくれるような気もして、私は複雑な感情で話していく。


「私は、彼の強さと優しさに惹かれてしまったのです」

「一時の気の迷いということは?」

「……ありません。アデナウアー家のお屋敷でたくさん話をさせていただきましたが、時間を経ても、彼への気持ちが冷めることはありませんでした」

「そうか……」


 叔父様の顔には困惑の色が浮かんでいる。

 けれど考えた末に、叔父様はやはり受け入れてくれた。


「…………メリナがそう言うのなら、私がこれ以上反対するのは無粋だね」

「叔父様っ……」

「ルーカス殿。メリナは外のことを何も知らない子です。どうか、大切にしてください」


 叔父でありながら養父でもある叔父様。

 父親のような優しい顔をした叔父様は、ルーカス様に私を託してくれた。



 ――こうして私とルーカス様は両家の許しを得て正式に婚約者となる。


 数週間後には、後継選任戦の幕が開ける前に小規模な結婚式を挙げ、私はルーカス様の妻としてアデナウアー家に迎え入れられることとなった。


 ……それ即ち、私の【囮】生活も幕を開けたことを意味するのだった。

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