第6話 義家族(予定)との対面
「ハーゼ伯爵の?」
「はい、父上。血縁上は姪ですが、養子になっているため、身分としては伯爵令嬢です」
プロポーズを受けた翌朝。
ルーカス様が言っていた通り、私は彼の家族に紹介された。
そこに集まったのは、ルーカス様の父親である現アデナウアー公爵様と、昨夜対面済みの長兄ヨナス様。それから次兄のイザーク様だ。
結婚したら義理の家族になる人たち。
イザーク様は朝から起こされて少しご機嫌ななめな様子だ。
「それで、その娘と結婚するだと?」
「はい」
ルーカス様は笑顔で頷いた。
突然三男が結婚するなんて言い出して、父親としては複雑な心境だろう。
しかも相手は見知らぬ伯爵令嬢。公爵家の人間ならばもっと良い縁談相手も用意できるだろうから、それを思えば余計に受け入れ難いはずだ。
「二人の出会いは? これまで一度もご令嬢との話を聞いたことがないが一体いつから関係を?」
鋭い眼差しで尋ねてきたのはヨナス様だ。
昨日は何を聞いてもルーカス様から答えを得られなかったので、今日こそはと意気込んでいる。
そして聞かれたことに対しての質問は、本当のことを言うなら「昨夜会ったばかり」になる。
だが、それで結婚しますなんて話がまかり通る訳もないので、どう答えるかはしっかりと対策済みだ。
昨夜詰めておいた二人の素敵な恋人設定(嘘)を、ルーカス様が息を吐くようにスラスラと話していく。
「出会いは半年くらい前です。ある日、彼女が悪魔に襲われていたところを私が助けたことで縁が結ばれました。それからは、たまに街で会ったら話したり、時間があるときはお茶をしたりしていたんです」
「それで?」
「実際に恋人になったのはつい最近です。ただ、将来的には結婚も考えた上での交際でした。……そんな中で昨夜、メリナが賊に襲われたのです」
賊に襲われた、と聞いた瞬間、全員から冷たい視線が注がれて私は萎縮した。
それに気づいたルーカス様はすぐに補足する。
「ご安心ください。襲われたと言っても、誘拐されかけたところを私が助けましたので、彼女は傷ものではありません」
もし賊に襲われて傷ものとなっていたら、公爵家の妻として受け入れてもらえないだろう。
公爵様やお兄様方が反対しそうな点をルーカス様がしっかりと潰していく。
「メリナは森の中にある一軒家で一人暮らしをしているのですが、昨夜彼女の家に賊が侵入したのです。私の手で助けはしたものの、その後であの家に彼女を一人置いてくるなんて心配で出来ず、急遽こちらに連れ帰りました。……もちろんメリナは失礼にあたるからと遠慮していたのですが、私がどうしてもと言って無理やり連れてきたのです。父上たちに許可を得る前に泊めたりして、申し訳ございませんでした」
昨夜、ヨナス様には話さなかった「状況」を話していく。
真実と嘘を織り交ぜたルーカス様の設定は、よくできていた。この設定ならば、私が昨夜このお屋敷に来たのも仕方ないと思ってくれるはずだ。
そして、公爵様はこちらの思惑通りに受け入れてくれた。
「そうか。なら仕方ないな」
すると今度は、公爵様は私に確認してきた。
「……メリナ嬢に聞きたい。あなたはルーカスと添い遂げる覚悟があるのか?」
……大丈夫。こんなことを聞かれたときの答えも予習済みだ。
公爵様に話しかけられた私は、ゆっくりと口を開く。
「……はい。ルーカス様は私を二度も助けてくれて、感謝してもしきれません。今度は私が妻として、彼を側で支えたいと思っております」
夫を立てる妻の鑑のような回答。
周りに好かれる回答だ。
そのまま、公爵様からの質問は続く。
「ふむ。後継選任戦のことは?」
「はい。伺いました」
「ではあなたは、ルーカスを推すことで公爵夫人の座も狙っているのか?」
「……」
……これは予習してなかった質問だわ。
隣にいるルーカス様はしれーっとした顔をしているが、内心少し焦っていたりするのかな?
さてどうしよう。
……でも大丈夫。
私が演じるのは「ルーカス様を隣で支える妻」だ。それが根本にあることさえ考慮すれば、ルーカス様が設定した私がどう答えるべきかは導き出せる。
「……私がなりたいのは“ルーカス様”の妻です。ルーカス様が公爵になるかどうかは、私が彼と結婚したいという意思には関係ありません」
私は笑顔で、そう答えた。
隣にいるルーカス様がどういう顔をしているか分からないので、間違った答えをしていないかと心臓は少しだけドキドキしている。
……彼が何も言わないってことは、間違ってはなか……った?
「そうか……」
「ふん。口でならどうとでも言えますよ父上」
公爵様はフッとやわらかな微笑みを浮かべたが、イザーク様が気に食わなそうな顔で刺々しいことを言う。
「あのルーカスがどこぞの令嬢と懇意にしているなんてあり得ないですよ。社交界でも名だたる令嬢たちのお誘いを全部断った奴ですよ?」
「それは別に。これまで出会ったご令嬢たちとは縁がなかっただけです」
イザーク様は公爵様に訴えかけるが、それはルーカス様が即座に否定する。
するとイザーク様はルーカス様を見て、ハッと鼻で笑った。
「んな馬鹿な。見た目も家格も、その娘より良い令嬢方が山ほどいただろう」
……それは私もそう思います。
と私はイザーク様に同意しつつ、二人のやり取りを見守っていると、ルーカス様は全力で私を持ち上げてくれた。
「それはイザーク兄上がそのような観点でしか女性を見ていないからではないですか?」
「なんだと!?」
「私はメリナが持つ優しさや癒やしに惹かれたのです。他のご令嬢方とは比べようがない」
「はあ? そんな娘ごとき――」
「イザーク兄上。これ以上メリナを侮辱しないでください」
ルーカス様は睨みをきかせた。
本気で怒ったような空気を感じたイザーク様は、思わず口を噤んだ。
「……本気で好きなのかよ」
イザーク様がボソッと呟いた言葉に、ルーカス様は売られた喧嘩を買うように反応した。
「当たり前でしょう。こんなに可愛らしいメリナに、本気にならない訳がない」
私の手はルーカス様に絡め取られ、家族に見せつけるように手の甲に口付けされた。
ルーカス様はただ私を愛していることを示そうとしたのだろうが、異性からそんなことをされたことがない私は、照れて思わず赤面した。また、公爵様たちは初めて見る彼のそんな姿に呆気に取られているようだった。
それからすぐ、公爵様がごほん、と咳払いをしてこの場を締めた。
「ルーカスの気持ちは分かった。ハーゼ伯爵側の許しがもらえるなら、こちらは二人の結婚を許可しよう。……ただ、そういうことは今後、二人きりのときだけにするように」
最後に付け加えられた一言からは、息子の恋愛を間近で見たくないという気まずい親心が垣間見えた。
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