第四幕 トモダチ⑦

「……ケケ、なんつーじーさんだよ……」

「研鑽の量も質も違うのですよ。次はどなたのお相手を致しましょう? 私は、日本刀なしでも構わないのですが」


 日下部はブレスレットを通した日本刀を地面に突き刺すと、今度は執事らしい、美しい立ち姿を見せる。これが執事である日下部の自然体だ。自然体であるがゆえに、日下部からどんな攻撃が繰り出されるのか、相手は推測することができない。

 

 「コイツ……今度はオレが行くぞオラァ⁉」

 「いや、レン…………ここまでにしよう」

 「はあ⁉」


 ユートの攻撃が阻まれたことで猛りを見せる分身の超能力者、レン。だが、そんなレンをアイは片手で制した。


「……ほう」


 アイの判断を聞き、日下部は感心したような声を漏らす。


「確かに、この人はボクらより強いみたいだ……今回は引こうじゃないか」

「……逃がすとでもお思いで?」

「逃げてみせるさ……レン……アマタ……!」


 アイが指示を出すと、ヘアバンドをつけたレンの体が何重にもぶれ、大量の分身がこちらに向かって来た。倒れかけたレンを、すぐに鉄製アクセサリーの青年、ユートが背負う。


「分身はもう見切りましたよ」


 日下部は鋭い突きや蹴りを繰り出し、襲い掛かってくる分身たちを淡々と処理していく。その隙に、パイプ煙草の青年、アマタが口から煙幕をふう……と吐き出した。アングラーたち四人と超常警察の間に、毒の霧がかかる。


「毒の煙幕ですか……」

 

 日下部は地面に突き刺していた日本刀を素早く手に取り、それを前方に大きく振るう。


「はぁっ‼」


 たった一振りで大きな風圧が起きる。毒の煙は、日本刀の一閃で簡単に薙ぎ払われた。しかし、毒の霧が晴れた後には誰一人いない。

 逃げられた。その事実を確認すると、日下部は健生と一に手を置く、長法寺珠寧に一礼する。


「申し訳ありません、お嬢様。私の不始末で輩を逃がしてしまいました」

「蹴散らしたのなら構わない。まずは消火と、怪我人の治療が最優先だからな。ご苦労だった」


 長法寺珠寧は日下部の労をねぎらうと、「さて」と健生に話しかける。


「冨楽健生、毒をかけられたな。今治療をしよう。犬塚一も一緒だ」


 そう言うと、長法寺珠寧の体が緑の光を帯びる。発光する手に触れられると、健生の体から痺れがどんどん抜けていく。


「これは……」


 健生が思わず呟くと、長法寺珠寧は答える。


「私の能力、状態操作だ。今、二人の体を毒のかかった状態から通常の状態に変化させた。すぐに二人とも動けるようになるだろう。調子はどうだ?」

「すごい……あっという間に楽になりました」


 一も話ができる程度には回復したのか、恨めしそうな眼つきで長法寺珠寧を睨む。


「……お父様の姉なだけあって、とんでもない超能力者だねえ、アンタ」

「それは良かった」


 長法寺珠寧はふふっと微笑む。だが、すぐに帯びていた緑色の光は消え、彼女は力なくだらりと座り込む。


「お嬢様!」


 日下部はよろけた長法寺珠寧に駆け寄り、彼女を腕に抱きかかえる。不安そうな声を上げた日下部に、長法寺珠寧は笑う。


「久しぶりに他者の状態を操作して疲れただけだ、そんな顔をするな、日下部」

「しかし……」

「大丈夫だ。いいな?」

「……かしこまりました」


 健生と一が二人のやり取りに気を取られていると、吐血で制服を血みどろにした兵頭が話しかけてくる。


「さて、と。健生君?」

「ひょ、兵頭班長……」

「柳さんから報告があってね。君が犬塚一とともに実行犯確保に向かったと。まったく、肝を冷やしたよ」

「す、すいません……」

「晶洞さんからも聞いていたけど、君は協調性があるのに独断で動いてしまう癖があるね。今後任務の危険度はどんどん上がっていくんだ、それこそ、気を抜けば命を落とすほどにね。今後は注意するように」

「はい……」


 今回に関しては何も言えない。勢いで一についていってしまったが、本来ならあそこで避難すべきだったのだ。


(これは後で晶洞さんにも怒られるな……)


