第四幕 アイショウ②

「……は?」


 自分の攻撃が文字通り消えたことの衝撃に、玄は思わず立ち止まる。その瞬間を逃さぬように、今度はアイが玄に向かって飛び掛かってくる。その手で玄に触れようとする。


(マズイ!)


 超能力などではない、本能的な直感。健生は腕を伸ばして玄の背中を引っ掴み、大きく後退させる。アイの手は空振りした。

 健生と玄は互いに戦闘態勢を取り、アイを視界に入れる。コイツから目を離してはいけない。脳内で警鐘が鳴り響く。


「なるほど……ツギハギ君は……なかなか良い勘をしているみたいだ……」


 アイは空振りした手を何度か握り直し、健生を見てまた歪んだ笑顔を見せる。玄の相手をイラつかせる笑顔とは全くの別物。相手に本能的な恐怖を抱かせる表情だ。


「…………」


 玄は黙ってアイの手に注目すると、もう一度水の刃をさっと飛ばした。分かり切っていたことだが、その攻撃はアイの目の前でじゅわっと消えていく。それを見た玄は心底面倒くさそうにため息をついた。


「……これは、最悪ですね」

「玄さん……?」


 ほんの少しの焦りが滲んだ、玄らしくない余裕のない声に、健生は思わず聞き返す。


「アングラーのリーダー、通称アイ。その能力は情報屋の蜘蛛に聞いても不明でしたが……察するに……」


 玄は黒縁眼鏡にすっと手をかけながら、アイに問いかけた。


「貴方の能力は、水分を奪う類の……『乾燥』と言ったところでしょうか?」

「さすがは転法輪だね……正解……ボクの能力は『乾燥』だよ……君とは相性抜群だね……」


 玄の言葉を聞いたアイは、満足そうに彼の問いかけに答える。


「相性最悪、の間違いでしょう」


 嫌そうな玄の声を聞き、アイはははっと乾いた笑いを返す。


「さすがに転法輪相手だと、ボクたちも相性抜群の勝負をしたくてね……ここで逃げる転法輪じゃないだろう……?」

「……健生君、予定変更です」


 玄はアイの発言を無視し、隣で控えている健生に話しかける。アイの持つ雰囲気に圧倒されていた健生は、はっと我に返ったように玄を見た。


「君は、僕の援護をしてください。ここでコイツを捕らえます」

「……分かりました」

「話し合いはもういいかい……? それじゃあ、始めようか……!」


 そう言ってアイはもう一度、玄に向かって飛び掛かってくる。玄はダメ元の超能力『水』で、健生は『細胞操作』で、アイの超能力を迎え撃つのだった。




 場所は変わって、超常警察本部のパソコン室。健生と玄、アイの戦闘が始まった頃合いだった。

 

 どさっ


 室内に、冬樹が倒れる音が響いた。


「若松君!」


 彩川は倒れた冬樹に駆け寄ろうとする。だが、それは冬樹の真後ろに立っていた龍飛に阻まれた。


「貴様、何を寝ている。まだアングラー三人の居場所が割れていないだろう。動け」

「う……」


 龍飛の威圧感ある声に脅され、冬樹は何とか立ち上がろうとする。だが、鼻血が出ているところを見るにもう超能力が使えないのだろう。彼は床に座ったまま動くことができない。

それを見た龍飛は瞳を黄金色に輝かせる。彼の周囲を、バチバチッ、という電気の弾ける音が取り囲む。


(このままじゃ若松君が……!)


 こうなってはもうどうしようもない。彩川は無謀にも拳銃を取り出し、龍飛へと向ける。……向けようとした。


 バチィ!


「いっ……!」


 鋭い電光が、拳銃を持つ彩川の手を直撃する。その衝撃で拳銃は弾かれ、彩川の両手は血まみれになった。拳銃は回りながら遠くに飛ばされる。その様子を見ていた吉良と新田が「ひっ」と声にならない叫び声をあげた。


「ほう。痛みで叫ばなかったことだけは褒めてやる」


 龍飛は一瞬だけ彩川を見やるが、すぐに興味をなくしたように冬樹へと視線を戻す。


「貴様。これで分かっただろう。超能力者の端くれなら働け」


 龍飛の指先が冬樹を捉える。超能力を使い切った冬樹は、虚ろな目でそれを見ることしかできない。いよいよ本当に犠牲者が出てしまう。そのときだった。


「お、お待ちくだされ!」


 冬樹と龍飛の間に滑り込んできたのは護。彼は両手を広げ、冬樹を背中に庇う。


「秋葉護か。貴様に用はない」


 龍飛は言外にどけ、と言ってくるが、護は引かない。その足はがくがくと震え、歯はがちがちと音を立てている。だが、彼は一歩も引こうとしない。


「冬樹殿はもう限界でござる! もう勘弁してくだされ!」

「胆力だけは褒めてやる。だが。貴様に何ができる?」


 龍飛は護を品定めするようにじろり、と睨む。龍飛の視線と言葉に、護は恐怖で震えながらもこう叫ぶ。


「む、無効化! 拙者は、能力の無効化ができますぞ!」

「……つまり?」

「龍飛殿の能力から、この場の人を守れます!」


 それを聞いた龍飛はあからさまに呆れの滲んだ、侮蔑の表情を見せた。


「貴様。能力を思うように使えないのだろう? それに。私は能力なしでも、この場の全員を殺せる自信がある」

「そ、それは……」

「駄目だ。失格だな」


 失格。


 その言葉に、室内が絶望で充満する。終わった。本当に終わった。

 誰もがそう思った。


「いいえ、まだですわ」


 否。一人だけ諦めていない者がいた。


「……恋羽か」


 恋羽はゆっくりと、悠々と、淑女としての振舞いを忘れず、龍飛と向かい合わせになる。小柄な恋羽と、二メートル近い身長を持つ龍飛。二人の視線が、空中で交差した。


「龍飛お兄様。今度はわたくしとお話しませんこと?」

「私が。貴様と話して何のメリットがある?」

「わたくしがこれから提示するのは、ある提案ですわ」


 恋羽は息を吸い、龍飛にこう提案する。


「龍飛お兄様。超常警察と転法輪、本格的に共同戦線を組みませんこと? 隷属関係のない、協力関係を」

「……ほう」


 龍飛は電気を纏った指を下ろさない。恋羽も、彼から一切視線をそらさない。


「では。私を納得させてみろ。恋羽」

「もちろんですわ。きっと気に入っていただけますわよ」


 ここから、恋羽の理論武装が始まる。この場の超常警察の命は、無能力者である恋羽に託されることとなった。

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