第3話 食べ物の恨み 2

ル「おい! 何があったんだ?」


 オレは一人の兵士を呼び止めて何があったのか聞いた。


兵士「何を言っているんだ。あんな大変な事があったのに何も知らないのか?」


ル「知らないから聞いてるんだよ。ぶち殺すぞ!」


兵士「ひぃぃっ、もしかして今日は非番か? それはすまないことを言ってしまった。怒るのも当然だ。休みなのに駆けつけてくれたんだな?」


 おっ? なんか勝手に良い感じに解釈してくれたぞ。変装はしたが中身はいつも通りだ。面倒だから言葉使いもこのままでいいだろ。


ル「おう! わざわざ来てやったんだ。だから何があったか言ってみろ!」


兵士「実はイヴが暴走して街を破壊しだしたんだ。そしてこともあろうかダンジョンの中に入っていったらしいんだ」


ル「イヴ?」


兵士「ああ。まさかイヴを知らないとは言わせないぞ」


ル「知らねぇなぁ」


兵士「?? お前頭大丈夫か? もしかしてさっきの暴走に巻き込まれておかしくなったんじゃあ?」


ル「大丈夫だからイヴについて教えろ」


兵士「本当に大丈夫か……? イヴは巫女の事だよ。生まれつき魔力が高い黒髪の女。幼い頃から厳重な監視付きで育てられた可哀想な子」


ル「……、思い出した」


 巫女についての情報は青が教えてくれていた。

 エデンには生まれ付き魔力が高く巫女として育てられた女がいる。その魔力の高さから巫女が神の出現に関わる可能性が高いとされ、他の使徒達から厳重に守られていると。

 もしも巫女相手に戦うことになったら気をつけたほうがいいと言っていたのを思い出す。

 それにしても、守られているはずの巫女が暴走って……。めちゃくちゃ面白そうじゃないか!


兵士「思い出せたか? まあ、我々が行っても無駄だから大人しくこの辺の警備でも手伝って……」


 兵士の言葉を遮り『ばっかじゃねぇの!』と怒鳴りつける。


ル「オレは行くぜ」


 兵士に告げオレはその場を離れようとした。

 なにを勘違いしたのか『そうだ! 我々が諦めるなんて間違っている!』とかなんとかほざいていたがそんなことはどうでもいい。

 早くしないとその巫女ってやつが何をしでかすのか分からなくなってしまう。ダンジョンってことは恐らく精霊が絡んでると思うが逃げられると厄介だ。


 目を閉じて魔力の強い場所を探す。

 街の中心からより強い魔力が漏れ出ている。

 漏れ出ているこの感じ……ダンジョンの中か?

 直感に任せ走り出す。


 お城のような建物まで辿り着くと、入口付近には兵士が何人か座り込んでいてなにやら話をしている。

 その奥には巨人の為に作ったのかと思わせるほど馬鹿でかい観音扉が見える。扉には何重にも結界が……、いやあれは結界というより封印だな。

 恐らく侵入者を拒む為の封印が施されている。

 普通の結界は敵にバレないようにする為目に見えないようにするんだが、あからさまに魔力で描かれた魔法陣が扉の前に浮かび上がっていた。

 その力を全て拒絶の為に注ぎ込んでいるのが伺える。

 この規模だと十……、いや百以上は必要か?

 この街の優秀な使徒が集まって複合魔法をつかって封印してやがるな……。

 普通のやつなら封印の解除は不可能なレベルだ。

 それにしても……、魔力の漏れ出ている場所がちょっと違うんだよな。

 反対側にも入口があるのか?

 不思議に思い、建物の周りを歩きながら探索する。しばらくすると瓦礫が見えてきた。その周りにまた使徒の兵士達が座り込んでいた。こいつら暇なのか?

