第四幕 トモダチ⑤

「さっきはよくもやってくれたねえ! お前からだよお!」

「クソッ、速すぎんだろコイツら……⁉」


 レンがたじろいでいると、一とレンとの間にパイプ煙草をくゆらせる丸眼鏡の男……アマタが割って入った。アマタはパイプ煙草をすぅ……と吸うと、一の顔に向かって煙を吹きかける。


「うえ……げほっ、げほっ!」


 思わず煙を吸い込んでしまう一。咳をしたことで一気に失速し、彼は屋上の床へと倒れ込んだ。一はそのまま体を痙攣させ、床をのたうち回る。


「一!」


 健生が背中から腕を出して救援を出そうとすると、今度は全身に鉄製のアクセサリーをじゃらじゃらつけた男……ユートが立ちはだかる。


「ケケッ、させねえよ!」


 ユートは腕に着けていた大量のブレスレットを空中で鋭いドローンのように操作し、健生の腕を斬り飛ばしていく。


「なっ……」


 健生が驚いて勢いが弱まった一瞬、またもやアマタが煙をふぅ……と吐き出した。


(この匂い……毒ガスだ!)


 匂いを嗅いでしまったということは、健生も毒ガスを吸い込んだということだ。すぐに手足に痺れが出てきて、まともに立っていることができずに膝をつく。息を吸ってなんとか態勢を整えようとするが、その呼吸すら上手くできない。


(まずい……俺達が屋上に行ったことは幸さんと神木茜しか知らない!)


 嫌な汗が全身から吹き出る。それでも何とか上を見上げると、四人の中から一人……全身が乾燥でひび割れた男、アイが屈んで健生の頭に手を置く。


(終わった……!)


 思わずぎゅっと目を瞑る。だが、健生の不安とは真逆に優しい、少しねっとりした声が上から聞こえてきた。


「そんな怖がるなよ……今回は挨拶に来ただけなんだ……」

「あい……さつ……?」


 健生が息切れしながら答えると、顔にまでひび割れの入った男はにこやかに笑う。


「そう、挨拶……。まさか、ここまで来るヤツがいるとは思わなかったなあ……驚いたよ」


 その言葉には健生たちに対する素直な賞賛が見て取れた。しかし、何だろうこの不穏さは。

 健生が物理的にも精神的にも動けないでいると、ひび割れの男、アイは自己紹介をする。


「ボクの名前はアイ……ボクら四人は、アングラーっていう組織を作ったんだ……」

「は……? アングラー……? 組織……?」

「そう……。ボクら四人はみんな超能力者……いずれ、表も裏も支配する……。それにはさ、表の超常警察も、裏の転法輪も邪魔なんだよね……」


 だからさ、とアイは健生の頭に手を置いたまま続ける。


「いずれ、君たち超常警察も……転法輪も潰すよ……。今はまだそのときじゃない……だから、これぐらいで勘弁しておいてあげる……」


 そう言ってアイは健生の頭から手を離した。だが、健生の体は相変わらず冷や汗をかき続けている。


(終わり……これで? 本当に?)


 どうしてか違和感を拭えない。分身の超能力者を使って、本部に火炎瓶で襲撃を仕掛ける人間が、これで本当に終わりにするのか?


(まさか)


 健生の頭の中に最悪の可能性が浮かぶ。あり得てはいけない、実現してはいけない可能性。それを証明するかのように、ひび割れの青年、アイは未だに藻掻いている一に近づく。一は敵が近づいていることを察知し、「グルル……!」と唸った。


「彼は……君にとって大事なトモダチなんだね……」

「……やめろ」


 駄目だ、それだけはいけない。


「一人も犠牲者がいないのは……さすがにつまらないよね……」

「頼む……」


 アイは一に手を伸ばす。


「だから……この子をもらっていくことにするよ……」

「やめっ……やめろ……!」


 アイの手が、指が、一の眼前に迫る。


「次は頑張ってね……無力な少年……」

「やめろおおおおおお‼」

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