第2話 食べ物の恨み 1

青「今のはほぼ全力だっただろ!?」


ル「うるせぇなあ! 褒めてやったんだから良いじゃねぇか」


 やっぱり限定解除での全力はストレス発散になる……、昨日までのうっぷんが全部吹っ飛んだ。

 谷も一緒に吹っ飛んだがな。


青「ルシファーの頭の中がぶっ飛んでんだよ。あの一瞬でどれだけ演算したか分かるか?」


ル「千ぐらいか?」


青「馬鹿言うな! そんなもんで足りるか!? 二万だよ! 二万!!」


ル「頑張ったじゃないか! やれば出来るもんだなぁ。ちなみにあんなアホみたいなエネルギーどうやって相殺したんだ?」


青「はっ! 聞きたいか? よぉーし、教えてやろうじゃないか。まず白と黒とリンクさせてだなぁ……」


 やべっ。青がマジで怒ってるわ……。

 前にも一度怒らせたことがあるが、その時は三日三晩話に付き合わされた。

 今回もかなり長くなりそうだ。

 白と黒に頼んで青にバレないように時間を飛ばすか……。


ル「白、黒。三日ほど時間飛ばせるか?」


 青に聞こえないように小声で聞いてみたが返ってきた返事は『不可能』だった。

 エネルギーを使い過ぎてブラックホールの生成が出来ないらしい。

 しまったなぁ……。


青「おい! ルシファー! ちゃんと聞いてるか? プラズマだぞ! プラズマ! そんなものが発生するぐらいの熱エネルギーを反らせるのにどうしたと思う? 空間の圧縮にブラックホールの生成、その為に収縮させたエネルギーに直接干渉してエネルギーの確保……」


 ストレス発散してスッキリしたし話も長くなりそうだからもうちょい寝るとするか。



 また昔の夢を見た。


 近所のラーメン屋……。

 オレはラーメンが出来上がるのをカウンターに座って待っていた。


 あそこの味噌ラーメンには生姜がモリモリに入っていてめちゃくちゃ癖になる味がする。

 色々なラーメンを食べたがあの味は他には無かった。

 唯一無二とはあのラーメンに相応しい言葉だ。

 店の大将がラーメンを作り終わりおばちゃんがカウンターに出してくれる。

 とても良い匂いだ。

 匂い?

 夢の中であることを忘れそうな感覚に違和感を覚える。

 もしかしたらこのラーメンを食べたら味がするんじゃないのか?

 今回はイケる気がする。

 手を合わせ、割り箸を手に取り……

 恐る恐るラーメンを口の中に運ぶ。


 !!!


 美味い!!

 めちゃくちゃ美味いじゃないか!!?

 味が……味がする!

 幸せで涙が出そうになる。


 ふと厨房を見ると大将がオレに何か話しかけてきているようだった。

 

大将「……るか?」


 夢の中のせいか上手く聞き取れない。


大将「……ているか?」


 なんだ? 何を言っている?


