第4話 食べ物の恨み 3

 完全に頭がお花畑だ。

 何も変なことはない。

 お腹が空くと豚カツが降ってくる事は当たり前のこと……。


 ギュルルルルゥ……。


 さて! カレーライスをいただ……。


 パン!!!


 乾いた音が鳴り響き視界が真っ白になる。

 数秒間、記憶が曖昧な状態が続いたが次第にはっきりとしてきた。


 ここは……、泉。ダンジョンの中だ。

 どうやら精霊に精神支配されていようだ。

 一瞬気を抜いたのが悪かった。

 まあ腹が減っていたからしょうがねぇな。

 自分に言い訳をして気を持ち直す。

 さっきまでの出来事が夢のような感じで上手く思い出せないが、何か大事なことだった気がする。

 ノート……。いや違うな。

 ゲーム……。これも違う。

 給食……。これだ。

 そしてカレーライスの記憶も思い出した。


ル「オレ様のカレーライスがぁぁ!!! 青!!! 二回目だぞ!!!」


青「おっ、落ち着け! 今回は違う!!」


ル「じゃあ誰が邪魔しやがったんだ!?」


青「まて、ルシファー……。精霊の反応が無いぞ」


 そういえば、巫女の魔力に混ざって感じていた精霊の魔力が感じられない……。

 いや、違う。

 かなり弱いが微かに感じる。

 しかしさっきまでの魔力とはあからさまに別物だ。

 精霊に何かあったのは明らかだろう。


ル「精霊が弱っている……。巫女に攻撃でもされたか?」


青「封印の上からか? それは恐らく無理だと思うぞ……。なんにしろ精神支配が解除されたんだ。ラッキーじゃないか」


ル「ふざけんな! そのせいでカレーライスを食い損ねたんだぞ! 大体あの程度の魔法なんか自力で解除出来るんだよ」


 強がってみたが、実は結構やばかったのが本音だ。いかに最強の力を持っていても精神系の魔法は厄介だ。最初にレジスト出来ればなんのことはないが、一度支配されると解除するには魔力よりも精神力の方が重要になってくる。ちなみに精神力は全然自身がない。そもそもそんな精神力があればストレスなんか簡単に吹き飛ばせたはずだ。少し反省して精神の強化が今後の課題だな……。


 それにしても確かに封印の上からの攻撃は難しいな……。青なんかはオレの攻撃に耐えた実績がある。

 だとしたら、封印を先に解除したか?

 それなら攻撃が通るようになる……。 

 もしかして巫女の狙いは精霊の抹消なのか?

 いや、違うな。抹消するメリットが無い。

 ならなんでこんなに精霊が弱ってやがるんだ?


ル「えーい! まとまらねぇなぁ!」


 考えていても仕方が無い。

 仮に巫女が狂っていて精霊を抹消する気なら急がないと……。精霊はゲームに例えるとクリアの為のキーアイテムのようなものだ。ゲームなら重要アイテムとして破棄することが出来ないが、ここはゲームとは違う。精霊が抹消されたらそれこそクリア不能のクソゲーになってしまう……。


ル「白! 黒! リンクするぞ。強行突破だ!」


 白と黒がリンクして空間の把握とエネルギー管理が容易になる。巫女のいる場所もすぐ手に取るように分かった。


ル「そーこかぁっ!!」


 一度飛び上がり頭からダンジョンの床目掛けて突っ込んでいくと頭に触れる前にダンジョンの床は溶けるようにして穴が空いていく。そのまま何階層も破壊しながら下へ進んだ。


ル「おわっ!!?」


 間抜けな叫び声に合わせて空中で止まる。

 最下層に辿り着いたのか、さっきまでとは違う空気が漂っており驚いたのだ。周りには頭蓋骨が山のように散らばっておりフロア全体が骨の集合体のような作りだ。ねっとりとした感覚がまとわりつき気分が悪くなる。かすかに刺すような視線を感じた。誰かに見られている……?


