第三幕 ニクタテ⑤
視点は変わって茜。
茜は混乱の中周囲にいた超常警察と分断され、一人で乱闘に臨むこととなった。彼女は超能力で黒髪を操り、一般人たちを縛り上げていく。
「何で茜ちゃんがこんな目に……」
茜はいまいち覇気に欠ける表情で文句を呟く。自分はそもそもあのお方、長法寺珠緒の部下だったはずだ。……もう捨てられてしまったが。そんな今、超能力を振るう意義など、彼女の中にはほとんどないのだ。そういった心理状態も影響しているのだろうか、能力のキレも何だかいつもより悪い。
「犬塚も平然と馴染んじゃってるし……アイツ何考えてんのよ」
戦闘中に、彼女は自分と同じ長法寺珠緒の部下だった犬塚一のことを考える。彼はどうやら、超常警察の部下となることに何のためらいもないらしい。あれだけ長法寺珠緒のことをお父様、と慕っていたのに。自分と同じくらい、あるいは、認めたくないが自分以上に。何だか裏切られたような心地だ。
「……サイアクな気分だわ」
この場は乱闘騒ぎで大量の一般人、超能力者で溢れているのに、自分だけそこからあぶれてしまった。そんな孤独感と無気力感。本当は余裕なんてない状況のはずなのに、茜は心ここにあらずという様子で黙々と一般人を縛っていく。
そんな茜の様子が見て分かるのだろう。一般人の集団は自分が舐められていると勘違いし、声を荒げる。
「この女ッ……能力者だからって舐めてんじゃねえぞ!」
「アンタたちもムカつくわね。全員縛りあげて……」
そう言いかけたとき。前方の一般人に気を取られていた茜の背中がドンッ!と強く蹴られた。
「えっ……」
気づかなかった。自分が本調子じゃないこともあるが、それ以上に相手の動きが常人を超えている。茜はこの気配に覚えがあった。法則を無視するような、野性的なこの動き。
「……犬塚あああ!」
相手の名前を叫びながら、茜は顔面から勢いよく倒れる。何とか手をつくことはできたが、自慢の黒髪には砂がつき、顔にも傷が入った。こんな状況で、何してくれるこの男!
「コイツら、仲間割れしやがったぞ!」
「この女を狙え!」
茜は地面から拳銃を突き付けてくる一般人どもを上目遣いで睨みつける。自分が地面に倒れ、相手は地面の上で立っている。ああ、見覚えのある光景だ。あんなのはもう二度とごめんなのに!
「ふざけるなあああ!」
茜が傷まみれの顔で叫んだ。
「落ち着けよお、神木い」
そんな茜の叫び声とは対照的に、のんびりとした一の声が聞こえる。
はあ?
そう思ったのも束の間、一が茜に拳銃を突き付けている一般人を殴りつけ、蹴りつけ、拳銃を奪っていった。
……一体、何が起きている?
「あ、アンタ、茜ちゃんを蹴ったわよね……?」
「ああ、蹴ったよお。だってお前が縛ってる人間、手だけ抜け出してお前のこと狙ってたからねえ。とりあえず背中蹴って狙い逸らした」
「は……?」
「悪かったってえ。とりあえず立てよ、次来るぞ」
「…………」
あの犬塚が、乱暴なやり方だが自分を助けた。あの犬塚が、自分が悪かった、と謝った。
超常警察に協力している、あの犬塚が。
茜はとりあえず立ち、一が警戒していない後方の人間を縛っていく。一体何なんだ、この男は。理解できない。
「……アンタ、一体何考えてんのよ」
「何って、何が?」
「全部よ! あのお方に捨てられてから、アンタわけわかんない! 超常警察には協力するし、アイツらと仲良くやってるし! もうあのお方のこと、どうでもいいのかと思ったら茜ちゃんのこと助けるし!」
沸々と、茜の中で自分も長法寺珠緒に捨てられたという事実が大きくなってくる。
「二人して捨てられて! もう二人だけだと思ったら独りぼっちで! アンタ、本当に何なのよ!」
孤独感が、無気力感が怒りとなって一に牙を剥く。
「もう、あのお方のことなんてどうでもいいんでしょ!」
「そんなわけないじゃん」
一は茜の怒りを平然と、だが冷静に否定する。
「僕は今でもお父様のこと慕ってるし、大好きだよ」
「じゃあどうして……!」
「取引したんだ。お父様を捕まえて、そしたらお父様と話すんだ、いろんなこと。研究者と実験体として、親子として。それにさ、僕がお父様を捕まえられたら、お父様、僕のこと見直すと思わない?」
一は振り返り、茜にいたずらっ子のような笑みを見せる。
「お前もやってやれよ、お父様に一泡吹かせてやろうぜ」
一の誘いを受けた茜は、彼と出会ったときのことを思い出す。
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