 そう思っていると、兵頭が今度は一に話しかける。


「そして……犬塚一君。今回の君の行動は、今後僕たち超常警察に協力する意思表示、ということでいいかい?」

「ああ、それでいいよお。ただし、協力するのは健生がいる班。あと、余計な監視はなし。お父様の情報が手に入るなら、悪い条件じゃあないはずだよねえ?」


 それを聞き、兵頭は「ふむ」と顎に手をかける。その顎も吐血で血まみれだが。


「……そうだね。いいだろう、その条件を吞もうじゃないか」


 兵頭は座り込んでいる一に手を差し出す。


「改めまして、犬塚一君。ようこそ、超常警察へ」

「……はっ」


 一は兵頭の手を取らず、自分の力でふらふらと立ち上がって見せる。


「僕は健生と取引したんだ。アンタとじゃない」

「そうかい」


 兵頭は一の答えを聞き、手を引っ込める。だがその顔はどこか優しく、まさに若者を見守る年配者そのものだ。


「じゃあ、健生君には彼をよく見てもらわないとね。君には、健生君が学校に通うのにもついていってもらおうかな?」

「兵頭班長……!」


 健生は兵頭の言葉を聞き、顔をぱっと輝かせる。

 一方、暗に学校に通えと言われた一は顔を思いっきりしかめた。


「はあ⁉ せっかく行かなくて良くなったのに、めんどくさあ!」

「そんなこと言って、君、学校の成績はとても良かったらしいじゃないか。むしろ健生君の勉強を見てあげてほしいくらいだね」

「うぐっ……本当にすいません!」

「マジかよ~……」


 賑やかに会話する健生、一、兵頭の三人。そんな三人を、長法寺珠寧と日下部は見守る。


「お嬢様、よろしいのですか?」

「構わないさ。どちらにせよ、近々犬塚一と神木茜には同様の内容を提案するつもりだった。それが少し早くなっただけだ」


 長法寺珠寧は、言い合いをする健生と一をどこか遠くを見つめるように眺めた。


「本当に……若さとは羨ましいものだな」


 数日後。

 教室に入ってきた健生たち一行を見たクラスメイト達はざわめく。それも当然。健生の隣には幸、護だけでなく、見覚えのない……いや、正しくは髪をまだら色に染め、雰囲気が別人のようにがらっと変わった犬塚一が立っていたからだ。


「うわあ、この感じ久しぶりじゃん。僕の席どこお?」


 おまけに話し方まで別人。いよいよクラスメイトの中から、雄馬が健生にこそこそと話しかけにきた。


「な、なあ健生……アイツ犬塚一……だよな? アイツ転校したんじゃなかったの? ていうか何? イメチェン?」

「あはは……まあ、めでたく一が戻って来たってことで」

「いやいや、それじゃすまないだろあれは」

「あれえ、お前菊池雄馬じゃん? 何、僕に黙ってこそこそ話~?」

「きゅっ、急に近寄ってくんなよ、怖い!」

「まあ、これが普通の反応ですな……」

「本当に……今日は慌ただしい一日になりそうですね」


 幸が言うのもその通り。

 何故なら一だけでなく、隣のクラスには茜が転入してきているのだ。あれから長法寺珠寧の裁量により、一と茜の二人は長法寺家に身を寄せることとなった。

 一と茜だけではない。冬樹、凛夜は恋羽と同じクラスに転入している。

 授業はそれぞれのクラスで受け、昼休憩には全員で集まって昼食を食べ、下校時間になれば全員集まって帰る。そんな一時の平和が健生たち学生組に訪れた。

 だが、実際はそんな悠長には言っていられない。長法寺珠緒の一派に転法輪、そして新たに現れた勢力のアングラー。超常警察は基本的にどの派閥とも敵対関係にある。

 いつまで続くか分からない平穏な日常。健生はそれを噛み締めながら、いずれ来る波乱の非日常に備えるのだった。


傷もつ僕ら 第六部 完


第六部 登場人物まとめ

(第六部読了後の閲覧をお勧めします)


・冨楽健生(ふらくけんせい)

 主人公。17歳の高校二年生男子。超能力は体の細胞を自在に操る『細胞操作』。副作用は精神の乱れによる暴発。犬塚一の確保のため、超常警察の隊員となった。幸とは恋人同士。第六部にて、確保した犬塚一と取引という名の和解に至る。


・柳幸(やなぎさち)

 ヒロイン。17歳の高校二年生。超能力は、自分の姿や触れた物を透明にする『透明化』。副作用は感情と表情の鈍化。健生と関わることで徐々に人間性を取り戻していく。健生が死にかけたことで恋心を自覚し、彼に告白する。意外と恋愛には積極的な模様。


・犬塚一(いぬづかはじめ)

