第4話 ようこそ、アデナウアー家へ

 引き寄せ体質の次は、無能。

 初対面の人に打ち明けるにはどちらも重い話だ。


 それまで普通に話してくれていたルーカス様も、さすがに無言になってしまった。

 きっと無能な人に会ったこともない彼は、掛ける言葉が見つからなかったのだろう。


 ……と、思っていた私が間違っていました。


「着いたぞ」

「え……?」


 ルーカス様が着いたぞ、と言って足を止めた先にあるのは、明らかに私の家ではない。


 森に佇むこじんまりした私の家はどこですか。

 いつの間に森を抜けたのですか。

 恐らく街の外れと思われるこの場所にそびえ立つ豪華なお屋敷はなんですか。


「え……?」


 驚きで語彙力を失った私の口からは、「え」しか出てこない。

 私はルーカス様と目の前のお屋敷を交互に見て、現実を確認する。


「わた、え、私の家は……え?」

「何の話だ?」

「え、え? 私の家に向かっていたのでは…………?」

「誰がそんなことを言った?」


 ルーカス様にそう言われて、さっき森の中で会話した内容を脳内再生してみる。


『……まずは家に行こう』


 …………あれ?


 確かに「私の」家とは言ってなか……った?

 散々私が「家に戻らないと」と言っていた流れで言われたから、てっきり私の家に向かってくれているのかと思ってついてきたのに。まさかの勘違い?


「まあ何でも良い。行くぞ?」


 ルーカス様が一歩前に出ると、お屋敷の立派な正門がキイィと厳かに開いて行く。


「行くってあの……。ここは一体……?」


 戸惑いが溢れて冷や汗ダラダラの私を見たルーカス様は、鼻でフッと笑って笑顔を見せた。


「ようこそ。我がアデナウアー家へ」


 ……あ。ですよね〜。


 確認のため質問してはみたものの、十中八九そうだろうなとは思っていた。

 何せこの大きさのお屋敷だ。


 アデナウアー。

 彼の名前を聞いたときにもしかしてとは思ったが、このお屋敷を見て確信した。


 ルーカス様は、この国一番の祓魔師一族とされるアデナウアー家の人だ。しかも本家の。


 アデナウアー家は由緒正しき祓魔師の一族で、本家と分家が存在する。

 本家は国で最も位が高い公爵位を賜っている名家。

 一方の分家は、家によって賜っている爵位が違う。けれど一族の血が持つ力というものは凄まじく、たとえ爵位が低い分家であっても、アデナウアーと名乗るだけで全国民から尊敬の眼差しを向けられる存在である。


 悪魔に生活や命を脅かされている国民にとって、祓魔師は言わばヒーローなのだ。

 そんなヒーローを数多く輩出しているアデナウアー家の、しかも本家となれば、ルーカス様はよほどの有名人ということになる。


 ……そんなすごい人だったのね。失礼なこと言わなかったかな私。


 今更そんなことを思いながら、私はさっさと進んで行ってしまった彼の背中を追いかけて、自分には不釣り合いな門を潜ったのだった。


***


「……その娘は誰だ?」


 お屋敷に入って廊下を歩いていると、一人の男性と出くわした。


 会って早々こちらを不審者を見るような目で見つめる顔は、森で出会った時のルーカス様にそっくりだ。


「まだ起きてらしたんですね。ヨナス兄上」


 ……なるほどお兄様。似てると思った。


「質問に答えろ」


 ヨナス様はギンッと鋭い視線を送ってきた。

 一瞬で空気がピリつく。


 ルーカス様からの挨拶を無視して自分の質問を通そうとするあたりで、この兄弟の関係性が垣間見えてしまった。

 私には兄弟がいないのであまり知った風の口もきけないが、それでも多分、この二人の仲は良くないと思う。


 はあ、とルーカス様はため息を吐いて、私を見てきた。


 ……そう言えば、私のことは何て言うのかな?


「ルーカス様、あの――」

「この女性はメリナ・ハーゼ。私の妻に迎える女性です」


 ………………?


 その場がしーんと静まり返った。


 ルーカス様は私を示しながら、おかしなことを言っている。

 妻? 迎える? 私……を?


 だが、彼はニコニコと満面の笑みで自信満々である。言い間違いではなさそうだ。


「ふざけているのか?」

「まさか」

「父上が許したのか?」

「父上には明朝話すつもりです」


 ヨナス様の眉間の皺がぐぐぐぐと深くなっていく。


「父上の許しなく、得体の知れない女を家に上げるなんて非常識だと思わないのか?」

「状況が状況だったのです。それも含めて、明日お話しする予定です。……それに」


 兄から睨まれているというのにルーカス様は飄々と、一歩後ろにいた私の肩を引き寄せて隣に立たせて言い切った。


「得体が知れないなんてひどいことを言わないでください。メリナは俺を支えてくれる素敵な女性です」


 ……ほう?


 ヨナス様は意味が分からないという顔をしているが、当の私も全然意味が分からない。


 ただなぜか、ルーカス様の笑顔からは何も喋るなという圧を感じて私は唇を引き結んでおいた。

 私がそうして彼の意思を読み取ったことが正しかったのか、彼はご満悦そうだ。


「ということで、詳細は明日話しますし、今日のところはよろしいですか? メリナのことも休ませてあげたいので」


 まるで恋人を労る優しい男性のようなセリフ。

 肩を抱き寄せてそんなセリフをさらっと言えるなんて。なるほど、ルーカス様は女性の扱いに慣れていらっしゃるようで。


 ヨナス様は全くもって納得いっていないようだが、何を聞いても「明日話す」の一点張りなルーカス様を前にしたら退くしかなかった。


「…………分かった。今日のところはとりあえず見逃すが、明日父上に説明する場には俺も参加させてもらう」

「勿論です。兄上方も最初からお呼びするつもりでしたから」


 ヨナス様は最後にルーカス様をじーっと見つめてから、ふんっ、と鼻を鳴らして去って行った。



「……行くか」


 ルーカス様に連れられて、私たちはルーカス様の部屋に到着した。

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