「ルシファー!!」


 夢から目覚めるとそこは広い平野だった。


青「ルシファー!! ちゃんと聞いているか?」


 青……。

 今お前は一番やってはいけないことをした。

 オレの……、オレのラーメン……。

 めちゃくちゃ美味かったのに……。

 一口しか食べられなかった。


ル「おい……」


青「なんだ。ちゃんと聞いてるじゃないか。いいか? 話の続きだ。そもそもプラズマの形態とはほぼ……」


ル「おい! 青! ラーメンを作れ!」


青「なに? ラーメン? なんだよそれ? 光源から発生する光の量ならルーメンだぞ?」


ル「ちげぇよ! ラーメン! この世で一番美味い食べ物だよ!!」


 無理なことは分かってる……。

 だが、夢の中の事とはいえせめてあのラーメン一杯だけでもいいから食べたかった。

 この怒りは何処へぶつければいいんだ……。


 ギュルルルルゥ……


 猛烈に腹がアピールしてきた。

 あんだけエネルギー使って発散したから予想はしていたがやっぱり腹が減るのは当たり前だよなぁ。


 ギュルギュルギュルルルルゥ……


 あっ……、これダメなやつだ……。

 早く何か食べないと死んでしまう。



 同時刻、使徒の街エデンにて。


 けたたましい破壊音が鳴り響き、お城のような建物の壁が崩れ去る。

 何か事件が起こっているようで警備兵達が騒いでいた。


「どれだけ暴れる気だ!? 誰かイヴを止めろ!」


 隊長格の男が兵士達に指示を出すが誰もが首をひねって『無理ですよ』とうなだれていた。


隊長「何の為に厳しい修行をしてきたと思っているのだ! この世界を守るのが我々の使命であろう!!」


 男が士気をあげようと声を荒げるが座り込んでいる兵士もおり、すでに意気消沈としている。


兵士「隊長。お言葉ですが世界を救う為なら我々は命を賭けて全力で戦います。しかしあれは……」


 兵士が向けた視線の先に、つい数秒前までは壁だったであろうと思われる瓦礫の上に女が立っていた。

 使徒は通常ブロンドの髪で瞳の色はグレーなのだが、その女の長い髪は吸い込まれるような漆黒だった。更に瞳は宝石のルビーのように紅く輝いている。その出で立ちはこの街の中では違和感でしかなく一際目立っていた。

