第2話 悪魔を引き寄せる

「こんな夜更けに森の中にいるなんて命知らずもいいところだ。何をしていた?」


 声までかっこいい彼は、眉間に皺を寄せた顔で尋ねてきた。


「えっと……私もよく分かってないんですが、多分誘拐されまして……」


 私は正直に答えた。

 目の前の青年が誰なのかは分かっていないが、そこで意識を失っている賊兄弟のことを隠し立てする了見もない。


 ただ、こちらが答える代わりに青年にも答えてほしいことがある。


「あの悪魔はどうなったんですか……?」


 私が目を閉じている一瞬の間に、いったい何があったのか?


「それにあなたは一体……?」


 目の前に立つ青年はどういう人なのか?

 頭の整理が追いつかないのだ。


 思い切って青年に聞いてみたが、青年から返事は来ず。

 なぜかあちらはまじまじと私を眺めてきている。


「……?」

「言われてみれば、見た目は悪くないか?」


 なんとびっくり。

 誘拐されていたと聞いて、私に相応の価値があるのかと確認するために見られていたらしい。

 

 ……え、私からの質問は無視ですか?


 と心の中でツッコミつつ。

 自分の見た目がどうかなんて考えたこともなかった私は、美しい彼から「悪くない」と言われて少しだけ顔が綻んだ。


「ありがとうございます?」


 よく分からないまま、一応お礼を言ってみる。


 私の返事が予想外だったのか、青年は首を傾げて「変わった女だな?」と言ってきた。


 ……ええ〜。


 青年への受け答えの正解がわからない。

 でも、変わってはいると思う。

 私は外の世界について無知だから。


 例えば洋服。青年が着ている服は黒の軍服のようなので、普通ならその服から職業とか、どんな人なのかが分かるのかもしれない。

 それから、見たものを吸い込みそうなほど美しく透き通ったエメラルドグリーンの瞳。分かりやすい特徴を持っているから、王都中の貴族令嬢が知っていてもおかしくない。


 ……けれど私は、知らない。


 変なことを言っているのかもしれないが、残念ながら私には何が変なのかも分からない。


 ……でも、とにかく今は家に戻らないと。


 私は気を取り直して青年に言う。


「すみません。私……家に戻らないといけなくて」

「家? 戻れるのか?」

「戻…………」


 聞き返されて、ハッとして周りを見渡す。

 ここは木々に囲まれた森の中。家に戻る目印なんてなく、方角も不明。どれだけ彼らに担がれて家から離れたのかも不明。その上、唯一の明かりは真上から照らす月光のみ。


 一人で戻るには絶望的状況だと認識し、サーッと血の気が引いていく。


「ど、ど、どうしましょう……。でも家に戻らないと……」

「そんなに怯えなくても、さっきの悪魔なら祓ったから取り急ぎここは安全だぞ?」

「祓った……?」


 青年は飄々とした様子で話しているが、今彼は何と言ったのか?


 ……祓った? 悪魔を?


 悪魔は国中の至るところに現れる。

 なぜ、そしてどこから現れるのかも分かっていない存在で、人々は悪魔に襲われないよう日々気をつけて生活しているのだ。


 だがそんな中で、人々を救う存在がいる。


 ――『祓魔師エクソシスト』。


 彼らはその名の通り、悪魔を祓うことを生業としているのだ。


 ……つまりこの人は『祓魔師』?


「なんだその目は? 信じられないならあの二人組を起こしてみろ。正気に戻っているはずだ」


 青年はくいっと親指で、気絶している賊兄弟を指す。

 さっき彼らに取り憑いたはずの悪魔を祓ったから、起こして確認してみろと言っているのだ。


「いえ、そんなことは……」


 したくないです、と語尾が小さくなりながら答える。そして私は、核心を告げる。


「あのでも……。さっきの悪魔を祓っても意味がないんです」

「?」

「私がいるとまたここに来ちゃう……ので……」


 この青年にどこまで話して良いか分からず、おずおずとしながらではあるが、どうにか伝える。


「何を言ってるんだ? 悪魔がまた来るだと?」

「はい。多分すぐにでも」

「なぜ分かる?」

「…………それは私が……あ」


 青年に私の秘密を打ち明けようとしたそのとき、スーッと再び悪魔の靄が現れてしまった。


「……あり得ないだろ」


 青年も悪魔を認識し、小さく声を漏らす。


 ぐぐ、と黒の面積が広がっていくと、靄は意志を持って私に向かってきた。


「ひっ」


 私は咄嗟に両腕を顔の前に掲げて目を瞑った。

 今度は自分が取り憑かれてしまうと思ったそのとき、青年はまた私を守ってくれた。


 私は体ごと彼の腕の中に引っ張り入れられたようだ。目を開けてパチパチと瞬きしたが、目の前には彼の胸元があって、上を向けば彼の顔が至近距離にある。彼との距離は間違いようがないくらい近かった。


 彼は私の肩をグッと強く握り、もう片方の手で腰元に携えていた剣を鞘から抜いた。


 ……剣で悪魔を祓うの?


 初め、剣は細身のシンプルなものに見えた。

 しかしすぐに、それは異質な姿を見せてきた。


 ボッとマッチに火がついたときのように、一瞬にして緑色の炎がその剣身を覆い尽くしたのだ。


 …………きれい。


 緑色の炎を纏った銀色の剣は月夜の中で美しさを増す。

 私は彼の剣に目を奪われ、呆然としてしまった。


「おい」


 呼びかけられてハッとした。


「は、はい!」

「ここを動くなよ?」

「はい……!」


 私はしっかり頷いた。

 青年は悪魔に視線を向けるとキリッとした表情になり、私をその場に置いて前進していった。


「ったく。一晩で三体も祓えるとはな」


 彼はそう言うと、剣を握る手に力を込めて構えた。

 そして、次に瞬きをした瞬間、彼は靄の胸元あたりを一突きしていた。


「え」


 目にも留まらぬ速さとはこういうことを言うのだろう。

 動きに無駄がなく、なんとも鮮やかな仕留め方だった。


 そうして剣で貫かれた悪魔は、粉塵となって消えてしまった。


 ……今ので悪魔が祓えたの?


 青年が剣を鞘に納めるところまで見て、私は無意識にパチパチと拍手していた。

 私の拍手に気づいた青年がこちらに戻ってくる。


「まるで祓魔ふつまを初めて見たような反応だな」


 また変なものを見る目で見られたので、私はすぐに拍手を引っ込めた。


「あ……すみません」

「謝る必要はないが。……それで? さっきの続きは?」

「さっき? ……あ」


 一瞬きょとんとしてしまったが、すぐに思い出した。


 悪魔がまた来る。それは私が――。


 そう言いかけたあのセリフの続きを求められているのだ。


「そう、そうなんです。私――」


 少し躊躇いつつも、私は青年に打ち明ける。

 この状況ではやむを得ない。


 ……きっと叔父様も許してくれるわよね。



「私、悪魔を引き寄せる体質なんです」



 十二年。

 私は、両親の死後、叔父が私のために用意してくれたあの家から出たことがない。

 

 その理由はただ一つ。

 一歩でも家の外に出た瞬間、たくさんの悪魔を引き寄せてしまう特異体質だからである――。

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