 ギュルルゥ……。


 ちとやばいな。腹の限界が来る前に精霊達のリンクを解除しておくと同時に魔力エネルギーを30%程度まで限定させておいた。そのまま床に着地するとねっとりとした感覚が和らいでいることに気付く。さっきまでは白のせいで感覚過敏になっていたんだろう。合わせて魔力を制限したのもあるだろうが……。それだけ感知能力が弱くなったって事だ。ぐっと拳を握り気を引き締める。


ル「オラァ!!」


 掛け声に合わせて体全体から魔力を放つと、周りの景色が変わり始めた。やっぱり幻覚だったか。

 ダンジョンの本当の姿は緑色の鉱石で構築されていた。素直に綺麗だと思ったが、鑑賞会はとりあえず後にする。


ル「いるんだろ? 出て来いよ」


 そう声をかけると『さすがね』と言いながら女が姿を現した。

 ドクロの形をした玉座からすっと立ち上がり静かにこちらへ歩きだした。周りが暗いせいか表情が読み取れない。


「初めまして。ルシファー」


ル「お前が巫女だな?」


イ「ええ。私が巫女よ。イヴって呼んで頂けるかしら?」


ル「イヴ……」


イ「名前……変かしら?」


ル「いや、良い名前だ。中学の男共ならメロメロになるだろうよ」


イ「ちゅうがく? 何の事?」


ル「冗談だ。気にするな。それより精霊様を一体どうする気だ? かなり弱っているようだが?」


 途端にイヴが笑い出したかと思うとそのまま無防備にこちらへ近付いてくる。

 そしてオレの目の前で立ち止まり左手で髪をかき上げた。左目は閉じている為、右目の瞳の紅色がやけに目立つ。


イ「どうする気も無いわ。もうどうかした後だもの」


 そう言い放つと同時に左目が見開かれ精霊の魔力が溢れ出てきた。

 左目の瞳が吸い込まれそうな黒色をしていて、それが精霊の力のせいなのか違和感があった。


ル「ちっ!!」


 嫌な予感がしてすぐに目を閉じる。

 ギリギリセーフだろ?

 心の中で青に問いかける。

 『かろうじてセーフだな』

 性懲りも無くまたもや精神支配されるところだった。

 ほっとしたのも束の間、魔力の量がどんどん増えていきオレの魔力を抑え込もうとしているのが分かる。


イ「あら、残念ね。噂のルシファーがこの程度だなんて……本気出してみたらどう?」


ル「バカ言うな。オレ様が本気出したら魂の欠片も残らねえよ」


イ「ふぅーん……。それにしても顔は思っていた通りイケメンじゃない。ねぇ! 悪いようにしないから私の男にならない?」


 突然の申し出に目を見開いてしまった。

 慌てて目を閉じてイヴと精霊の魔力に対抗する。

 チラッとしか顔を見れなかったが結構イイ女だった気がする……。

 いつも横暴な態度や言葉使いをしているが、心は思春期真っ只中のオレには充分過ぎる攻撃だろう……。

 つい先程精神力を鍛えるとかどうとか思っていた事など吹っ飛んで完全に堕ちそうになってしまう。

 精神支配の為の言葉かもしれない。

 騙されるな! オレ!

 なんとか自分にそう言い聞かせようとするが、心はすでに半分持っていかれていた。


ル「ちょ、ちょっと待て! 精神支配する気だろ?」


 慌てて声を振り絞る。

 考えろ! 考えろ! 考えろ!

