第19話 馬車の轍
わたしはブリード様の馬に乗り、5人の護衛と昨日、エルマ様が攫われた場所へ戻ってきました。
馬から降り、地面の馬車の車輪の跡を調べます。
わたしたちがいる場所は、峠の一本道の横にある平らな広場になっている場所です。
この場所はちょうど峠の頂上となります。
水が湧いているため水場も整備されており、峠越えで一休みするのによい場所となっています。
そのため、他にもたくさんの馬車や自動車の轍があります。
ほとんどの
それらの轍とは別に、新しくできた山の方に向かう轍がありました。
「ブリード様、ここから道を外れて山の方へ行ったみたいです」
わたしはブリード様に伝えます。
「綺麗な轍ですし、この方向には盗賊団のアジトぐらいしかないので、これで間違いないようですね」
ブリード様はこうおっしゃいますので、この先にアジトがあるようです。
昨日、わたしは木の上から、馬車が走り去ったのを見ています。
しかし、スコープの狭い視野から見ていたことと、土地勘がないのでどこへ行ったかは全くわかりませんでした。
「それでは、この轍をたどればよいのですね」
「はい、その先には3つアジトがあることはわかっています」
この先に盗賊団のアジトが3つあるそうです。
「そうなのですね。アジトの場所がわかってるなら、攻撃することはできないのですか?」
わたしはブリード様に尋ねます。
「はい、攻める側よりも守る側の方が有利ですかね。
さらにアジトは自然の洞窟を利用していますので、入口は1か所しかありません」
「1か所ならば攻めるのは楽そうですが」
1か所だけならば攻めるのは楽そうに感じます。
「逆に言えば守る場所も1か所しかないのです」
「ああ、確かにですね」
確かに、守る場所が1か所しかなければ、そこに集中できますよね。
「そうなりますと、アジトを攻めれるのですか?」
守る側が有利なら、どう攻めるのか尋ねます。
「自然の洞窟を攻めるのは大変で、アジトにできるということは、広さと長さがあります。
以前、放棄されたアジトを調べたのですが、自然の洞窟に手を加えてありました。
入口に近い所はコンクリートの壁と頑丈な鉄の扉があり、防衛設備になっていました。
奥は居住区や食料生産、簡易的な発電所や水道施設、換気設備がありましたよ」
「そんなにしっかりした施設なのですね」
砦のようだと聞いていましたが、まさかここまでの施設だとは思いませんでした。
「なので、アジトというより軍事施設ですね」
そうなりますと確かに攻めるのは大変ですね。
「そうなりますと、まともに戦うのは大変ですね」
「はい、なので父の代から討伐をしていますが、いまだに壊滅させることができていません」
そんな立派な施設があると、領主だけでは壊滅はできないのは仕方ありませんね。
「こんなに大変ならば、討伐は帝国軍でやるべきですよね」
わたしは少し腹立たしくなり、こう言います。
「法律上、人員と資金は領主が出さないといけませんから」
「法律のことは知っていますが、考えますとおかしいですよね」
「仕方がありません、法律が古いのです。元は反乱を起こさないように
領主を疲弊させるための法律なので」
ブリード様はこのようにおっしゃいます。
わたしも歴史を勉強していますので、ある程度わかります。
帝国は歴史上何度も反乱が起こっています。
そして何度か反乱が成功し、現在の皇帝は150年前に反乱を起こし帝位についた家系だそうです。
なので、領内のことは基本領主が解決し、もし帝国軍が協力する場合は
領主が帝国軍を雇うという、「領地管理責任法」を作ったそうです。
出動要請でなく、雇うとなっているのは、軍の費用を領主に出させるためだそうです。
ブリード様が軍の要請を渋ったのは、メンツだけでなく、この法律があるからなのです。
「歴史的なことがありますが、もう古い法律ですよね」
「140年前に制定された法律ですからね」
「そんな古い法律は撤廃か、せめて改正するべきです。ブリード様お願いします」
時代にそぐわない古い法律は、無くすか、せめて時代に合わせて改正するべきです。
「そうは言いましても、帝国会議の議員になるには伯爵以上の爵位、
35歳以上の男子で宰相に指名されるという条件で、空きもありません」
「ああ、ブリード様は無理なんですね」
わたしは法律を変えることができる、帝国議員になれる条件を知りませんでした。
ブリード様のご年齢では、まだ議員になれず、法律を変えることはできませんでした。
「法律のことは今はよいでしょう。まだ24時間経っていませんし、轍は鮮明ですね」
法律の話より、今はエルマ様を探すことです。
「そうですね、轍をたどりましょう」
わたしたちは、轍をたどることにします。
「私たちに同行するのは護衛は3名とし、残りの2名はここで連絡を待ってください」
ブリード様は護衛に命令しますが、護衛の方たちが何か長細い小さなものを持ち、それに話しかけています。
「あれは何ですか?」
わたしがブリード様に尋ねます。
「あれは中に魔石が入っており、それを使って声を飛ばす通信機です」
と答えます。
「そのような便利なものがあるのですか。しかし、昨日は持っていませんでしたよね?
