無能令嬢の私が、最強祓魔師の妻になった理由。(言うまでもなく【囮】です)
香月深亜
第一章
第1話 誘拐と、出会い。
一人暮らしなのだから、もう少し気を付けなければならなかった。
森に佇む二階建ての一軒家。
取り立てて豪華でもない、平民が住むような一軒家。だから油断した。
……玄関の鍵、掛け忘れちゃってたのね。
私、メリナ・ハーゼは、屈強な男の肩に担がれながらそんなことを考える。
彼らは、何を間違ったのか質素な我が家に金目の物を求めて空き巣に入った賊のようだ。
いやらしい目つきをした中背の男と、私を軽々と担げるほど良い体格をした大男の二人組の賊。
深夜にふと目が覚めて一階に降りると、部屋中を漁っている男たちと目が合ってしまった。
寝ぼけた頭で「どちら様ですか?」と聞いてしまったのが運の尽き。おかしな質問をしてしまったことに気づいたときにはもう、逆さまになった視界いっぱい、私を担いだ男の背中が広がっていた。
一瞬の出来事で抵抗もできず、私は男に担がれて家から連れ出されてしまう。
……あ、大変だわ。
「くそっ! あそこは伯爵の別荘じゃなかったのかよ!?」
「伯爵以外に誰かが住んでるなんて聞いてなかったっすねえ」
「っすねえ、じゃねえよばか! ちゃんと調べろって言っただろ!?」
「すまねえっす兄貴」
森を走り抜けながら賊がそんな会話をしている。
伯爵とは、おそらく叔父であるハーゼ伯爵を指しているだろう。
十二年前まではお父様が務めていた伯爵位だが、両親が事故で亡くなったとき、叔父様が爵位を継いでくれたのだ。
叔父様は、当時まだ七歳だった私のことを養子にして育ててくれた、優しくて尊敬できる人。
あの家を用意してくれたのも叔父様で、一人暮らしの私の元を定期的に訪ねても来てくれている。
そして私は、あの家に住み始めてから、
だから賊兄弟は勘違いしてしまったのだろう。
あの家はハーゼ伯爵がたまに訪れる別荘で、他に誰かが住んでいるわけではないと。
ハーゼ伯爵が伯爵邸にいることさえ確認すれば、この家は無人で、賊に入っても問題ないと。
あまりにずさんな下調べである。
「…………あ、のぉ」
私は男が走る上下振動に声を震わせながらどうにか声をだす。
「ん? なんか言ったか?」
「俺じゃねえっす」
「……すみ、ません」
「あ、この子っすね」
「なんだ?」
しゃべりにくいが、男たちは走る足を止めてくれないようなので、そのまま話す。
「わ、たしは、どこに……?」
「悪いがこっちも捕まるわけにはいかないんでな。口封じの為にも適当なところに売らせてもらうぜ」
なるほど。あの家で売れそうなものは手に入れられなかったから私を売って稼ぐということか。
ずさんな下調べの次は、無計画な誘拐事件。
この人たちは賊の初心者さんのようで、やることなすこと、こちらがちょっと心配になってしまうレベルだ。
……けど、心配なんてしてる場合じゃないのよね。
「あの……すみませ、ん。ちょ、っと、おろ、して、もらえ、ませ、んか……?」
言葉が細切れになりながら背中越しに頼むも、必死で逃げている賊兄弟が聞き入れてくれるわけもなく。
即刻、兄と思われる方から却下されてしまった。
それでも私は、頼み続けるしかない。
「ほん、とに……あの……」
無視されても何度か話しかけていたところ、ザッ、と突然ブレーキがかかった。
私は勢いよく、目の前の大きな背中に鼻をぶつけてしまう。
いたっ、と思いながら何が起きたのか分からず、逆さまのまま首を傾げる。
「……なんだあれ?」
ぼそっと呟いたのは、兄と思われる男。
その声には見たことのない何かを見た驚きと少しの恐ろしさが乗っているようで、声から読み取れる感情だけで、私は直感した。
……来ちゃったのね。
「分からないっす。けどなんか怖いっす」
「あれ、こっち見てるか?」
「そう見えるっすね」
私には見えてないけれど、今彼らの前に何が現れているのかは想像できる。
もっと言うと、この先も想像できる。
このままではこの賊兄弟も危険だ。
ふと、私を担ぐ手の力が緩まったのを感じた。
私は慌てて大男の背中を両手で押して視界を逆転させ、そのまま体をよじって地面へ降りることにも成功した。
「あ!」
「おい、なにやってんだ! 早く捕まえろ!」
脱兎のごとくその場から離れようとしたが、大男は意外にも俊敏で、逃げることに失敗してしまう。
走れたのは数歩で、すぐに右腕を掴まれてしまった。
「離してください!」
「そんなことしたら兄貴に怒られるっす」
「でも一緒にいたらあなた達が……っ!」
売られたくない。
けれど今の私の頭の中は、もうそれだけの理由で逃げようとはしていなかった。
「? どういう意味っすか?」
大男が不思議そうな顔をしている。
だが、腕を掴まれて振り返った私は、そんな彼の顔越しに
「…………悪魔」
空気中に見える人型の黒い靄。
その靄はだんだんと数が増えていって、月明かりに照らされながらもその一帯だけ闇に包まれている。
得体のしれない恐怖が肩にのしかかり、目が離せない。
「悪魔? ……え、あれが!?」
一拍おいて大男もその靄の正体を認識したらしく、狼狽えている。
そんな彼に対して、私は声を荒げた。
「ここは危険です! 私と一緒にいたらいけません!」
「は……え?」
「アレの狙いはきっと私です! だから離してください! すぐに家に戻らないと……」
「おい、女は離すんじゃ……う、うわあああ!!!」
必死に訴えかけていたところで、もう兄の方がこちらに話しかけようとした。だが、彼の声は途中で叫び声に変わってしまった。
「兄貴!?」
「くるな! くるなあああ!!!」
大男はすぐに兄のいるところへ走っていくが、それがいけなかった。
……悪魔は人を襲う。
黒い靄はぐんぐんと面積を広げ、一気に二人の男を飲み込んでいく。
「あ……」
少し離れたところからその様子を見ていた私は、言葉にならない声を漏らす。
数秒であたり一帯の空気が、ずん、とまた一段質感を増した。
――悪魔は、兄弟に憑りついてしまったのだ。
実体を持たない悪魔は、人に憑りついて人を襲う。
さて、まんまと悪魔に憑りつかれた兄弟が襲うのは?
……目の前にいる私しかいないじゃない。
けれど、悪魔を目の前にして腰を抜かしてしまった私は一歩も動けない。
私が動けない中で、操られた屍のように不安定な足取りで近付いてくる兄弟。
どうしよう。
どうすればいい?
逃げなくちゃ。
でも、体が動かない。
……だれか、たすけて。
眼前に迫りくる恐怖からぎゅっと目を瞑ると、ドサッという音が二つ聞こえた。
恐る恐る目を開けると、目の前まで来ていたはずの悪魔に憑りつかれた兄弟は、何故か数歩先の距離で地面に倒れている。
「え……どうして……?」
「それはこっちのセリフだな」
背後から聞こえた声に驚いて振り向くと、そこには煌々と光る月を背にした黒装束の青年が立っている。
その美しさは言葉では形容しがたく、謎めいたものを感じる。
……こんな綺麗な人、初めて見た。
彼はエメラルドグリーンの瞳でこちらをねめつけているけれど、彼の美しさに見惚れてしまった私は、彼から目が離せなかった。
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