第5話 まさかのプロポーズ

「じゃあ改めて。明朝、君を父上や兄上たちに紹介するための話を詰めるか」


 部屋に入ると早速、ルーカス様がそう言ってきた。

 私はここでようやく口を開けるのだ。


「そう、そうです! 先ほどの話は一体……? その……妻、とか……?」

「ああ。君には俺の妻になってもらおうと思ってる」

「……?」


 ……なぜ?


 ルーカス様の目は笑いながらも真剣で、だからこそ意味が分からず私は首を傾げた。

 お屋敷に来るまでにそんな話はしていなかったし、そもそも私たちは今日初めて会ったのに?


「ピアスはどうした?」

「ピアス? それならこちらに……」


 私は、手に握っていたピアスを慌てて差し出した。

 両手を開いて見せると、ルーカス様はひょいっとつまんで自身の左耳に付け直した。


「これを貸したとき、俺が『その代わり』と言ったのを覚えているか?」

「……はい」

「よし。まあそういうことで、大事なピアスを貸した代わりに、妻になって欲しい」

「……?」


 その話は覚えている。

 高価なものを貸してくれたので、お返しを要求されるのだろうと思ったから。

 しかしそのお返しが妻になるとは……何ごと?

 自分で言うのもあれだけど、彼が私を妻にしても何のメリットもないと思うのだが。


 ポカーン、となってしまった私に、ルーカス様が言葉を付け足す。


「あ、ただし。妻になるのは一年間だけで充分だ。一年経ったら離婚してもらって構わない」

「一年……ですか?」

「メリナは、アデナウアー家の後継者がどうやって選ばれるかを知っているか?」


 アデナウアー家の後継者?

 今度は何の話?

 でもまあ、貴族は大体長男が後を継ぐものと思っているが、違うのだろうか。


「長男が選ばれるのでは?」

「違う」


 ルーカス様は首を横に振り、私に分かるように教えてくれた。


「アデナウアー家は実力主義だ。次期公爵となるためにはまず前提条件として、一族の血が入っていることと異能ランクがA級以上であること、という二点がある。その上で、当代の公爵が発令した一年という期間中、祓魔のポイントを最も多く稼いだ者が後継者となれる。一族ではその戦いを『後継選任戦』と呼んでいて、さっき言った二つの前提条件を満たす全員に参加資格が与えられるんだ」


 出てきた話はあまりにも現実離れしていて、十二年間外に出たことのない私にとっては余計に難しい話だった。


「えっと……?」

「そして先日、父上は一ヶ月後に後継選任戦を始めると発令された」


 次期公爵となる人間を選ぶ戦いがもうすぐ始まる。

 その戦いで勝つために必要な祓魔ポイントとは一体何なのか?


 私が疑問に思ったことを、ルーカス様は聞く前に話してくれた。


「祓魔ポイントは祓った悪魔の大きさや数に応じて付与される。特殊な仕組みが施された武器を使って悪魔を祓うことで、自動でポイントが貯まるようになっているんだ。ちなみに祓魔師という職業は、貯めたポイントに応じて報酬がもらえる出来高制だ」

「へえ……」


 祓魔師というものをよく知らなかったが、思ったよりも制度がしっかりしているようだ。

 それに特殊な武器というのは、ルーカス様の場合は先ほど使っていたあの剣のことだろう。


「それで、だ。これから一年間は誰よりも悪魔を祓う必要がある」


 にこぉーと笑みを深めるルーカス様。

 ……ああ、嫌な予感。


「だから君のその悪魔を引き寄せる体質を貸して欲しいんだ」


 予感的中。

 嫌な予感って分かりやすい。


「……つまり私に『囮』になれと?」

「そうなるな」


 ……笑顔で何を言うんでしょうか、この人は。

 

 私は冷静を保ちつつ、もう少し質問をする。


「ではその、妻というのは……? 囮なら囮と紹介すれば良かったのでは?」

「そんなことしたら兄上や他の参加者たちに君を取られるだろう?」

「……私の体質は隠したまま囮に使いたいと?」

「でなければ他を出し抜けない。そちらにとってもその方が良いと思うぞ? 想像してみろ。誘拐されて木とかにくくりつけられて、悪魔をおびき寄せる餌にされる図を。それでもいいのか?」


 木にくくりつけられるの……?