これがあれば、デジョンにもっと早く助けを呼べたのではないのですか?」
そんな便利なものがありながら、昨日は持っていませんでした。
これがあれば、デジョンに早く助けを呼べたかもしれないです。
「実は馬車には積んでありました。ただ、戦闘時に携行するのを忘れてしまいました。
所有数も少なく、声が届く範囲も狭いです。
デジョンへは距離もありますが、さらに山など障害物があるので届きません」
「そうでしたか、すみませんでした」
わたしはブリード様に謝ります。
あったとしても、デジョンに助けを呼ぶには使えませんでした。
「謝らなくてもよいですよ。それよりも、今は轍をたどり、エルマの潜伏場所を見つけることが先決です」
「そうですね」
「では、行きましょう」
「はい」
わたしたちは、轍を踏まないようにして、歩いてたどっていきます。
馬車が走った跡は、何度か馬車や人が通ったため、自然の道になっています。
それでも、踏み固められておらず、土は意外と柔らかいです。
そのため、馬車の車輪でできた轍ははっきりしています。
そして両側に斜面が迫り、谷とまでは言いませんが、切通しのような道です。
もし、盗賊が隠れており、上から攻撃されたら大変な地形です。
そのため、一度足を止めます。
「ルイ、盗賊が隠れていないか、加護の力で確かめてください」
「はい、わかりました」
ブリード様は護衛の1人のルイさんに命令し、風と大地の加護の力を使います。
この力で人の声や息づかい、動きを探知できるそうです。
わたしも風の加護と大地の加護で、音や物体、人や動物を探知できることは聞いたことがあります。
ただ、訓練をしないと、それらを区別できないそうです。
ルイさんは区別できるのはもちろん、さらにわずかな人の動きや息づかいも、探知できるそうです。
なので、ルイさんはとても能力が高い方です。
「ブリード様、この半径300メートルの範囲には、残しておいた2名以外の人間は見当たりません」
「わかりました、大丈夫そうです」
わたしたちは再び轍をたどりますが、数分ほど進んだ先に広場が現れました。
その広場にはたどってきた轍のほかに、複数の轍があり、それぞれの方向に分かれています。
向かった方向は五方向で、どの轍をたどったらよいかわかりません。
また、ここに盗賊が隠れていないか、再びルイさんの加護の力で探知しますが
やはり人はいないそうです。
「どれがエルマ様を乗せた馬車でしょうか」
わたしはブリード様に尋ねますが、どの轍を見ても全くわかりません。
「さすがに、轍を見ただけではわかりませんね……」
「そうですよね」
さすがにブリード様でもわかりません。
「加護の力で調べることはできないのですか?」
隠れた人を探知できる加護の力があるならば、痕跡から人を追える加護の力もありそうです。
「そのような加護の力はあるそうですが、残念ながらここにはそのような力を使える者はいません」
ブリード様は、申し訳なそうに言います。
(あるなら、最初から使っていますよね……)
その力があるならば、先ほどのルイさんのようにすでに使っていますよね。
「聞いただけですので、お気になさらないでください。
そうしましたら、どれがエルマ様の乗った馬車の轍か、確かめることができますか?」
わたしは轍の見分け方があるか、ブリード様に質問します。
「はっきり言いますが、見分けるのは無理です。ただ、ここの土の柔らかさは一緒です」
ブリード様はこうおっしゃいますと、足元の土を確かめ、しゃがみます。
しゃがみながら、手で土の柔らかさを確かめ、地面の轍をじっくりと観察し始めます。
「轍を見ますと、複数の馬車がここで待機していましたね。
そして、私たちがたどってきた馬車も、他の馬車に向きを合わせて止まったようです」
ブリード様は地面の轍を見て、こうおっしゃいます。
「すごいですね。そこまでわかるのですね」
わたしは感心します。
「あくまでも推測です。ただ、人の足跡はありませんので、誰も馬車を降りていないようです」
ブリード様は人の足跡がないとおっしゃいますが、確かにわたしたち以外の足跡はありません。
「そうですね。ということは、エルマ様は攫われた時の馬車に乗ったまま、ということですね」
「その可能性は高いです。ただ、馬車に板を渡すなど、地面に足跡を残さない方法を使った可能性もあります」
盗賊ですので、その可能性もありますが、面倒そうに思います。
「そんな面倒なことをしますかね?」
「どうでしょうね、可能性が全くないと言い切れません。
しかし、難しく考えることはないでしょう。推測よりも、現実を見ましょう。
馬車が合流したあと、かく乱のために馬車の位置を何度も入れ替え、それぞれの方向へ行ったようです」
ブリード様は、推測ではなく、実際に見えている轍を見てこのようにおっしゃいます。
轍は円を描いており、ところどころ重なり合っていますので、位置を入れ替えたようです。
「何度もここで位置を変えていますね。やはり、これではエルマ様の乗った馬車は特定できません」
やはり轍だけではエルマ様の乗った馬車が、どの方向に行ったかはわからず、思わずため息が出ます。
「アストリア、ため息が出るのはわかります。
しかし、諦めてはいけません。まだ各方向の轍を確かめていませんよ」
ブリード様はこのようにおっしゃり、立ち上がりました。
「確かに、何か違いがあるかもしれません」
「はい、なので各方向の轍の違いを確かめましょう」
「そうですね」
わたしとブリード様は各方向の轍をよく調べます。
すると、同じ土の柔らかさなのに、轍の深さが違うことに気づいたのでありました。
帝都の狂犬公爵令嬢は辺境伯と結婚します しいず @shiizuu
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