 健生の中学生以来の友人の皮をかぶったスパイ。長法寺珠緒の手駒として姿を現す。超能力は獣の特徴を自在に体現する『獣化』。副作用は人間としての理性の喪失。健生が被害者となった人体実験の被検体一号。第六部にて健生と協力の取引を交わす。


・秋葉護(あきばまもる)

 健生の高校からの友人で、オタク気質。「~ですぞ」という独特な口調をしている。超能力を無効化する『無効化』の能力を持つが、詳細はまだ不明。第一班の護衛対象。第五部では無効化の能力に目を付けられ長法寺珠緒の手先の北条に誘拐された。

 

・冨楽恋羽(ふらくこはね)

 出生者全員が超能力者の家系、転法輪家の末っ子。だが、転法輪家から勘当されたことで冨楽家の娘となる。健生を「お兄様」、柳を「お姉様」と呼んで慕う。第一班の護衛対象。桂木に告白したが未成年のため、五年後もう一度告白をすることになった。無能力者。

 

・市原輝明(いちはらてるあき)

 超常警察に所属する27歳男性。少し長めの髪を後ろで一つくくりにしてなびかせた、細目の狐顔。第一班の指示役でもある。超能力は自分や周囲の物、音を外部から隠す『演幕』。副作用は精神の乱れによる制御不能状態。晶洞に憧憬のような感情を抱く。


・桂木晴人(かつらぎはると)

 超常警察所属の25歳男性。愛想のない目つき、短い金髪がトレードマーク。体をよく鍛えており、大柄な体つきをしている。超能力は体が異常なまでに頑丈である『頑丈』。副作用は痛覚の喪失。恋羽の想いを受け入れ、五年後もう一度告白するように言う。


・古賀葵(こがあおい)

 超常警察所属の24歳女性。超能力は全身の傷から茨を出す『茨』だったが、バカンスで彩川と結ばれたことが影響したのか植物の蔓を出す『蔓』に変化した。副作用は出血と激痛だが、能力が変化したことで症状が軽くなる。第三部で彩川と結ばれる。


・山下心路(やましたしんじ)

 超常警察所属の男性。年齢不詳。手品師のような恰好と白い仮面がトレードマーク。第一班の後方支援組であり、運転係でもある。「フフフフフ!」という笑いが口癖。超能力は顔を自在に変える『人相』。副作用は顔がぐちゃぐちゃに崩れること。


・晶洞羅輝(しょうどうらき)

 超常警察所属の27歳女性。普段はサングラスにマスク、トレンチコートを羽織っているが、本人はなるべく肉体美を見せびらかしたいらしい。長髪をなびかせたスレンダーな美女。健生の師匠役となる。超能力は全身を美しい結晶に変える『結晶化』。


・若松冬樹(わかまつふゆき)

 超常警察所属の16歳男子。フードを深くかぶったギザギザ歯の少年。無能力者だったが、護の誘拐をきっかけに超能力に目覚める。超能力はスーパーコンピューター並みの高い情報処理能力を発揮する『情報処理』。副作用は肉体的負担。

 

・彩川青葉(さいかわあおば)

 超常警察所属の25歳男性。超能力は肉眼で見た相手の感情や思考を色で視認する『視覚エンパス』。副作用は目の負担と色素の喪失。第三部で片思いをしていた古賀と結ばれる。両親から虐待を受ける中で超能力を開花させた過去を持つ。


・新田知也(にったともや)

 超常警察所属の35歳男性。髪の毛が実験に失敗した博士のようにちりぢりになってしまっている、丸眼鏡の男性。自信なさげだが、気配りできる心優しい性格。超能力は全身から炎を放つ『人体発火』。副作用として、精神の乱れで能力が暴発してしまう。


・吉良美麗(きらみれい)

 超常警察所属の34歳女性。髪をポニーテールでまとめた垂れ目の女性。顔立ち、スタイル、雰囲気の全てが非常に美しく艶やか。超能力は自分を見た相手に一時的に言うことを聞いてもらうことができる『魅了』。過去の恋人からデートDVを受けていた。


・転法輪凰華(てんほうりんおうか)

 転法輪家の長女。黒髪は毛先だけ真っ赤で、肌は美白。炎色のルージュとパーティドレス、扇子がトレードマーク。超能力は炎を自在に操る『炎』。男ばかりの転法輪家に嫌気がさし、恋羽を実家に戻そうとした。転法輪家の中では話が通じる側の人間。


・神木茜(かみきあかね)