 女の神々しい姿に誰もが見とれていたが、隊長だけはその行動を制止しようと必死だった。


隊長「イヴ! 頼むから止めてくれ! この街を消滅させる気なのか?」


 イヴと呼ばれる女の口が微かに開き、こう答えた。


イヴ「あなたは何の為に生きてるの? いつまでもくだらない戦争なんてやっていて楽しいのかしら?」


隊長「楽しい、楽しくないではない! 生きる為に戦うのだ!」


イヴ「やっと見つけたの。私が本気になれる相手……。先程の光の魔力……。あれこそ私が求めてる力よ。その為には精霊の力が必要だわ」


隊長「だからと言って、そう簡単に街を消されては困る! 精霊が居なくなればこの街を守る結界が無くなることは知っているだろう!!」


イヴ「ええ。知っているわ。でもどうしても必要なの。もう決めた事だから誰にも邪魔はさせない」


隊長「ならば仕方ない……。殺してでも止める!」


 隊長が戦闘態勢に入り魔法の詠唱を始める。

 イヴはそれ止めるでもなく優しい瞳で眺めていた。


イヴ「無駄よ」


 隊長へ一言だけ告げる。そして背を向けて穴の空いた壁の中へ歩いていった。


隊長「行かせるかぁ!」


 魔法の詠唱が終わり隊長の体が青く輝いたかと思うとイヴの周りに氷の塊がいくつも現れた。


隊長「悪く思うなよ! アイスクラッシュ!!」


 氷の塊が目標に目掛けてに押し寄せる。

 その間もイヴはすたすたと歩いており、振り返りもしない。

 本来なら魔法に対しては魔法で対抗するべきなのだが、イヴは何も詠唱していない。

 このままなら殺せなくても最悪氷漬けに出来る。

 隊長はそう確信したが、その予想は大きく裏切られた。

 氷はイヴに当たる瞬間に何故か粉々に砕け散ってキラキラと空中を舞っていたのだ。


隊長「ば、ばかな……」


 唖然としている内にイヴの姿は建物中へ消えていってしまった。



イヴ「可哀想に……。私をあんな魔法で止められるなんて本当に思ってたのかしら」


 イヴが進んだ先には地下へ続く階段があった。

 階段を下っていくとそこには迷宮のようなダンジョンが広がっている。


イヴ「この日の為にどれだけの我慢をしたか……」


 イヴがそう呟くと瞳を閉じて今日までの日々を思い出す。

 頬を一筋の涙が伝い落ちた。


イヴ「待っていてね。精霊さん……」


 イヴはそう言いながら微笑むとダンジョンの奥へと消えていった。




ル「腹減ったー!!! らぁーーーめーーんー!!」


 オレは青と口論していた。

 なんとしてもラーメンが食べたくなったのだ。


青「だからそれは無理だってさっきから何回も言ってるだろ!」


 ギュルルルルゥ……。


ル「腹減った! 腹減った! 腹減った!」


 小さな子供のようにリズムを付けて言い放つ。


青「子供かよ!? いい加減にしないとマジで餓死するぞ」


 しゃーねぇーなぁ。この辺で許してやるか。

 全力でこの辺りをぶっ壊した事もうやむやに出来たし、本当に餓死してもつまらないから食事を摂ることにする。


 まずは食べたい物を思い浮かべながら魔力を収縮させる。

 ちなみにラーメンみたいな複雑なやつはダメだ。

 なるべく単体にしないと失敗して泥団子が出来上がってしまう。

 今日はタンパク質をメインに生成する。

 中空に軽く魔力を流し込むと正立方体の肉みたいな物が生成された。

 それを火の魔法で軽く焼いてから塩化ナトリウムを生成してふりかける。


 理屈通りならある程度は美味しい焼き肉になっているはずなのだが……。


 どうせ味がしないクソ不味肉なんだろ?

 そう思いながら出来上がった塊に思い切ってかぶりつく。


 !!?


 うっ……!


 美味い!?


 なんでだ!?


 いつもと同じように作っただけなのになんで美味いんだ??


 美味い! 美味い! 美味い! うーまぁーーーい!!!


青「ルシファー! 味がするのか?」


ル「ふぁんでふぁふぁふぁふぁふぁい」 


青「おっ、おう。とりあえず食ってからにしろよ」


 速攻で全部食べ終わってしまった。


ル「なんでか分からねぇが味がする!」


青「良かったじゃないか!? 精神系の精霊を捕まえるまで無理だと思っていたがやっぱりストレスが原因だったみたいだな」


 ストレス、か……。全然気付かなかった。

 確かに全力ぶっぱでストレスも吹っ飛んだが、今まではストレスで味がしなかったのか……。

 オレの知らないうちに目から涙が溢れていた。

 人間の三大欲求の内の一つ、食欲が満たされたのだ。涙が溢れても不思議ではない。それほどまでに味がすることの大切さを身にしみて感じていたのだ。


 もう死んでもいい……。


 それほどまでに幸せな気分だった。


 一年以上ぶりの味がする肉……。


 高校の友達共に教えてやりたい。

 食べる事の幸せさを……。


ル「焼き肉最高だぜぇ!!」


青「そんなに美味いのか?」


ル「ああ、マジでヤバいぞ! リンクしてやろうか?」


青「いいのか?」


ル「いいぜ」


 オレはさっきと同じように、焼き肉を作った。

 そして青とリンクする。

 精霊にはそもそも実体が無い。

 その為、食感や味は愚か触感すらも分からないらしい。柔らかい感じと伝えても理解してもらえない。

 だが、オレ自身の魂をメインにして精霊とリンクすると感覚を共有することが可能になる。

 デメリットはリンクした精霊の数に比例してエネルギーの消費量が格段に増えてしまうことだ。

 とにかく疲れるし、めちゃくちゃ腹が減る。

 青が驚いていた理由がそれだ。

 苦痛でしかない食事の回数は少ないほうが良いに決まっている。

 オレはとにかく腹が減らないように気を付けていた。

 しかし、美味い肉ならどれだけでも喰える。

 たったそれだけのことでエネルギー問題が全て解決してしまったのだ。


 そして期待の焼き肉は勿論絶品だった。

 再度味がすることの確認も出来た。

 魔力も全快したし怖いものはもう何もない。


青「やっべぇぇっ!! めちゃくちゃ美味い!」


ル「だろ?」


青「おう! もう思い残すことは何もない」


 青も食事がいかに大事だったのか分かってくれたらしい。


ル「いつか一緒にラーメンを食べるぞ……」


青「ラーメンかぁ……それなら文献を探しに行くか?」


ル「あるのか? この世界にラーメンが!?」


青「分からない。だが、異世界の理が全て集約された古文書が何処かにあるはずだ。それさえあればレシピが作れるかもしれない。」


ル「……良し。決めた。古文書を探しに行くぞ!」


青「ちょっとまて! 精霊集めはどうするんだ?」


ル「並行作業だよ!」


 オレの旅の目的に古文書の捜索が追加された。

 むしろそっちの方がメインだ。


 まずはさっさと精霊を回収しに行くか!


