第三幕 ニクタテ⑦
視点は変わって健生。
健生は全身の筋肉を強化して銃弾をかいくぐりながら、手刀で一般人の意識を奪っていく。反射神経も強化しているため、銃弾をすれすれのところで上手く回避することができる。もはや人間離れしたその動きに一般人は怯みつつも、一度銃弾が当たれば何とかなると思っているのだろう、諦めずに健生の動きを捕らえようと銃撃を続けていた。
(人数が多すぎる……キリがない!)
健生は周囲を見渡す。仲間たちはそれぞれ近くにいた者たちと組んで場を切り抜けようとしているようだ。幸や晶洞、凛夜、市原の姿が見えないが、上手く隠密しているのだろう。一も茜と組み、ひとまずの安全は確保できているらしい。古賀は桂木と背中合わせになり、体術だけで相手を撃沈させている。肉弾戦を得意とする二人なら、相手が拳銃でも何とかなるだろう。
健生がほっと安心したところに、健生の嫌いなあの声がかけられる。
「冨楽健生君!」
「……何ですか!」
転法輪玄。健生と幸の初デート直後に最悪の絡み方をしてきた人間だ。彼は少し離れた場所から、声をあげて健生に指示を飛ばす。
「龍飛お兄様から、アングラーのリーダーの居場所が分かったと連絡が入りました! 君の能力で僕をそこまで連れて行ってください! 背中から腕を出せばそれくらいの機動力は確保できるでしょう⁉」
「……分かりました!」
正直この男を乗せるのは気乗りしないが、状況が状況だ。私情は飲み込むしかない。
健生は玄のいる方へ行こうとするが、そこに一般人たちの壁が立ちはだかる。
「行かせるか!」
そして襲い来る一斉射撃。
「おわっ!」
健生は慌てて銃弾を躱す。一般人たちが射撃に慣れていないのが救いだが、これではなかなか玄の元に行くことができない。
「健生君! まだですか!」
「今行こうとしてるところです!」
おまけに玄の催促もやってくる。苛立たしく感じるそれが一瞬、健生から冷静な判断力を奪った。
チャキッ
金属音に振り向くと、銃口がこちらを向いている。もう躱すのは間に合わない。
(マズイ……!)
健生の全身がひゅっと冷や汗を掻いた。
そのとき現れたのは、冷や汗を乾かすように熱い炎の壁。
「うわあ!」
「何だこれは⁉」
突然現れた炎の壁に怯む一般人たち。健生には、この炎の能力者に心当たりがあった。
「あらあら、無能力者相手に隙を見せるなんて、僕君らしくないですわね!」
「凰華さん……!」
転法輪家の長女、転法輪凰華が車の上に高笑いしながら華麗な立ち姿を見せていた。これでは銃弾の的だろうと思いつつも、彼女にはそんなもの障害にはならないのだろう。彼女は扇子で華麗に舞いながら、炎を自在に操って一般人を退けていく。
「すいません、ありがとうございます……」
凰華が自分を助けたことに少々拍子抜けしながらもお礼を言うと、彼女は高らかに笑いながらこう言った。
「だって、僕君に何かあったら恋羽が悲しみますもの! それはワタクシの望むところではありませんわ。ここはワタクシに任せて、玄の所にお行きなさい」
「健生君、急いでください!」
もう一度玄から焦りの滲んだ声で呼ばれる。ここで止まっているわけにはいかない。
「凰華さん、ありがとうございます!」
健生はもう一度凰華に礼を言うと、背中から腕を出して電柱を掴み、ターザンのように移動する。その途中に玄の体を掴み、彼を背中に背負う。
「逃げたぞ、撃て!」
下の方から一般人の声がするが、地上から遠く離れた対象を撃ち抜くには訓練がいる。彼らの銃弾は健生たちを掠めることすらなく、地上に落ちていった。
健生はそんな彼らを置き去りにするように建物の屋上まで移動し、今度は脚力を強化して屋上から屋上へと、ウサギのように跳んでいく。
「それにしても、凰華お姉様が君を助けるとは意外ですね……。君、何か彼女の弱みでも握っているんですか?」
「……しゃべると舌嚙みますよ」
健生はおしゃべりに付き合うつもりはない、と玄の言葉をほとんど無視し、アングラーのリーダー、アイがいるという場所に向かう。仲間たちの消耗も激しい。早く決着をつけなければ。
健生は玄と協力することだけには不満を感じつつ、アイの元へと向かっていくのだった。
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