第3話 緑炎の祓魔師

 私が「悪魔を引き寄せる体質だ」と打ち明けると、青年は頭を抱えて黙ってしまった。


 面倒な女に会ってしまったと思われているのだろうか。


 ……それはそうよね。

 祓魔師の彼にとって、私は仕事を増やす厄介者だもの。


 これ以上青年に迷惑をかけないためにも、やはりどうにかしてでも早く家に戻らなければならない。


「あの、私――」

「はははははっ!」

「!」


 青年が突然声を上げて笑い出したことに、私は驚いてビクッと肩をすくめた。


「まさかそんな体質の女がいたとはな! 俺はツイてるようだ!」


 さっきまでこちらをねめつけていた目が、今はまるで、欲しかった獲物を見つけたようなキラキラした目をしている。


 ……わあ。危ない人だあ。


 おかしなタイミングで笑い出し、おかしな目でこちらを見てくる青年に対して、心の中でそう思ってしまった。


「……っと。そんなことを言ってる場合じゃないな。家に戻れば安全なのか?」


 高揚していた気持ちを落ち着けた彼から聞かれて、私は戸惑いながら答える。


「家は……四方を結界石で囲っているんです。なので家の中にさえいられれば安全で……」

「結界石か」


 石を複数箇所に置き、石同士を繋ぐようにして結界を張ることで、悪魔を跳ね除ける力を持つ結界石。

 ものによって効果の大小はあるものの、家を丸ごと覆うほどの結界となれば維持するのも大変なはず。

 それなのに、結界石も含めて私が住むための一軒家を用意してくれた叔父様には本当に感謝しかない。


 だから、あの家に住んでから私は、叔父様から言われるままに家の外へは一歩も出なくなった。けれど、それで良かったのだ。

 私が外に出てしまえば、周りの人を危険に晒してしまうから。


 自分の特異体質が周りに及ぼしかねない影響を思い出して落ち込みかけたとき、青年が話しかけてきた。


「それなら良いものを貸してやる」


 そう言って彼はこちらに歩いてきながら、自身の左耳に付けていたピアスを取り外した。


「手を出せ」

「?」


 私は言われた通りに両手を上向きに出してみた。

 するとそこに、彼は先ほど取り外したピアスをシャラン、と落とした。


「え」

「このピアスは魔除石で出来てるんだ。まあ守備範囲は人一人分だけだがな。とりあえずの処置だが、これで悪魔が無作為に寄ってくることはなくなるはずだ」


 手のひらに落とされたピアスは、細長くて薄緑色の石が使われていた。

 彼のエメラルドグリーンの瞳とよく合う綺麗なピアスだ。


 結界石は、石で囲んだ場所に結界を張って悪魔の侵入を防ぐ。

 一方の魔除石は、悪魔を跳ね除けるという意味では結界石と似た効力を持つが、大きな違いは石単体で効果を発揮するところだ。


 このピアス一つを持っているだけで、私は悪魔から守られる。

 たとえ悪魔が寄ってきても、魔除石が悪魔を遠ざけてくれるというわけだ。


「ありがとうございます」

「ああ。その代わり――」


 ……その代わり?


 このピアスを借りるのはタダではないらしい。

 それはそうか。

 こんなに高価そうなものを貸してくれるのだ。

 借りるのが少しの間だとしても何かしらお返しはすべきだろう。


「はい。何でしょう?」

「……いや、これは後で言うか。まずは家に行こう」


 自分にできることならばそれなりに応えるつもりだったのだが、青年はその先を教えてくれなかった。


 私が拍子抜けしている間にも彼はどんどん歩き始めてしまったので、置いていかれないように慌ててついて行った。

 ただし、「この人は私の家の場所を知っているの?」という疑問は生まれていたが。

 それでも今の私は、目の前の彼について行くしか選択肢がないのだ。(何せ家がどこにあるか分からないので)


 ふと帰り道で、彼が私に尋ねてきた。


「そうだ。名前は?」

「名前?」

「俺はルーカス・アデナウアー」

「私は、メリナ・ハーゼと申します」

「メリナか。俺のことはルーカスと呼べば良い」


 青年――ルーカス様は、そこから怒涛の質問責めをしてきた。


「ハーゼ……。ハーゼ伯爵は知っているが、娘がいたのか?」

「今の伯爵は私の叔父にあたります。先代の伯爵が私の父で、父が亡くなった後に叔父が伯爵位を継いだのです。ただ戸籍上は、両親が亡くなって叔父の養女となったので、娘になっていると思います」

「姪か。なるほど。今いくつなんだ?」

「今年で十九になります」

「俺は二十一だ。二歳差ならちょうど良いな」


 ……ちょうど良いとは? 何の話だろう?


「一応聞くが、結婚は?」

「いえ……」

「なら婚約者は?」

「この体質ですので、そういったこととは縁遠く……」


 夜道を黙って歩くのは怖いだろうと、私に気を遣ってたくさん話を振ってくれているのだろうか?

 だとしたら話を広げられなくて申し訳ない……。

 友達もいないので、他愛もない話というのが苦手なのだ。


「そうか。じゃあ……あとはあれだな。メリナは何の異能を持っているんだ?」

「!」


 ――『異能』


 この世界では、最低でも一人一つは持って生まれる特殊能力のことだ。


 異能の発現には個人差があるものの、遅くとも十二歳くらいまでには皆発現し、使いこなせるようになっている。

 ちなみに、先ほど話に出ていた結界石や魔除石も、相応の異能を持つ人が作ったものになる。


「俺の異能は……さっき見たから分かるか。俺のは『緑炎りょくえん』と名付けられていて、緑の炎を操れる」


 先ほど剣に纏わせていたあの綺麗な炎は、彼の異能だったのか。

 炎系の異能は攻撃力も高い。……ということはまさか。


「それではランクは……」

「ああ。『S』だ」


 この国の民は全員、十二歳の誕生日に異能測定を受けることになっている。

 そこで個人の持つ異能に正式に名前が付き、そして、ランク付けもされるのだ。


 異能の希少性や効果、それから個人が持つ能力値の高さなどで総合的に判断されるランク。

 一番下は『F』で、一番上が『S』。


 一番初めに測定を受けるのが十二歳というだけで、その後も皆一年ごとに測定を受ける。そうすることで、ランクは年ごとに変動していくもの。


 それでも、まだ二十一歳のルーカス様が『S』を獲得しているというのは驚きである。


「Sランク……」


 記憶では、およそ百万いる国民のうち、最高のSランクを獲得できているのは五百人にも満たなかったはずなのに。


「それで? メリナは?」

「あ……」


 再び聞かれてしまい、私は下を向く。


 ……できれば話したくなかったけど。


「ありません」

「なに?」

「私には異能がありません」


 聞き返されたので、私は改めて答えた。


 私には、異能がない。

 皆一つは持って生まれるというのに、ないのだ。


 Sランクのルーカス様と、無能な私。


 本来会うこともないはずの真逆な私たちが、まさかこんな出会いをするなんて。


 ……そして、この時の私は知らなかった。

 ルーカス様がこの後、まさか私を“妻”に迎えようとしているなんて。

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