エピローグ


「山奥にまだこんな小さな村があるとは。」

「今はどこも都市に人口を集めようとしているからな。拒んでいるのには何か事情があるのかもしれない。寄っていくか?」

「ああ、行こう。」


                    *


 とある国のとある貧しい村落に来ていた。

 時代錯誤も甚だしい。何百年前と変わらない生活体系だった。錆び付いた一戸建てが、山あいの盆地のような場所により集まって村を形成している。

 こういった地域に住む人々には、何十年も前から、都市部に移り住むように政府から指令が下されている。もし同盟があった時代なら快く受け入れていただろうが、今は違う。

 ここには郷土信仰が強く根付き、村の住人たちは誰一人と立ち去ろうとしなかった。政府の人間が何度も足を運んでは、この地域の災害の危険性や人口減少などそれらしい話はしたらしいが、無駄足に終わった。

「それで結局、そのまま放置されて今に至る、ってことか。」

「極めつけは、『新夜教』だな。」

「……やっぱり、あいつの残した痕跡は未だ大きいままなのか。」

「新夜教は、全世界に普及している、誰もが知る宗教だ。この村も、あの戦いから新夜教を村全体で掲げるようになった。住民の話だと、光なき夜が本当の夜、都市部での闇を紛らわす科学は悪、だそうだ。道理で科学を否定しているかのような生活になっているわけだ。」

「難しい問題だな。」

「お前らの世代は世界平和同盟があったから、宗教問題がなりを潜めていたが、過去を遡れば、人間たちが争う理由の上位に宗教があるくらいだ。宗教とはすなわち思想だ。思想がバラバラだから争いが起こる。争いが起こるから思想の溝が深まる。いつもの悪循環だな。」

「今になって、俺たちの時代がどれだけ平和だったか思い知らされるよ。」

 二人は村の中をぶらぶらと歩いていた。散々話を聞き回っていたため、珍しい部外者が歩いていても誰も気にしなくなった。

「それより気になるのが、村外れに住む家族だな。」

 村の人たちの話には、度々ある家族が出てきた。揃いも揃って快く思っていない様子だった。

 その家族に父親はおらず、母娘の二人暮らし。母親が村の慣習などについて、否定はしないものの肯定も賛成もしないため、疎まれる存在となってしまったのだ。

 村がどんな宗教を愛そうが、どんな選択を取ろうが、そこは二人が口を挟むことではない。だが、差別が起こっているなら、それはどうにかしたいと思ってしまう。

「何か天気荒れてきたな。」

 空は先ほどまで腫れていたが、分厚い雲が空を覆い始めた。

「宿を見つけないと。」

「村に宿はないらしいぞ。」

「マジ?」

 ため息をつき、二人は村外れまで行くことにした。例の家族に会った後、いつものように山で野宿する為だ。


「ごめんください。」

 いくらインターフォンを鳴らしても、応答はなかった。

「留守なのかな。まあ日を改めますか。」

 雨が降り始めてきたため、早々に準備を始めたかった。

 家を後にしようとした時、玄関がゆっくりと開いた。

 母親らしき女性が出てきた。しかし、様子が変だった。フラフラとして、よく見たら顔色が良くない。

「大丈夫ですか?」

 女性を支えてあげると、その体温が以上に高いことがわかった。

 家に運び入れベットに寝かせて、話を伺った。

 女性は数日前から高熱に見舞われており、幼い一人娘が看病してくれていたそうだが、今日の昼過ぎから姿が見当たらないというのだ。さっきは、鍵を忘れた娘がひょっこり帰ってきたのかと思い、無理に体を起こしたらしい。