 近くまで行くと壁に穴が空いているのを発見した。なるほど……。


ル「ぶわっはっはぁ〜! 巫女さんやってくれるじゃねぇか!!」


 思わず声に出して笑ってしまう。周りの兵士達が不思議そうにこっちを見ているがお構い無しだ。


青「もしかしてくさびか?」


ル「お利口さんじゃねぇか、青! そうだよ。街の建物が封印の楔になってたんだよ。街全体が魔法陣に利用されていたって訳だ」


 オレは知識の豊富な青よりも先に答えを導き出した。

 青とリンクしているから魔法の知識や演算が格段に上がっている。そこにもとになっているオレの想像力とかが合わさるから青よりも賢くなって当然だ。


ル「楔を欠損させて封印が弱まった所を強行突破ってかぁ? 最高に面白れぇじゃねぇか!」


 面白い……。

 久しぶりの感情にオレは少し戸惑った。思えば転生して最強の力を手に入れ最初は喜んだが、どうしても馴染めない世界観がストレスでもあった。原因の一つに使徒の姿が人間と同じだったことがある。使徒がもっとモンスターみたいな姿ならここまで横暴な性格にはならなかっただろう。最初の数ヶ月は罪悪感でしか無かったからなぁ。

 ちょっとばかしセンチになってしまったが、今は巫女さんだ。気持ちをオレ様モードに戻し建物に触ってみる。

 やっぱりな。壁に触れて確認してみると壁が崩れている箇所だけ封印が弱まっているのが分かる。巫女さんがピンポイントでここに穴を空けて中に入っていったのは間違いないだろう。


兵士「おい! まさか中に入るつもりか?」


ル「中に入らなくてどうする? オレは待つのが嫌いなんだ」


兵士「ダメだ! 隊長の命令で、危険だから誰も中に入れるなとのことだ! そもそも封印が邪魔して入れやしない!」


ル「じゃあ隊長様はどうやって中に入ったんだよ? どうせ魔力の譲渡でここにへばっている奴らの魔力でも使ったんだろ?」


兵士「そうだ。我々の全魔力を隊長に渡した。そうでもしないとイヴを追いかけることが出来なかったんだ。だから一般兵士では中に入ることは出来ない。分かったら自分の持ち場に戻って待機しててくれ」


 やれやれ。雑魚共の相手をするのは疲れる。凡人は自分の物差しでしか物事を判断出来ないのか……。まあこれだけの人数分の魔力に耐える器があるなら隊長様もなかなか強いやつみたいだが、それでもオレ様の足元にも及ばない。こんな封印、その気になれば一瞬で解除出来る。今すぐそれを分からせてやってもいいんだが……。


ル「良〜いこと思いついた」


 オレはおもむろに歩き出しそのまま壁の穴に踏み込む。


兵士「おい! 何をする気だ!?」


 バチッ! 封印に触れた足先から火花が飛び交う。……がしかしお構い無しで奥へと進む。体の表面が焼けるように赤くなり電気が放電したかのようにバチバチと音をたてる。普通なら電撃や魔力熱で死んでしまうところだが、封印を堺に髪の毛の色が銀色に変色……いや、元の色に戻っていった。合わせて瞳の色や服装も元に戻っていく。

 結界を抜けた先で『どうだ!』と誇らしげにポーズをとってみる。

 途端に兵士の顔が青ざめた。


兵士「銀髪に黒の瞳、そして漆黒の鎧……まさか! ル、ル、ル、ルシファー!!?」


 オレはどうやら有名人らしい。そんなに驚かれると照れるじゃないか。


ル「どうだ! ビビったか? すげぇーだろ?」


 兵士の中には突然の侵入者がルシファーである事実を受け入れられない者達もいるが、気付いた者はすぐさま戦闘態勢に入っていた。詠唱が短い魔法で攻撃してくる者もいる。しかし、封印の奥にいる侵入者に対しては無力だった。封印の力によって全て魔法が掻き消されてしまったのだ。たとえ封印が無かったとしても、封印よりも強い力をもつ侵入者にその魔法が効くかと問われると疑問は残るが……、疲弊した兵士達にはそんな事を考える余裕も無かったのだろう。最善を尽くす為に頑張った結果だ。


