番外編
山下心路の優雅な日常 (山下と後方支援組)
山下心路はいつでもユーモアを忘れない紳士だ。
「おやおや、吉良さんおはようございます! 今日もお美しいですね、フフフフフ! こちら、差し上げますよお!」
そう言うと、何も持っていなかった彼の手からぱっと赤い花が咲く。
「まあ、赤いお花ね! とても素敵な手品だわ、山下さん!」
「これはこれは、ありがとうございます! フフフフフ!」
「やや、山下さん、セクハラになりますよお……!」
「新田さんもそうカリカリせず! こちら、どうぞ! フフフフフ!」
そう言って山下が手を振ると、指の間に飴が四つ挟まっていた。
「ここ、これは……! 相変わらずお見事ですね……!」
「いえいえ! 皆さんも練習すればできますよお! フフフフフ! あ、彩川君と若松君もどうぞ~」
「あはは、いつもすごいですね、山下さん」
「大げさとも言う……」
こんな風に、いつも手品でその場を沸かす。まるで魔法使いのような男。
そんな彼が、今日は自分のデスクの前にぽかん、と立ち尽くしていた。
「……これは、一体どうしたことでしょう?」
いつも通りの時間に後方支援組の部屋に出勤すると、いつも来ているはずのメンバーが誰もいない。しん……と静まり返った部屋で、彼はこう書いてあるメモをデスクの上に見つけた。
『後方支援組のメンバーは預かった! 返してほしくば、メモに書いてある場所に行け!
休憩時間、いつもみんなで話す場所』
「……誰の発案でしょうね? 筆跡は思い切り吉良さんですが……」
緊迫感も何もあったものではない。とりあえず、『休憩時間、いつもみんなで話す場所』である談話室に向かってみる。すると、そこのテーブルにもちょこん、とメモが置かれていた。
『よくここまで来たな! 次はここだ! 一人で休憩したいときに行く場所』
「これが俗にいうたらい回しですかね! フフフフフ!」
今度は一人ひとりに割り当てられている休憩室だろう。自分の休憩室に向かってみると、ドアに思い切りばん!と大きなメモが貼られている。
「何だか恥ずかしいのですが⁉ というか、始業時間過ぎてますねえ、フフフフフ!」
もはやツッコミどころしかない。これで後方支援組の部屋に戻ったら全員が仕事をしていた、なんてことが起きていたら笑うしかない。
こんな感じで、山下は超常警察の本部内を散策する羽目になった。そしておかしいことに、どこを歩いても誰ともすれ違わないのだ。さすがに違和感しか覚えない状況に、若干不安になってしまう。
「今日は特に何かあったわけではないと思うのですが……これはどうしたことでしょうかねえ、フフフフフ!」
手元にぞろぞろと集まりだしたメモを見ながら、山下は高らかに笑う。かれこれメモも九枚、次で十枚目だ。
「えーと次は……『みんなで会議をするところ』……どう考えても会議室ですね、フフフフフ!」
もはやネタ切れが否めない。最初は入っていた脅し文句も五枚目辺りからキレが悪くなり、八枚目の時点でとうとう場所の指定のみになった。吉良の心中を察する。
そして訪れた会議室の目の前。扉にはどん!と大きな紙が貼られていた。
『よくここまできたな! 次が最後だ! この扉を開けろ!』
「……RPGの魔王ですかね?」
至極当然な感想を抱きながら、山下は扉を三回ノックする。すると、扉の向こうから「来たわ、山下さんよ!」「みなさん準備はいいですか?」「はっ、はい!」「いける……」と後方支援組の声が聞こえてきた。……これはノックして正解だったらしい。
「開けますよ~、いいですか~?」
『いいですよ~』
何なのだろう、このやり取りは。
思わず吹き出しそうになりながら山下は扉を開ける。すると……。
パアァン!
クラッカーの中身が飛び出す音が聞こえてきた。次の瞬間、山下に紙テープや紙吹雪が飛んでくる。
『サプライズ、成功~!』
「そうだと思いました、フフフフフ!」
成功したかは置いておいて、サプライズがあるのだろうとは薄々感じていた山下。現れた後方支援組、彩川、若松、吉良、新田の四人組に微笑む。その笑顔は仮面に隠れて見えないが。
「なかなか山下さん来ないんだもの、本当に大丈夫か気になっちゃったわ!」
「だから十枚は多いって言ったんじゃん……」
「まあ、文字数があるから仕方ないかな……」
「お、お手数おかけしました、山下さん!」
四人はそれぞれ山下に声をかける。山下はその中で、彩川の言った文字数、という言葉が気になった。
「彩川君、文字数、というのは何でしょうか? フフフフフ!」
それを聞いて、彩川たち四人組はきょとんと顔を見合わせる。
「あれ、山下さん気づきませんでしたか? ほら、メモの裏側」
「裏側?」
彩川に言われ、メモのうち一枚を裏返してみるとそこには「じょ」の文字が書かれていた。
「おやおやおや、これは……」
他のメモも裏返してみる。どうやら、それぞれのメモの裏側に文字が書かれていたようだ。
「全く気づきませんでしたねえ、フフフフフ!」
「そんなあ! せっかく考えたのに~!」
「これじゃあただ山下さん歩き回らせただけだね……」
「も、申し訳ありません、山下さん!」
「せっかくだし、ここで文字を繋ぎ合わせてみてください。アナグラムになってるんです」
「なんとなんと!」
彩川に言われ、メモをテーブルの上に広げる。書かれていた文字は、「じょ」「お」「と」「た」「ん」「め」「で」「う」「う」「び」。山下は頭の回転は速い方である。数文字見ただけで、何が書いてあるかすぐに分かった。
「これは……」
そこからは簡単なパズル。素早く文字を並べ替え、そこに書いてある文字を読んでみせる。
「『たんじょうびおめでとう』……」
その声を聞き、吉良が嬉しそうな声を出す。
「そうよ! というわけで、改めてお誕生日おめでとう、山下さん!」
「……おめでとう」
「ここ、これはお祝いのケーキです!」
「山下さん、毎年誕生日忘れてるでしょう? だから、今度は僕らからサプライズもありかなって、若松君が」
「あっ、ちょっと、そればらさないでよ彩川さん!」
「何で? ステキなことじゃない、若松君!」
「吉良さんまで……!」
やいのやいのと騒ぐ後方支援組。賑やかに会話する彼らを見ながら、山下は誕生日を忘れるに至った経緯を思い出していた。前職での忙しい日々。ただただ、耐えるだけだったあの日々。気づけば、山下の心から、頭から余裕というものが抜け去ってしまった。その余裕の中に、自分の誕生日も含まれていたのだ。
(そういえば、誕生日なんていうものもありましたね……)
今は自分以上に、誕生日を覚えてくれていて、それを祝ってくれる仲間たちに囲まれている。
(ありがたいことです……)
山下は仮面の下で幸せを噛み締めるように笑うと、いつものように高らかに笑って見せる。
「フフフフフ! これは皆さんにお礼をしなくてはなりませんねえ! 今日はいつも以上のサプライズを見せて差し上げますよ! フフフフフ!」
そして彼は両の手から花束を出して見せる。山下心路の優雅な日常は、少し形を変えながらも穏やかに過ぎていくのだった。
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