 ルーカス様は怖いことを言う。言われるままに想像してしまい背中に悪寒が走る。


 私の頭の中には昔見た図鑑の一ページが浮かんでいたのだ。

 まるでカブトムシを捕まえるために木へ塗られるゼリーのような扱いではないかと思ってしまった。


「ほ、ほ、本気でそんなことを……?」

「それだけみんな本気で公爵の座を狙っているからな。公爵になれば一族のトップに立てる。富も名声も、欲しいものが全て手に入る座だ。そのためなら何でもするさ」


 家の外は悪魔がいて危ないとは聞いていた。

 でも、人間にも相当危ない人が混ざっているようで。

 それを聞くと、これまで家に籠ってひっそりと暮らしていて良かったと改めて実感する。


「まあだから、君の体質は他には話さない。けど理由も無しに側へ置けば、すぐにバレるだろう。だから表向きは“妻”ということにする。しかも、俺が惚れ込んでいて、どこに行くにも連れ歩きたいという設定付きで」


 最後に付け足された設定は、そうすることで私が彼と常に一緒にいることを周りから不思議に思わせないためだろう。


「……周りの人には愛する妻だと偽りつつ、私は隠れてあなたに囮として使われる。ただそれも、後継選任戦が終わるまでの一年限定で、それさえ終わったら離婚して私は解放される。そういうことですね?」

「ああ、そうだ」


 ここまでの話を要約して、ルーカス様に相違ないことを確認した。

 だが、相違はないが、その提案を呑むことは難しい。


「この話、私が受けなかったらどうなりますか……?」


 ピアスの貸しにしては不釣り合いなお返しになる。お返しの方が大きすぎる気がして、そう簡単には頷けない。


「断るのか? まあ良いが、そしたらここから一人で家へ帰ることになるぞ?」

「え」

「ちなみに、この家は防御系の異能持ちが守っているからここにいれば安全だが、門から一歩でも外に出たら分からないからな」

「……それは脅しですか?」

「まさか。事実を教えているだけだ」


 捕らえた獲物を逃がさないようなそんな顔。

 なまじ整った顔立ちで美しいから、ミステリアス度が増している。

 この人は笑顔の奥で何を考えているの……?


「あとそうだ。その体質じゃ今まで安心して外に出られなかっただろう?」

「はい? ……まあ、そうですね。この十二年は一度も外に出てません」

「は?」


 聞かれたから答えたのに、なぜかルーカス様は目を丸くしている。


「十二年? 十二年も、外に出てないだと?」

「はい。七歳で両親が亡くなったので、そこから十二年間はずっと森にある一軒家で生活しています」

「魔除石とかを使えばその体質でも外に出て問題なかっただろ?」

「……そういうものは高価なので。それに叔父様が、私は外に出ない方が良いと言うので」

「ハーゼ伯爵がそんなことを?」

「でも良いんです。安全に住める場所を提供してもらっただけで叔父様には感謝しているので……」


 これは本音だ。

 叔父様には不満なんてない。

 外に出たいというのは私の我儘だ。

 ここまで育ててくれた叔父様に、我儘は言いたくない。


 けれど本当は……。


「外に出たいと思ったことは?」


 ルーカス様はじっとこちらを見ている。

 彼の緑の瞳に見つめられると、まるで心の中を見透かされているようで怖くなる。

 私は目を逸らして答えた。


「……ありますが、それは――」

「なら良い」


 我儘だから言えない。

 そう答えようと思ったのに、ルーカス様は言葉を重ねてきた。


 ……なら良い、とは?


「えっと……」

「メリナ。改めて言おう」


 ルーカス様はスッと私の目の前に立ち、自信満々な笑顔で言ってきた。



「俺と結婚して囮になれ。代わりに、外の世界を見せてやる」


 ――忘れもしない。それが彼から私に贈られた、プロポーズの言葉でした。

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