ル「無駄無駄無駄ぁ! そんなもんが効くわけねぇだろうがぁ!!」


 オレはそんな兵士達の頑張りを否定するかのように大笑いした。そして『黙ってそこでへばってやがれ』と言い放ち奥へと続く道へ進んでいく。

 普段なら皆殺しまではいかなくても問答無用で攻撃しているが、今はすこぶる機嫌が良い。これが最大限の優しさだったのかもしれない。まだ優しさが残っている事に自分でも少し驚いた。やはり食料問題が解決した影響は大きい。心にゆとりが出来ると優しくなれるのも理解出来る。

 しばらくすると地下へ続く階段が見えてきた。


ル「あの奥からビンビン感じるなぁ! すげぇ魔力が溢れ出てやがる」


青「間違いなく巫女はダンジョンの中だな。きっと精霊も最奥にいるはずだ」


ル「そうと分かれば一気に攻略だな!」


 さてと、結構楽しんだがまだまだこれからだ。

 気を引き締めて地下へと下りる。

 階段の壁は大理石のようなものに花柄の彫刻が施されており高級感が滲み出ている。


ル「ほう……。すごいなぁ。魔力が練り込んであるのか?」


 興味本位に触ってみると壁から魔力を感じた。

 恐らくこの階段の施工主はかなりの魔力を持っていたはずだ。ここへ来る前に氷の国を作ってきたから良く理解る。普通レベルの魔力では壁に魔力を定着させるのは難しい。物体に魔力をただ流すのと一度流し込んだ魔力を維持させる難しさでは天と地程の差がある。

 氷の国は遊びで作ったから魔力の定着はあまりさせず結界で誤魔化したのだ。結界なら魔力操作のみで魔力の維持が容易になる。要するに手抜き工事の上から無理やり耐震補強をした感じだ。

 しかし仕上りがこれだけ違うと完璧な城ってやつを作ってみるのも面白そうだな。今度試してみるか……。

 しばらくしてフロアに出ると迷宮が広がっていた。階段で感じた高級感とは打って変わりダンジョン内は不気味な紋様が壁全体に浮き出てゾクッとする。まさに迷宮……恐らく複雑な作りで一度迷ったら二度と外へ出られなくなるだろう。オレ以外だったらの話だが……。

 それよりも気になったのは精霊の趣味が悪いってことだ。そもそもこの世界のダンジョンは精霊が作り出しているらしいから、精霊の趣味や性格みたいなものがモロに影響される。青の時は迷宮っていうよりパズルみたいなダンジョンだった。内部の色彩も青がベースでオレは結構気に入っていた。だから青って名前もオレがつけた。

 まあダンジョンはオレがぶっ壊したからもう跡形も無いんだが……。途中までは良かったんだよ。パズルも楽しかったし。でも急に難しくなりやがったもんだからついイラッとして気付いたらダンジョンがまるごと吹っ飛んでいたんだよなぁ……。青の核は封印で守られていたから助かったが、もうちょっとで青も一緒に消し去る所だった。流石にあれは焦ったな。

 そしてこのダンジョン……。あからさまに趣味の悪い作り……。絶対にオレとは合わない。そう断言出来る。きっと性格の悪い精霊が封印されているんだろうな。自分の性格は棚に上げて精霊の性格に文句をつける。その途端に地面がうねり出した。トラップか? そう思い攻撃に備える……が攻撃してくる気配は感じない。数秒で元の形を取り戻す。


ル「なんだよこれ? お化け屋敷か?」


青「多分ここの精霊は精神系のやつだ。気を付けないと精神が持っていかれるぞ」


ル「はっ! これ以上どうやったら精神が壊れるんだよ? こちとらこの一年で精神崩壊済みだっつぅーの!」


青「そりゃ言えてる……。間違いねぇわ」


 肯定されたことに少しイラッとしたが、相手のタイプが分かれば対策は簡単だ。精神系が厄介なのは間違い無いが、要するに魔力で精神を守っておけば問題無い。普段は物理系の結界を重視しているが、幻覚や幻聴に対して結界を張りなおす。