ル「このまま飛んでいくぞ! リンクしたままなら制御は簡単だろ?」


青「余裕だ! 任せとけ!」


 体がフワッと浮かび一気に街のあると思われる方向へ加速する。

 昔の人類の歴史上ではエネルギー問題が解決すると一気に文明が進歩すると言われているが、まさに今のオレは一気に進歩した気分だ。

 今までならまどろっこしい制御をいちいち指示を出して行っていたんだが、リンク状態でならイメージだけで思い通りに魔法が使いこなせる。

 勿論、詠唱破棄してるだけでも使徒に比べれば魔法発動までの時間は圧倒的に早かったがイメージが魔法に直結するだけでよりスムーズになっていた。


 空を飛びながらふと氷の城をイメージして魔力を集中してみる。それに合わせて大きく右手を振りかざした。

 途端に何もない平野にキラキラと氷の粒が輝き次の瞬間氷の城が出来上がる。


 なかなかの出来に驚き空中で一度静止する。

 久しぶりにちょっとウキウキしてきたオレは上機嫌だった。

 その後調子に乗って氷の道や雑木林等の生成を行い、僅か数分で氷の国を作り上げてしまった。


ル「やっべぇー! 楽しすぎる! これなら何でも、思い通りに出来るぜ!」


青「誰がどう見ても緑の谷……って感じじゃないなぁ。名前も変えてしまうか?」


ル「そうだな……。そのまんま氷の国でいいんじゃね?」


青「芸がねぇなぁ……」


ル「いいんだよ。どうせ誰も住んでいないし」  


 仕上げに氷の結界を全体に張り巡らせた。

 こうしておけば簡単に溶けることも無いだろう。

 そう思い満足したオレは街の方へ向かった。


 歩くと三日はかかる予定だったがほんの一時間程度で街が見えてきた所で地面に足をつけた。青が余程優秀なのか、流石にこの辺りの地形は原型を保っていた。

 本当の全力でぶっぱなした熱エネルギーベースの破壊魔法だったから、恐らく何もしなければこの辺もハゲ山みたいになっていたはずだ。

 流石は知識の精霊といったところか。


ル「なんか雰囲気の良さそうな街じゃないか」


青「当たり前だ! 数少ない使徒の拠点の中でも有名な場所だからな。この前説明しただろ?」


 そういえばそんな事言っていたっけ?

 この距離からでも街の中にレンガ造りの建物が伺える。道の脇には草原が広がっており自然が豊かそうだ。確かに使徒が住み着くには良い場所そうだ。


ル「エデンだっけか? 大層な名前をつけちまったもんだな」


 前の世界でエデンといえば神話に出てくる理想郷的な場所だ。しかもオレの名前がルシファーときたもんだ。ルシファーは魔王サタンの別名とされている。魔王が理想郷に乗り込むなんて、皮肉にしても笑えない。

 この世界でのエデンはまた別物だとは思うが、一人で勝手に想像してしまい苦笑してしまった。

 ストレスのせいか今までそんな事を考える余裕すら無かったのかもしれない。


青「どうした? なんかあったか?」


ル「いや、何でも無い。少し昔話を思い出しただけだ」


 そう告げながら街へ向かって歩いて行くと突然ゴンと鈍い音がした。どうやらオレの結界に何かが干渉したらしい。一応不意打ち対策に普段から常時結界を張るようにしているのだ。

 恐らく街の周囲に張り巡らせた結界に干渉したのだろう。左目に魔力を集めよく見るとビンゴだった。

 透明な薄い膜のようなものがあり、通常通り抜けて中へは簡単に入れないのだが、青とリンクしているから結界を中和しながらすんなりと街の中へ入っていく。


ル「なんか騒がしいな」


青「ルシファーが暴れたからじゃねぇの?」


 いつもなら問答無用で片っ端から使徒を攻撃してさっさとダンジョンを探すのだが、気になったオレは魔法で服装を使徒の兵士と同じ物に作り変えて変装してみた。ついでに髪の色もブロンド、目の色はグレーにしておいたから完璧だ。


青「何やってんだ?」


ル「なんか面白そうだからちょっくら潜り込んでやろうかと思ってさ」


 エデンの園……、じゃなくてエデンの街にルシファーが潜り込むなんて前世の聖書は書き直しだな。心の中で苦笑しながらその顔には好奇心が溢れ出していた。

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