 青とリンク解除していたせいでどうしても思考がまとまるまで時間がかかる。


イ「そんなつもりじゃないわ。言葉に魔力も乗せてないし。信じてもらえない?」


ル「なら一つ教えてくれ。精霊をどうしたんだ?」


 教えてくれるはずは無いと思いながらつい質問してしまった。


イ「私に勝てたら教えてあげるわ」


 最初からそうして欲しかった。

 幼気な男の子をもて遊んでさぞ楽しかった事だろう……。

 でも、もしもあの誘いが本気だったなら……。

 心臓の鼓動が早くなりドキドキしている。本当に精神支配されていないか心配になってきた。


ル「あー! もう! どーにでもなれ!」


 魔力を全開にして一気にイヴと精霊の魔力を抑え込み力を拮抗させた。


ル「お前、戦えるのかよ? オレは強いぜ」


イ「ええ。良い線いくと思うわよ」


ル「はっ! 手加減してやるからかかってこいよ」


 その言葉を合図に二人共一旦後ろに飛び退いた。

 先にイヴが手の平に魔力を込めて火の玉を放つ。


ル「無詠唱か!? やるねぇ」


 オレは軽く氷の魔法でレジストした。

 続いて次の攻撃が飛んでくる。

 今度は無数の小さな鉄の塊だったがスピンしていて威力はかなり強そうだ。

 まるでピストルの弾丸……いやどちらかと言うとマシンガンだな。


ル「なら、これでどうだ!」


 オレは左手を横に振って瞬時に青色の炎の壁を生成した。飛んできた鉄の塊は炎の壁に飲み込まれ蒸発して消えてしまう。鉄の蒸発温度は約2800度。ちなみに青色の炎の温度は10000度以上だ。


イ「うそっ! 青色の炎……!?」


 意外にもイヴはその場に座り込んでしまった。


ル「戦意喪失か? あっけねぇなあ」


イ「青色の炎のなんて初めてみたわ……。やっぱり私の思った通りだった」 


ル「オレの勝ちで良いよな? で、教えてくれるんだろ?」


イ「食べたわ」


ル「?? 食べた?」


イ「そっ。食べたのよ」


ル「何を?」


イ「だから……。精霊よ。精霊を食べたの」


 なんてこった。この女……。精霊を喰いやがっただと?

 一瞬気が遠くなったがなんとか持ちこたえた。


ル「お前! 自分が何やったか理解しているのか?」 


イ「ええ。理解っているわよ。だからルシファー。あなたが私を殺せないって事もね」


 やられた……。物理的に精霊を食べる事は可能だった。普通は力の差を見せつけて精霊を使役する為に契約するのがスタンダードだが、裏技として直接取り込む事も実は可能なのだ。もちろんデメリットもあり、精霊を取り込んだつもりが逆に取り込まれる可能性もある。

 まさにロシアンルーレット……一か八かのギャンブルみたいなものだ。

 過去に成功した使徒もいるが、ほとんどの者が精霊に取り込まれ養分になるのがオチだ。

 そして精霊を取り込む行為は精霊との融合を意味している。つまり、イヴの言う通りオレはイヴを殺せない。最初からオレの負け戦だったって訳か。


 知恵比べでは負けたが不思議に苛立ちは無かった。

 むしろ楽しくてしょうがない気持ちが溢れ出ていたのだ。

 こんなファンキーな女がこの世界に存在したってだけでも今回の旅は大成功だったと言える。

 それに……。


ル「お前、自分が死なないと思っているようだが、契約の事は知っているよな?」


イ「ええ。もちろん」


ル「ならお前がオレのものになる可能性を忘れていないか?」


イ「知ってるわよ。その事も織り込み済みよ」


ル「お前はそれでいいのか?」


イ「いいわよ。でもあなたも忘れてないかしら? 契約に必要なじょ、う、け、ん」


 契約条件?

 そんなもん力で勝てば良いことじゃねぇか?

 精霊の望みは、自分より強い者に従う事。

 望みが叶えば契約成立だろ?

 難しくもなんとも無い。

 他になんかあったっけか……?


ル「もしかして契約条件に例外があるのか?」


イ「例外は無いわ。但し、私は精霊でもあるけれど、本体はイヴってことよ」


 ますます分からねぇなぁ。

 実はさっきからギュルギュルお腹が鳴っていて思考能力が追いついていかない。


ル「例外が無いならすぐに契約で良いだろ? 文句は言わせねぇぞ」


イ「なら望みを叶えてもらおうかしら。の望みはルシファーとの幸せな結婚生活よ」


ル「……」


 この女。今なんて言いやがった? 結婚? 結婚って言ったのか?

 頭に蛆でも湧いているのか?

 使徒の間では対決の事を結婚と言うのか?


 ギュルルルルゥ!!!


 ダメだ。もう、げ、ん、か、い……。


 腹の減りすぎでオレはその場で気を失ってしまった。


 

 夢の中でオレは聖書を調べていた。

 エデンの園。

 アダムとイヴ。

 最初の人類は土から作られたアダム。

 そのアダムの肋骨から作られたイヴ。

 エデンの園といわれる楽園で何不自由無く暮す二人。

 楽園は解釈によって理想郷とも呼ばれる。

 エデンの他にもアガルタやシャンバラ等、国によって理想郷伝説は多々存在していた。

 聖書のイヴであれば人類最初の女のことを指す。

 サタンが化けた蛇にそそのかされて知恵の実を食べ、楽園エデンを追放された逸話が有名だった。

 なんでこんな事を調べているのか?