 ギュルルルルゥ……。

 お腹が催促してきやがった。


青「おい! 大丈夫か? 一度リンク解除した方がいいんじゃないか?」


ル「いや、まだ大丈夫だ。今解除したら秒でこの気分悪いダンジョンを吹っ飛ばす自信しかねぇ」


青「なら先に飯食っとくか?」


ル「……」


 短い沈黙の後、オレは首を横に振った。

 流石のオレでもこんな場所でバーベキューをする気にはなれなかった。

 焼き肉パーティーはダンジョンクリア後のお楽しみにしておこう。

 その為には先を急がないとな……。

 さてと、本来の迷宮とは違って道が見えていたから攻略は簡単だ。巫女の魔力が道標のように漏れ出ているからそれを頼りに進むだけ。巫女を見つけてから精霊の場所を探せば良い。何より精霊の気配と巫女の魔力が入り混じっているから、巫女が真っ直ぐ精霊の下へ辿り着く可能性も高い。

 ひとまずは巫女の魔力頼りに進んでいった。

 気色悪い通路をひたすら進むと更に地下へと続く階段を見つけた。そして三階層ほど降りた所で雰囲気が変わる。


ル「おっ? 良いじゃねぇか……」


 フロア全体が大広間のような作りになって壁全体は緑に覆われていた。中心には泉があり殺風景だが神秘的な感じで心が落ち着く。奥には階段があり休憩場所にしても良さそうな作りだ。


 ここでなら食事をとっても良いな……。

 そう思った瞬間、目の前が真っ白になる。

 途端に昔の記憶が頭の中で暴れ始めた。

 しまった!

 そう思った時にはすでに遅かった。

 やられた……。



 黒板の問題文を先生が説明している。

 教室の窓の外を覗くと他のクラスが体育の授業でサッカーをしていた。

 いいなぁ……。オレも外で遊びたい。

 不貞腐れながら黒板に目を向ける。

 外から太陽の光が差し込ん眩しい。

 目を細めて隣の席を見るとクラスメイトが必死になってノートに問題を記入していた。

 オレの机の上にもノートが広げられている。

 ノートを見ると殴り書きの文字が光っていた。

 蛍光ペンで落書きなんかしたっけか?

 『ルシファー』

 なんだこれ?

 他にも『エデン』とか『精霊』とか書いてある……。

 聖書か?

 学校で聖書は教えてもらえなかったから独学で調べている時に無意識で書いたのだろうか?

 歴史はあまり好きじゃないが神話は好きだ。

 伝説の武器なんかがゲームに出てくるとついつい調べてしまう。その内、調べる事が癖になり神話なんかも調べたりしていた。その為、日本神話も好きだったが、やはり天使とかは中二病に刺さる魅力がある。


 火の天使ミカエル、水の天使ガブリエル、風の天使ラファエル、そして土の天使ウリエル……。

 いや、これは好きなゲームの話だな。


 オレが天使の話をすると必ずルシファーの名が出てくる。堕天使ルシファー……。

 天使でありながら神に喧嘩を売り、闇に墜ちた堕天使。

 中二病には持って来いのぶっ刺さりキャラだろ?


 学校のチャイムが鳴り授業の終わりを告げる。

 クラスメイトが立上り各々が好き勝手に遊び出した。

 オレもノートを閉じて、カバンの中から携帯を取り出しゲームを始める。

 オンライン時代に置いていかれた古いRPGゲームをダウンロードしてみたのだが、なかなか面白くてハマってしまったのだ。

 ゲームのシステムも良く作り込まれているし、なによりストーリーが面白かった。

 次第に周りの風景がぼやけて頭がフワフワしてきたがゲームに没頭してどうでもいいと思えた。


 ギュルルルルゥ……。


 しばらくゲームをしていると腹が鳴った。

 すると突然目の前にカレーライスが現れた。

 さっきまであったノートが消えた事など不思議に思わない。ましてやカレーライスが出てきた事でさえ何の違和感も無かった。

 給食の時間だ……。

 カレーの良い匂いが漂いよだれが出そうになる。

 スプーンを持ちカレーライスを掻き混ぜる。

 本当は豚カツがあれば最高なんだが……。

 すると空から豚カツが降ってきた。

 今日の天気は晴れ時々豚カツかぁ……。

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