第三幕 シュウゲキ⑦

「敵が多すぎる……!」


 視点は変わって健生。彼は幸、凛夜、晶洞とともに地下への最短経路となる階段を駆け下りていた。だが、行く手は炎やレンの分身に阻まれ、思うように進むことができない。幸は道中の換気扇を回しながら煙を外に流し、凛夜は冷気による消火を、健生と晶洞は敵をなぎ倒しながらゆっくりと進んでいく。


「地下にも火の手が回っているでしょうから、急がなければ」


 幸も健生の焦りに同意するように言葉を紡ぐ。

 その言葉を受け、晶洞が「ふむ……」と考え込み、凛夜へと質問を飛ばした。


「凛夜君、ちょっといいですか」

「はっ、はい! な、何ですか……?」


 急に名指しで呼ばれ、ビクッとする凛夜。

 一体何事か、と寒さで震える体を更に震えさせる。


「一度に放出できる冷気はどれくらいですか? 消火と分身たちの駆除が可能な威力で!」


 晶洞の言葉を聞き、凛夜は彼女の意図を理解したようだ。

 目をはっと見開くと、今何階と何階の間にいるのか、階段の踊り場を確認する。今いるのは、四階と三階の間だ。


「あの、犬塚君がいる牢屋って地下何階ですか……?」

「地下二階ですね」

「じゃあ、最低でもそこまでの道を開きます!」


 凛夜は中央の手すりの間から両手を地下に向けて突き出す。階下からの煙に顔がさらされるが、凛夜はそれも厭わない。


「凍れえええええええっ‼」


 パキィィィィン‼


 瞬間、宝石が輝くような音とともに、階段が地下まで滑り台状に凍り付く。分身たちも炎も一瞬でかき消すその勢いは、凛夜の覚悟を表すかのように力強い。


「す、すごい……」


 凛夜の能力と、周囲の光景の美しさに思わず言葉が漏れる。

 当の本人である凛夜にはその言葉は聞こえていないようで、彼は体をふらり、とふらつかせた。


「う……」

「凛夜君!」


 健生が慌てて凛夜を抱きかかえると、彼はすっかり寒さで顔を青ざめさせ、がたがたと震えている。全身がかじかんでおり、体を動かすのもしんどそうだ。はあ、はあと肩で息をしているが、その息も吹雪のように冷たい。


「……副作用を考慮して、できる範囲で良かったのに」


 晶洞が凛夜に呆然とした様子で声をかけると、凛夜は寒さで固まった表情筋で精いっぱい笑って見せた。


「……ぼく、元実行犯だから……でも健生君も、みんなも優しくて……一緒にいたいなって、思ったから……」

「……一緒にいられるよ、これからも」


 健生が語り掛けると、凛夜は嬉しそうにはにかむ。だが、その笑顔も力なく、これ以上凛夜が先に進むのは難しく思えた。


「……晶洞さん」

「分かっています。……指示が曖昧だった私の責任でもありますね」


 晶洞は健生から凛夜を受け取り、背中に背負う。


「私は凛夜君を外の救護班に引き渡しに行きます。健生君と柳さんは先に進んで、犬塚一と神木茜を保護、外に避難してください。もし無理だと思ったときは、すぐに退避すること。いいですね?」

「了解です」

「はい。……凛夜君のこと、お願いします」


 健生の言葉に晶洞は力強く頷くと、滑り台になった階段を勢いよく滑り降り、一階の入り口を目指していった。

 晶洞と凛夜を見送ると、健生は幸に声をかける。


「俺達も先に進もう。背中に乗って、幸さん」

「かしこまりました」


 健生は背中から腕を出し、幸が落ちないよう背中に固定した。


「せっかく凛夜さんが作ってくださった最短経路……無駄にはできませんね」

「うん。……一気に滑り降りるよ、掴まってて」

「はい」


 健生の言葉を受けて、幸は健生の背中に掴まった。これがデートならどれだけ良かったか。


「……せーのっ!」


 健生はかけ声とともに、氷の滑り台に飛び乗った。足の裏を硬質化させて滑りを良くすると、二人分の体重が乗っていることもありなかなかのスピードが出た。踊り場の壁に衝突しないよう、手すりを掴みながら移動する。この分だと、一のいる地下二階まではあっという間に着きそうだ。


「待ってて、一……!」



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