 自分でも分からない。


 左手がズキズキと痛む……。

 なんだ?


 今度は右手だ……。



ル「いってえぇっ!!!」


 痛みで飛び起きて両手を見た。

 !?

 血まみれになっている……。

 何があったんだ!?


イ「やっと起きた」


 イヴが笑顔でこっちを見ている。

 改めて見るとかなり可愛い。

 黒髪なので日本人っぽいイメージもなお良い。

 もはや女神様と呼んでも良いのではないか?

 そう思わせるに充分な容姿をしていた。

 しかし……。


ル「お前……何してんだ?」


イ「急に倒れちゃって心配だったから起こしてあげたのよ?」


 イヴの右手にはあからさまに今オレの両手を刺したであろう、武器えものがチラついている。

 さっと後ろに手を回して隠したが絶対にあのレイピアみたいな短剣で刺しただろ……。


ル「その地面に滴る赤い色の液体はなんだ?」


イ「だって起きなかったんだもん」


ル「だってじゃねぇ!! 絶対それで刺しただろ!?」


イ「うん!」


 さっきまでのイヴと話し方が違う。こっちが素なのか?

 いや、今はそんなことよりもまずは回復魔法が先だ。

 痛みに耐えつつ魔力を両手に送る。

 が、魔力が全然足りないことに気付き諦めた。

 先に飯だな……。

 そう思った所でイヴが『まってて』と言い回復魔法をかけてくれた。

 すぐに痛みが無くなり両手のキズも塞がっていく。


ル「回復魔法も詠唱無しで使えるのか?」


イ「えへ。一応巫女だったから」


 話し方が可愛いと思ってしまった自分が憎い。

 目の前の女は今しがたオレ様の両手を刺したばかりだったのだ。それなのに……。

 自分が男であることが悪いのか?

 それとも最強だからこれぐらい攻撃として成立しないからなのか?


ル「お前、今言葉に魔力込めただろ?」


イ「ばれちゃった? 怒られるかなぁと思ってつい」


 厄介だ……。こいつはかなり厄介な女だ。

 女性経験の無いオレでも分かる。

 あかんやつや……。


 ギュルルルルゥ……。


 また腹が鳴った。


ル「とりあえずちょっと待ってろ」


 イヴにそう告げて食事にする。

 その様子をイヴは面白そうにずっと眺めていた。

 何故かイヴからは敵意が感じられず打ち解けている自分に違和感は無かった。

 

 食事が終わると同時に質問攻めに合う。

 どうやって食べ物を作ったのか? とか、なんで精霊を集めているのか? など……。

 どうやら使徒は食べ物を魔法によって作るのではなく、育成によって増殖させるらしい。

 元になる細胞が無いと作れないとのことだ。

 科学的な話をすると原子や分子をイメージ出来れば物質の生成が出来るがそもそもイメージが出来ない為元の原子を培養する形で補っているってことだろう。

 他には使徒の間でオレのことがかなり有名になっている事も教えてもらった。

 中でもやはりダンジョンまるごとふっ飛ばしたのがルシファーの名を轟かせている一番の原因になっていた。

 容姿と目的が精霊の回収であることまではほぼ全部の使徒が把握していると思って間違いないのだと。その話を聞いてふと精霊の事を思い出す。


ル「それにしても……厄介な事になったな」


イ「何が?」


ル「お前だよ! お前! お前が精霊を喰っちまうからこっちは大変なんだよ」


イ「そんなの簡単よ。契約すればいいじゃない?」


ル「契約っつっても条件がなぁ……」


 確かにイヴは可愛いしお付き合いぐらいなら全然即答出来るが……結婚ともなると厄介だ。

 それに望みは結婚ではなく幸せな結婚生活ときやがったもんだ。

 大体なんて相対的なモノを契約に含めるとか……悪意しか感じられない。

 途中で機嫌を損ねれば契約破棄ってか?

 結婚詐欺もいいところだ。

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世界を歪ませた勇者 ルシア オールウェイズ ハッピー スピカ @guil

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