 地雷系ファッションに身を包んだ少女。一人称は茜ちゃん。超能力は髪の毛を自在に操る『黒髪』。苛烈で狂信的な性格だが、副作用の表れである模様。確保された後は凶暴な性格が収まり、すっかり大人しくなってしまった。


・百瀬陽毬(ももせひまり)

 超常警察特殊機動隊の第二班に所属する27歳女性。超能力は触れた相手を眠らせる『睡眠』。副作用は強烈な眠気。第二班に所属する伊吹と中津のお目付け役でもある。古賀と仲良し。


・伊吹頼(いぶきらい)

 第三部のバカンスで古賀に確保された、シルバーネックレスをつけた黒髪の機嫌悪げな青年。21歳。超能力は目の合った相手を過呼吸にする『過呼吸』。副作用は自分の呼吸も乱れること。同じ時期に確保された中津のことは邪険に扱うが、何だかんだいいコンビの模様。


・中津心音(なかつここね)

 第三部のバカンスで古賀に確保された、地面につきそうな長髪と白いワンピースが特徴の女性。23歳。超能力は泣き声で衝撃波を発生させる『泣き声』。副作用は時折声が出なくなること。同じ時期に確保された伊吹に頼りがちな怖がりの性格。


・折部直仁(おりべなおひと)

 超常警察特殊機動隊の第三班に所属する、茶髪のチャラ男の青年。25歳。超能力は体を液状にできる『液体化』。副作用は精神的に乱れると体が液状に崩れてしまうこと。第三班に所属する水戸と立花のお目付け役でもある。


・水戸シンディ(みとシンディ)

 第四部の暗殺者編で晶洞と市原に確保された、全身から色気漂う金髪の女性。24歳。超能力は誘惑した異性の体を強化して操り人形にする『フェロモン』。副作用は操り人形の制御が効かなくなることがあること。操り人形のことを「ビースト」と呼ぶ。


・立花秀一(たちばなしゅういち)

 第四部の暗殺者編で水戸とともに確保された、スキンヘッドの寡黙な男性。35歳。無能力者だが、水戸の超能力を最大限発揮できる体質を持つ。誠実で模範的な性格をしており、水戸の行動を注意、制御するポジションにある。


・アイ

 第六部から登場した敵対勢力、アングラーのリーダー。テーラードジャケットを着こなし、全身が乾燥してひびわれている青年。超能力は不明。超能力を使い、表と裏の世界を支配しようとしている。


・レン

 第六部から登場した敵対勢力、アングラーのメンバー。ヘアバンドをつけ、苛烈な性格をした青年。超能力は自分の分身を大量に生み出せる『分身』。分身を出し過ぎると一体一体が弱くなること、本体が動けなくなることが副作用。


・ユート

 第六部から登場した敵対勢力、アングラーのメンバー。全身に鉄製のアクセサリーを大量につけ、「ケケッ」と特徴的な口癖を持つ。超能力は自分の体から磁力を発し、鉄を操る『磁力』。副作用は不明。


・アマタ

 第六部から登場した敵対勢力、アングラーのメンバー。丸眼鏡にパイプ煙草がトレードマークの青年。知性的なしゃべり方をする。超能力は毒を自在に生み出せる『毒』。副作用は不明。


・稲垣伊織(いながきいおり)

 超常警察所属の医者兼研究者。25歳男性。桂木達とは顔見知り。ざっくばらんに伸ばした硬い髪を雑に一つくくりにした三白眼の青年。副作用で目から出血した彩川を処置した。


・兵頭優一郎(ひょうどうゆういちろう)

 超常警察第一班の班長。にこやかで細身の眼鏡をかけた中年男性。にこやかな笑顔がどこか頼りない印象だが、只者ではない雰囲気を持っている。超能力は重力を操る『重力』。だが、長時間の使用は体に大きな負担がかかる模様。


・長法寺珠寧(ちょうほうじたまね)

 超常警察の隊長。クラシックロリータの衣装に身を包み、髪の毛も化粧も、人形のように整えられている少女。車椅子に座っている。超能力は自他の状態を操る『状態操作』。他者の状態操作はエネルギーを使うらしい。


・日下部銀之丞(くさかべぎんのじょう)

 長法寺珠寧の執事。銀髪の壮年。日本刀を帯刀している。無能力者だが、超能力者と渡り合えるほど強い。


・菊池雄馬(きくちゆうま)

 健生のクラスメイトで、文化祭の実行委員。野球部に所属しており、頭を丸刈りにしている。文化祭の準備を通して健生と仲良くなる。友達思いの熱い男。



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