第四幕 トモダチ③
「やめろおおおお!」
一は咆哮した。一の怒りとも、悲しみともとれない咆哮を受け、分身が消し飛んでいく。
二人の攻撃を受け、周囲にあれだけいた分身が一人もいなくなった。静かになった、炎の音だけが響く廊下に、一の小さな声がしん……と響く。
「やめろ……やめてくれ……」
「一……」
一はその場に座り込む。その顔は伏せられていて表情が分からない。だが、健生には痛いほど一の心中が、感覚として伝わってきていた。ぴりぴりするような、圧倒されるような、真正面から強風を受けたような感覚。
「僕は選ばれなかったんだ……それを、選ばれたお前が僕を選ぶんだ……みじめだ……やめてくれ……」
あれほど鋭かった一の迫力が、今はどうしようもなく弱々しい。支える何かがなければ折れてしまいそうな。いや、むしろ長法寺珠緒に捨てられたときに折れていたというべきか。
(まだ……足りない……)
一の心を救うものが、一の自尊心を支えるものが、あと一押し足りない。
一が一らしく、今まで通り振る舞えるような何かが。建前が必要だ。
「……ここからは、利害の一致の話だ、一」
健生は俯いている一を背に、折れそうな彼を見ずに話しかける。
「俺達は長法寺珠緒……一のお父様を確保する。一は、お父様を確保するために俺達に協力してくれ」
「…………」
一は何も答えない。健生は続ける。
「一は、俺達に協力する中で、お父様を見返したらいい。それで、お父様が確保できたら、もう一度、落ち着いて親子として話をしたらいい。いくらでも面会ができる」
「親子として……」
この言葉に、一の声色が少し変わった。明るくなったのか、暗くなったのかは判別がつかない。だが、折れそうだった何かに添え木が添えられた。そんな風に健生は感じた。
「……これは、取引だ。一、どう思う?」
一に語り掛ける健生。正直、心臓はバクバクで、喉はカラカラで、口の中はパサパサだ。そんな緊張状態だったからだろう。健生は、自分の後ろに迫っていた生き残りの分身が火炎瓶を投げたのにギリギリまで気づけなかった。
「なっ……!」
気づいたときにはもう遅い。火炎瓶は健生の眼前にあった。と、そのとき、健生の足元、一がいる場所から声が聞こえた。こちらを小ばかにしたような、今まで通りの一の声が。
「……はっ!」
一はこちらを鼻で笑うと、火炎瓶をすんでのところでひっつかみ、分身に向けてパリィン!と投げつけた。火炎瓶を投げつけられた分身は、「ぐわあっ!」という声とともに炎と同化していく。
「は、一……」
今……俺のこと助けた?
そう聞こうとした瞬間、一がこちらを向き、先ほどまでの弱々しかった様子が嘘のように、にやりと笑って見せる。
「健生にしては悪くない条件じゃん? いいよ、その取引、受けてやる」
一はすっと、背筋を伸ばして立ち上がり、「ただし」と一言付け加えた。
「その代わり、所属するのはお前のところの班だから。あと、監視とか必要以上につけるのはやめろよ、ウザイからさあ」
「一……!」
……届いた。届いたんだ!
感動に涙が滲む健生を見て、一は嫌そうに顔をしかめる。
「お前、いい加減すぐ泣く癖なんとかしろよなあ。泣き虫健生」
「……う、うるさい! これから直すんだよ!」
健生は袖で涙を拭い、一に言い返す。少し形は変わったが、これも立派な一つの友達の形だ。そう思っていると、今度は一がとんでもないことを言いだす。
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