第三幕 ニクタテ⑥

 神木茜、十七歳。彼女は、学校のクラスで少し浮いた存在だった。お洒落やメイク、美容に人一倍敏感で、誰よりも可愛らしくあろうとした。その理由はありふれたもの。年頃の女子にとって、可愛らしくありたいと思うのはごく自然なことだった。だが、その熱が彼女を学校内で浮いた存在に変えてしまっていた。

 同じように自分を高めようとする仲間に出会えなくても、茜は気にしなかった。自分は自分の道を行けばいい。自分の思うように、自分らしくあればいい。そう思えたのは、学校で自分の物が頻繁に紛失するようになるまでだった。

 予兆はあった。自分を見てこそこそ話をする女子の集団。何か変な奴らがいるな、とは思っていたのだ。その陰口がとうとう、実害となって茜に牙を剥き始めた。

 最初は物がなくなった。次は机に花瓶が置かれた。次は面と向かって罵倒されるようになった。次は集団に呼び出されるようになった。そして、最後の極めつけ。


『ちょっといい加減にしてよ!』


『はあ? うるせえわ、お前調子乗ってんだよ!』


『茜ちゃんはやりたいようにやってるだけよ!』


『自分のこと茜ちゃんって言うのもおかしいだろ! キモ!』


『もう放っておいて!』


『じゃあ少しは大人しくなれば? アンタ見てたらムカつくんだよね』


『絶対イヤ!』


『ああ、もういいわお前。髪の毛出せ』


『い、イヤよ。アンタハサミ持ってるじゃない!』


『みんなで抑えつけよ!』


『イヤ! 髪の毛だけはやめて! お願い!』


『コイツ泣き出したよ、ヤバイウケる』


『ねえ、お願いだから……! 髪の毛はずっと大事にしてきたの……!』


『へえ、いいこと聞いたわ。じゃあスタイリングしてあげる。アンタの大好きなお洒落じゃん』


『やめて!』


 ジョキッ


『もういいでしょ、やめてよ!』


 ジョキッ、ジョキッ


『ねえ……お願いだから……』


 ジョキッ、ジョキッ、ジョキッ!


『やめてええええっ‼』



 数分後、地面に落ちていたのはハサミで切られた黒髪と、見るも無残になった頭を抱えて泣く茜の姿だった。いじめの集団は茜を見て写真を撮り、ひとしきり笑った後あっけなく帰ってしまった。まるで、飽きたオモチャを捨てる子どものように。

 水をかけられるとか、物を取られるとか。そういったことなら取返しがついた。でもこれは駄目だ。髪の毛が伸びるまでどれくらいかかるのか、考えたくもない。


『どうしよう……』


 もうどんなにお洒落したって、可愛く着飾ったって無駄だ。学校にだってもう行けない。親はまたお金を出すだけで、きっと何もしてくれない。


『どうしよう……!』


 暗い路地に、茜のすすり泣く声が響く。そこに音がもう一つ増えた。足音だ。


『……ッ!』


 茜は慌ててゴミ箱の影に隠れる。こんなところ、誰にだって見られたくない。だが、地面に大量に落ちている髪の毛がそれを許してくれなかった。


『うわ、めっちゃ髪の毛落ちてんじゃん。何これ』


 聞こえてきたのは自分と同年代くらいの少年の声。彼は地面に落ちた髪の毛を見て、気持ち悪そうにそれを持ち上げる。


『しかも切るの下手くそだし……なあ、これお前の髪い?』

『な……何で……』


 何で、隠れていることがバレた。茜がゴミ箱の影から問いかけると、少年は何てことないように答える。


『いや、バレバレだしい。しかも、お前とこの髪の毛、おんなじ匂いがするんだよねえ。何、いじめで切られたのお?』

『あ、アンタには関係ない!』

『そう邪険にするなよお。……なあ、お前、これやった奴らに復讐したくなあい?』

『ふく……しゅう……』


 復讐……したいかどうかは分からない。とにかく今は、髪の毛を少しでも早く元に戻したい。


『復讐……その前に……』

『はあ?』

『絶対。絶対絶対絶対絶対、髪の毛を元に戻す』


 茜の言葉を聞き、少年はポカン、とした後、高笑いの大笑いをしてみせた。


『あはっ……あははははははは‼ いいじゃん、その執着心! いいよ、連れてってやる』

『……どこに?』

『髪の毛を戻せるかもしれない場所。お前の髪の毛に対する執着心なら、何とかなるかもよお?』

『ほ、本当に……?』

『保証はできないけどねえ。でも、何もしないよりマシだろお。で、髪の毛が戻ったらさ』


 少年は邪悪な笑みを浮かべて、茜を闇の方向へ誘う。


『これやった奴らに、一泡吹かせてやろうぜ』



「あのときと……」

「はあ?」

「あのときと同じこと言うのね、アンタ」

「あ? あー、お前を誘ったときねえ。そんなこともあったなあ」


 襲い掛かってくる一般人を迎撃しながら、二人は会話する。戦闘しながら話していると言うのに、その動きには一切の隙がない。


「で、どうすんの? 別に僕は一人でもやってやるつもりだけどお?」

「そんなの、決まってるじゃない……」


 先ほどまで無気力だった茜の瞳に、闘志と光が灯る。


「茜ちゃんだって、あのお方にアンタと同じくらいの恩を感じてるわよ。実験体として、予想を裏切る結果が一番の恩返しよね」


 茜は一般人を縛り上げ、遠くへブン!と放り投げる。


「いいじゃない! やってやるわ! もたもたしてたら置いてくからね、犬塚!」

「はっ! 上等!」


 二人は雄叫びを上げながら一般人に向かっていく。長法寺珠緒の研究成果、無効化の銃弾。それを乗り越えてこその実験体だと、歪んだ誇りを胸に二人は戦場へと踊りだすのだった。

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