「俺たちが探してきますから、お母さんはどうか安静にして待っていて下さい。水はこっちの机に置いておくので。」

 母親は申し訳なさそうにしながらも眠ってしまった。

 二人は一旦別れた。向こうに捜索を任せ、こちらは医者を探し始めた。

 丁度村の集会場に人が集まっていたため、そこへ赴いた。

「すいません、この村に医者はいますか?」

 部外者がいきなりこんなことを言うものだから、怪しんでも仕方がない。事情を説明した。

 しかしそれでも、彼らの顔は晴れなかった。

 またあそこか、バチが当たったんじゃない、など小言で話しているのが聞こえた。

 要するに、村の嫌われ者に情をかけることを渋っているのか。

 周囲を睨みつけた。

「なああんたら、あの人が体調を崩しているのを知ってたな?」

 集会所に集まっていた住民たちは口をつぐんでしまった。それは、それまで優しそうな雰囲気の自分が怖い剣幕で質問してきたからだ。

「俺の聞いた話だと、毎日あちこちで懸命に働いていたそうじゃないか。顔を見かけなくなって心配になったりしないのか?」

 みんなが顔を背けた。

 怒りが込み上げてきた。この後に及んで関わりたくないと思うその心が気に食わなかった。

「困ってる人を助ける、それすらも許してくれないのか、お前たちの信じる神様は。随分とちいせぇ神様だな。」

 年配の数名が怒って何かを言おうとしたが、何も言えなかった。

 この場にいる全員に、その言葉は小さな棘を残した。

「俺の知ってる神様は、もっと大きかったよ。」

 そう言い残して集会所を去った。

 サクヤと合流するも、村で女の子を見かけた人はいなかった。

「風も出てきやがった。」

 春先だというのに、雨風で気温が下がっている。

 もし森に行ってるなら――。

 あることを思い出した。

「そういえば、さっき立ち寄った資料館にあった村の迷信。村にいないとなると、もしかしてあれを信じて森に入ったんじゃ。」

「可能性はゼロじゃない。それなら急いだ方がいい。そろそろ日が落ちる。」

 仮に九歳の女の子が一人で森に入ったなら、この天候と時間、危険だ。

 二人は早速森へ向かった。親子の家の裏の森は広大で、迷ったら戻って来れないだろう。こんな山奥なら電波が届いていなくても不思議じゃない。

 雨で地面がぬかるんでおり、そのおかげで女の子の足跡がくっきりと残っていた。走って追いかけた。


 しばらく追いかけると、開けた場所に出た。

「おい、あそこ!」

 サクヤが指さした方向には、少女が倒れていた。

「ここまで一人で歩いたのか。」

 家からはかなり離れた距離だ。時折失踪した子どもが随分離れた地点で見つかる、なんてニュースを見かけるが、子どもの行動力と決断力は侮れないと実感した。

 少女を抱きかかえる。

「とりあえず、引き返そう。」

 帰りの道中、サクヤはあの場所について言及した。

「あれは人工的に管理されていた。恐らく周囲の木々を切り倒して、あのリンゴの木に集中的に栄養が届くようにしていたんだろう。近くに誰かが住んでいるのかもしれないな。」

 あの場所が迷信とどう関係あるのかは不確かだが、二人にはそこまで重要ではなかった。

 親子の家に着く頃には、天候は落ち着き始めていた。

「この村の医者にこの家に来るよう言ったんだけどな、準備がどうたらって言ってたから時間がかかるんじゃないか?」

 実際、親子の家に医者はまだ現れていなかった。

 前回家に上げてもらった時にこっそりとリビングの窓の鍵を開けておいた。案の定母親はまだ眠っていたため、リビングから二人は入った。

 少女の体は雨でずぶ濡れだったため、サクヤに任せてタオルや毛布などを集めた。

 着替えさせた少女を寝かせ、二人は家を出た。

 玄関を出て少し経つと、後ろからドサッと、何かが倒れる音がした。

 振り返ると、運んできた少女が倒れていた。

 駆け寄り、抱きかかえる。

「まだ安静にしていないとダメだよ。」

 少女はたどたどしくお礼を言った。

 少女の頭を優しく撫でる。

「よく頑張ったね。今はゆっくり休みなさい。」

「でも、……」

「大丈夫だよ。今からお医者さんを呼んで来るからね。何も心配いらないよ。」

「……。」

 少女の顔は晴れなかった。彼女は幼いながら、自分の家庭の現状を何となく理解しているのだろう。だから、善意を素直に受け取れないでいる。

 家まで運ぼうとすると、大丈夫です、と言って一人で立った。

「お嬢ちゃん、名前は?」

「セナ、です。」

「よし、セナちゃん。こっち見て。」

 少女が顔を上げると、そのほっぺたをムニムニと揉んだ。せっかく明るい顔なのにもったいない。

「笑顔はね、人を幸せにするんだ。だから笑って、お母さんを幸せにするんだよ。」

「……うん!」

 少女の緊張はほぐれたみたいだ。

「いい子だ。」

 もう一度少女の頭を撫でて、その場を去ろうとした。

「あの、お名前を聞いてもいいですか?」

 後ろから声をかけられて、立ち止まった。質問は簡単なものだったけど、今の自分には少し難しい。

「俺は、……いや、」

 これは彼らを知る旅であり、世界を見届ける旅であり、そして自分を見つめる旅でもある。

 ふと、懐かしい顔が浮かんだ。もう会えないけど、彼らは自分の中で生きている。

 まだ全ての答えがはっきりと出たわけじゃないけど、だからこそ――。

「今はこう名乗っている。」



~『faker』完 ~

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