第四幕 アイショウ①
健生は夜の繁華街を機敏に跳び、敵であるアイの元へ向かっていた。
玄によると、アイはとあるビルの屋上からこちらを観察していたという。超常警察本部にいる冬樹の捜査によって居場所が割れたとのことだ。
「他のメンバーはまだ見つかっていないらしいですが、リーダーを確保して拷問でもすれば分かることでしょう。健生君、もっとスピードは出ないんですか? これだけ派手に移動していたらアングラーに動きがバレてすぐに逃げられてしまいます」
「貴方を振り落としてもいいならできますよ」
「これは手厳しい。そんなに僕のことが嫌いですか? 悲しいですねえ」
健生がこれだけ大きく動いているというのに、玄はこの余裕の表情と口ぶりだ。というか、初デートのあとにあんな絡み方をされては嫌いにならない方がおかしい。
「今度は無視ですか。男女の逢瀬を邪魔されたのがよっぽど気に障ったようですね」
「そうですよ。怒ってます」
「正直ですね、君は。まあ、君が怒っていても、リーダーの元へ運んでくれさえすれば構いません。リーダーの相手は僕の仕事ですので、邪魔しないでくださいよ」
「玄さんこそ、ちゃんとリーダーと決着つけてくださいね」
「当然です。僕は君の体を真っ二つにした人間ですよ?」
玄はふふっと笑う。いちいちこちらをイラつかせてくる人間だ。
そうこうしているうちに、目的地のビルが見えてきたらしい。玄が「ここです」と目前のビルを指さす。もちろんだが、屋上にはすでに誰もいない。
「ほら、健生君が遅いから。君、確か細胞操作ができるんでしたね。視力と聴力を強化してリーダーの居場所を探ってください」
「……分かりました」
玄は健生に文句を言いながらもこき使う気満々らしい。正直ムカついたが、ここでアイを逃してしまうのも困る。健生は渋々、玄に言われた通り視力と聴力を強化してアイの居場所を探った。
「どうですか?」
「……足音が一つ聞こえます。階段をかけ下りる音です」
「まだ遠くには行っていないということですね。先回りしましょう。健生君、僕を抱えて屋上から飛び降りてください」
「……本当に舌噛むんで、今度こそ黙っててくださいよ」
外野が聞いたら自殺教唆と思われるような発言を、健生は気乗りしない様子で受け入れる。細胞操作で体を強化できる自分でも、こんなこと進んでやりたいと思うわけがない。
健生は玄を背中に抱え、腕のクッションで彼を守りながら屋上から飛び降りる。その瞬間、体にぐわっとかかる重力。
(うわっ……)
瞬く間に近づいてくる地上に怯みながらも、健生は全身の肉を膨張させてクッション代わりにした。ぐちゃっ、どちゃっ、ぷちっ。肉が派手に潰れる音がしたが、健生の本体と玄は無傷で地上に降り立つ。だが、肉が潰れたことで健生の服は血まみれだ。
「……健生君、もう少し綺麗に着地できなかったんですか」
「無茶言わないでください」
健生が転法輪の暗殺者に狙われた際、桂木が自分たちを守ってビルから飛び降りてくれたのは本当に並々ならぬ覚悟だったらしい。
(今度、桂木さんに改めてお礼言っておこう……)
そんなことを思っていると、ビルの裏路地で黒い影が動くのが見えた。
「玄さん、あそこ!」
「分かっています!」
玄はそう言うとともに駆け出す。ここまでの移動は全て健生任せだったが、彼自身の身体能力もかなり高いらしい。とてつもない瞬発力で路地に向かって駆け出していく。
「……これ、俺いらないんじゃ」
思わずそう呟きながらも、健生は脚力を強化して玄の背中を追いかけた。路地を曲がると、黒いスーツをはためかす玄と、その数メートル先を走るテーラードジャケットの男、アイが見えた。さすがに身体能力では玄がアイを上回っているらしい。二人の差は瞬く間に縮んでいく。
「ここまでです、アングラー!」
玄は水を操る超能力者。その手に水の玉を生み出すと、玄はそれをアイに向かって思い切り投げた。水は空中で形状を変え、透明な刃となりアイを襲う。
(あれは……!)
それを見た健生は直感する。あの技は、自分の体を真っ二つに切り裂いたものだ!
あんな技を喰らったらひとたまりもないだろう。そう思って健生は固唾を飲んだ、そのときだ。
にっこり
アイがこちらを振り返った。乾燥でひび割れ、隈が染みついた痛々しい顔を、傷口から血が滲むほど歪ませて笑って。
その笑顔に、健生、そしておそらく玄も。背中にぞっとしたものを覚える。その悪寒の正体はすぐに分かった。
じゅわっ
水の刃が消えた。
否。正しくはアイが伸ばした手に呑まれて消えていった。玄の能力が消された!
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