第四幕 トモダチ⑥

 健生が吠えた。その咆哮に呼応するように、グンッ!と強い重力が周囲にかかる。


「ぐあっ!」

「くっ……これは……?」


 健生はあまりの衝撃に顔を床に叩きつけられ、アイは強制的に四つん這いにさせられた。アイの仲間、他の三人も同様で、それぞれ床に体を横たえている。


「やれやれ、若者たちはみんな元気だねえ。おじさんは着いていくので精いっぱいだよ」


 この声は。


 健生はかろうじて動く眼球を端に動かすと、そこには第一班の班長、兵頭優一郎が立っていた。


「兵頭……班長……!」

「うんうん、健生君、言いたいことは色々あるけど、まずは無事で良かった。犬塚一も……無事ではないけど無事だね」


 兵頭はそこまで言って、「ごほっ、ごほっ!」と強くせき込む。口元を抑えた手には、大量の血がついていた。吐血している。しかし、それを見ても彼は「はあ」とため息をつくだけだ。


「年は取りたくないものだね。まあ、時間稼ぎはできたし、僕の能力はここまでにしておこうかな」


次の瞬間、兵頭の超能力と思われる重力が解かれた。

床に臥せっていたアングラーの四人組が兵頭の到来を受け、ターゲットを一から兵頭に変更する。


「お偉いさんが来てくれたのは……ありがたいね……!」

「ケケッ、コイツからやっちまおうぜ、アイ!」

「ここで痛手を負ってもらいましょう!」

「おうよ、喰らいやがれぇ⁉」


 アイたち、アングラーの四人は一斉に兵頭に向かっていった。毒を受けてしまっている健生や一は動けない。救援に入れない!


「兵頭班長、逃げてください!」


 健生の叫びに反して、兵頭は一切その場から動こうとしない、余裕の表情だ。


「若者たち、覚えておくと良い」


 兵頭は猛っている四人組に向かって、あるいは健生と一に向かって声をかける。


「失敗とは、年配者の胸を借りているからできるということを」


 刹那、走る銀色の一閃。それは一陣の風を周囲に巻き起こし、四人を風圧で退ける。


「うおっ⁉」

「これは一体……!」

「何だコイツ、ケケッ!」

「…………」


 四人はそれぞれ驚きの表情を見せる。無理もないだろう。兵頭の前に立っているのは、ビスクドールのような少女……長法寺珠寧を肩に乗せ、日本刀を構えた壮年の執事、日下部銀之丞だったのだから。

 長法寺珠寧は日下部の肩に乗ったまま、兵頭に声をかける。


「遅くなってすまないな、兵頭優一郎」

「いいえ、助かりましたよ、隊長」


 隊長、という言葉を聞いたアイが怪訝そうな顔をする。


「隊長……こんな子どもが……?」

「真実とは常に見かけにはよらないものだ。日下部」

「はい、お嬢様」


 長法寺珠寧は日下部の肩から降り、床に足をつけて立ちながら執事に指示を出す。


「私は冨楽健生と犬塚一の治療をする。お前は四人を蹴散らせ」

「かしこまりました」


 日下部は主の声に、日本刀を構えて応える。それに怒りを表したのは、アイたちアングラーの四人だ。


「……ははっ。なるほど……ボクたち四人を一人で相手取るってわけ……」


 アイの顔が歪んだ笑顔に変わる。


「それは……さすがにボクたちを馬鹿にし過ぎじゃないかな……?」

「……それでは、試して差し上げましょう。一人ずつでも、四人一気にでも。お好きな方でどうぞ」

「ほざけ……ユート……!」

「あいよ! ケケッ!」


 アイの指示を受けて、全身に鉄製のアクセサリーをつけたユートが素早く腕のブレスレットを日下部に投げつける。ブレスレットはチェーンソーのように回転しながら空中を飛行し、日下部の周囲をびゅん!と取り囲んだ。


「ふむ」


 だが、そんな状況になっても日下部は構えを解かず、焦りを一切見せない。慎重に、冷静に、相手の出方を探っているようだ。

 もちろん、ユートもそんな悠長に構えているわけではない。


「ミンチにしてやるぜぇ! ケケケッ!」


 ユートの叫びとともに、ブレスレットたちが一気に日下部に向かう。

 それと同時に、日下部もカッと目を見開き、日本刀を円状に振るった。


「はっ!」


 カキィン!


 銀色の一閃とともに、金属と金属がぶつかる音が響いた。

 次にユートの視界に映ったのは、全てのブレスレットの輪を日本刀に通し、攻撃を全て受け止めてみせた日下部の姿だった。


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