第9話.赤黒く染まりし、故郷を思う

 夫が捕らわれた後。


 わたくしも聴取を受けました。



 そして屋敷に戻り。夜分、支度にかかりました。


 着物では少々恰好がつかないので……王国から着て来た、黒いドレスに。


 洗い、直され、ずいぶんきれいになっています。



 キキの仕業でしょうね。いつの間に。



「カーラ様……どちらへ?」



 おや、当人が帰ってきましたか。


 いつもの黒い着物ではなく、旅装といいましょうか。


 あるいは、簡素な戦装束かもしれません。



 早い帰り。着替えもせずに、ここまで来たのですね。


 そんなにわたくしに会いたかった……のと。


 そのお顔は、いろいろと聞きたかったのでしょう。



「王国は大変だったようですね。お帰りなさい、キキ。


 お母さまには会えましたか?」


「……はい。カーラ様が、匿っておいでだったのですか?」



 ラサスター男爵令嬢プラティ・ルーン。それが王国でのキキの名。


 ラサスター男爵夫人、つまりキキのお母さまは。


 キキを帝国に売った男爵が早晩没した後、行く当てがなくなっていました。



 娘を帝国にやるのは、本意ではなかったということですし。


 ご本人も、帝国の縁がすでにないらしく。


 王国内で過ごせるようにと、計らいました。



 ああそうそう。キキの行方の情報源は、もちろんこの元男爵夫人です。


 男爵は……すぐ動かなくなってしまいましたので。



 後ろ盾がなく、逃げ場のない夫人を虐げ。


 キキをいたぶっていたそうで。



 キキを訪ねてきたわたくしをも、それはもう豊富なお言葉でなじるものですから。


 つい。



 ああいえ。流行病にかかられただけですよ?


 男爵だけ。急に。偶々。


 まぁ原因は……わたくしが彼の呪いを、その場で返したから、ですが。



 それで、お一人になってしまわれた、キキのお母さまですが。



「わたくしは、匿える方にお願いしただけです。


 シンディ王女殿下はとても能力がおありで、女であること以外のすべてで王に相応しき方ですから。


 元男爵夫人一人を引き受けるくらい、造作もないことなのです」



 もちろん、引き受けていただくにあたり、わたくしからは相応の利益を奏上しています。


 断られましたが、受け取っていただきました。



「殿下たちは?」


「ぁ、はい。迎賓館に。ご滞在の手続きは済んでおります」


「それは重畳。ほかに聞きたいことはありますか?」



 わたくしが尋ねると。


 キキがこう、少し複雑なお顔をなさっています。


 あれのこと、でしょうね。見て来たわけですし。



 しかしわたくし、嫌悪されるかもと思っていたのですが。


 そういった反応ではありませんね?



「…………あれは本当に、カーラ様が、やった、のですか?」



 犯人はわたくしだと、言いましたのに。


 信じられないお気持ちも、わかりますが。



 それはまぁ、王国は酷い有様だったでしょうね。


 成立すれば即死の呪詛が、呪い主すべてに返った様は。



 わたくしは、王国の呪いを一手に引き受けていました。


 目的は、帝国に目をつけられ、渡れるように、です。



 本来はあれほど受ければ傷が滲むどころではなく、五体が凄惨に弾けます。


 それを自らのまじないで、抑えていました。


 ですが、わたくしが王国を出れば、その引き受けはなくなる。



 ばかりか、わたくしを呪い殺せなかったことで、呪いは術者に返るのです。


 仕組みに察しがつき、わたくしを利用していた方々は……ふふ。


 それはもう、わたくしが帝国に行くのを、青くなって止めるわけです。



 愚かだったのは、レイン王子ただ一人。


 もちろん、彼も無事ではありません。


 シンディ殿下を幾度も呪い殺そうとしていたこと、わたくし知っていますので。



 …………国王陛下と王妃殿下が弱られたのは、わたくしが魔女の修行を終え、戻る前でした。


 気高く聡明な方々だったと、シンディ様に語られたことを覚えています。


 毅然としながらも、彼女の握る手が白くなっていたのを、よく覚えています。



 わたくしの傷が消えた今、呪いはすべて返ったわけですが。


 本来ならただ死ぬところ……少し変わった様相を呈しているはずです。



「ええ。普通は呪詛返しとなり、死んでしまうだけなのですが。


 わたくしが呪いから身を護るため、かけていたまじないが。


 わたくしが王国を出たことで裏返り、影響を与えています。


 彼らは死ねぬ肉となっている。


 ああ、処置に困ったでしょう?埋めてしまいなさい。良い肥料になります。


 いずれ自然の力が勝り、肉が分解され、そうすればまぁ……死んだと言えるでしょう」



 魂もまた、いずれは茫洋となり、消えますので。


 呪いを執り行った彼らのそれは、もとより力を使い果たして空虚。


 怨霊にすら、なれません。



 ただキキの様子を見るに……王国は本当に、呪いが蔓延していたようですね。


 わたくしに直接向けられるものも、とても多かった。



 なぜあの有様だったのかは、想像の域を出ませんが。


 おそらく……不死人におもねったのが原因です。


 死なずの者に魅入られれば、人の命が軽くなるのも道理。



 帝国はそれが身に染みているから、身の内に潜られようとも、彼らとの戦いを止めないのでしょうね。



 キキがそっと、ため息をついています。


 なんでそう、むしろ晴れやかなお顔なのでしょう。



「私が果たしたかったことは、全部あなたが成し遂げてしまったようです」


「わたくしが望んだことは、あなたが果たしてくれましたよ?キキ。


 わたくしの迎え、あなたが志願したのでしょう」



 あそこで、キキがいなければ。


 ……もちろん、嫁ぎ先を考えれば、行った先で再会はできたでしょうが。



 あの時いてくれたことが、その先を容易にしたと。


 わたくしはそう、確かに感じております。



「その……はい。誰にも、譲れませんでした」



 そう。あなたの強い想いが、わたくしの力になりました。


 これでもわたくし、心は人並みな出来ですので。


 あなたがいなければ、数々の仕打ちに、重い鎖に、耐えきれなかったでしょう。



「場合によっては、道にそのまま隠してしまうつもりだったのですね?」


「…………お答えできません」



 そのように綺麗な笑顔でお答えいただくと、困ってしまうのですが。


 もう出なくてはなりませんのに。


 貪りたい。



 ……ああ。ならば所用はすぐに済ませ、帰ってくるとしましょうか。



 この屋敷はそろそろ調査も入りますし、後に引き払うことが決まっていますが。


 わたくしの帰る場所は……キキのいるところ。



「出ます。二刻ほどで戻りますので。


 行き先は、オンド様がご存知です」


「…………わかりました」



 キキが。帝国式のそれではなく。


 ぎこちなく、しかし恭しく。


 我らのよく知る礼をとりました。



「いってらっしゃいませ。カーラ様」


「はい。疲れているでしょうが、待っていてくださいね。キキ」


「もちろんです。カーラ様」



 その上げたお顔が欲濡れているの、台無しだと思うのです。キキ。


 ですがきっとわたくしも、同じ顔をしているのでしょう。

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