第四幕 トモダチ

第四幕 トモダチ①

 健生と幸が氷の滑り台を下って地下二階に到着すると、そこにも火の手が迫っていた。火炎瓶を持った分身たちが玉砕覚悟で入り込んだのだろう、そこら中に瓶の破片が転がっている。そして、凛夜が凍らせてくれたエリア外に出ると、すぐにレンの分身たちが殴りかかってくる。


「邪魔だっ!」

「道を開けてください」


 健生は苛烈に、幸はあくまでも冷静にその分身たちを能力や銃弾で処理していく。一体一体がかなり弱いことが不幸中の幸いだ。

 炎を避けながら、時には炎の中に突っ込みながら一と茜のいる牢を目指す。


「健生様、ここからは二手に分かれましょう。神木茜のいる女子用の牢に私が、犬塚一のいる男子用の牢に健生様が行ってください。それぞれ実行犯を保護したら、もう一度凛夜さんが凍らせてくれたエリアに戻ってきましょう。こちらが牢の鍵です」


 幸は健生の背中から降りると、彼の手に牢の鍵を手渡す。健生は幸から受け取った鍵を、手の中にしっかり握りしめた。そして、彼女の顔を覚悟を決めた目で見据える。


「分かった。幸さん、気を付けてね」

「健生様も。どうかご無事で」


 幸も健生の顔を見据えると、機敏に炎を避けて女子の牢へと向かっていく。

健生はその背を見送ると、後ろを振り向いた。自分が向かうべきは逆方向にある男子の牢だ。

今は一に会って何を言うとか、言われるとか考えている場合ではない。一刻も早く彼の元に向かわなければ。


「……行くぞ」


 健生も幸に負けない俊敏な動きで炎を躱しながら、男子用の牢へと向かった。




 男子用の牢が並ぶ無機質な廊下。ここにも火炎瓶が投げ込まれており、床には炎が蛇のように這っていた。


「一、どこだ……」


 他の実行犯は今は入っていないはず。ここにいるのは、一だけだ。そうやって健生が周囲を見渡していると、彼の背中に声がかけられた。


「何しに来たんだよ、お前」

「……!はじ、め……」


 犬塚一は、小さな牢の奥にぽつり、と座り込んでいた。炎が生み出す陽炎が、彼の姿を曖昧に見せる。だが、一の突き刺すような怨嗟のこもった視線は陽炎すらも超えてくる。健生が最初に見た一の姿は、それだった。

 あまりの彼の迫力に、健生は一瞬それに呑まれてしまった。だが、すぐにハッと我に返る。


「一、助けに来た。外に逃げよう」


 健生はそう言うと、幸から手渡された鍵で牢を開ける。何故か手が震えてしまって、簡単な作業のはずなのに手間取ってしまった。健生の心中を見透かしてか、一は健生にこう言い放つ。


「この腰抜け。覚悟もないのに何が助けに来ただよ」

「覚悟なんて……」

「ないだろ。だから、ほら‼」


 ガブゥッ!


「いっつ……!」


 健生が牢の扉を開けた途端、一が肩に噛みついてきた。これでも健生は反応し、体を少し横に逸らしたのだ。もし逸らしていなければ、一の狼のように鋭い歯は健生の首を食いちぎっていただろう。健生はある種の確信を持つ。


 これは、自分と一の命と存在をかけたやり取りの始まりの合図だ。

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