第三幕 シュウゲキ②

「……健生様?」


 健生は階段の前から動けない。その視線は階下、正しくは地下へと向いている。

 晶洞はコートをバサァ!と脱ぎ捨てながら、健生に鋭く声をかけた。


「健生君! どうしたんですか、救援に行きますよ!」

「晶洞さん……俺……俺……」


 健生の脳裏に浮かんでいるのは獣の少年。今、地下の牢に収容されている少年。


「俺……行けません……!」


 直後、健生は脚力を強化し、階段を一気に飛び降りた。


「健生君!」


 晶洞が自分を呼ぶ声が聞こえる。分かっている、火事の経験がない自分にとってこれは自殺行為であり、実践経験の少ない自分の単独行動は古賀のそれとは大きく異なる。だが、ここだけは譲れない。譲れないんだ。


(一が危ない……!)


 健生は踊り場で着地すると、そのままの勢いで階段を駆け下りようとした。

 だが、そんな彼の向こう見ずな行動は大きな氷壁に阻まれることとなる。


 パキィン‼


「おわっ⁉」


 もちろん、健生は目の前に氷壁ができるなんて想定していない。彼は思い切り壁に顔面をぶつけ、仕舞いには鼻血を出した。

 健生は鼻血を袖でぬぐい、氷壁を出した人物の名前を呼ぶ。


「凛夜君……」


 階段を見上げると、凛夜がこちらに両手をかざした状態で仁王立ちしていた。その顔には少しばかりの怒りが滲んでいる。


「だ、だめだよ健生君……! 一人で行ったら危ない……!」

「でも、地下には一がいるんだ! 一は牢にいるから一人じゃ逃げられない!」

「そ、そうだけど……」


 健生から言い返されても、凛夜は引く様子を見せない。幸も凛夜に加勢するように、健生に声をかける。


「健生様、少し冷静になりましょう。この炎の中、敵の攻撃を一人でかいくぐるのは危険です」

「幸さんまで……!」


 ここで一を見捨てたら自分は一生後悔する。

 それを分かっていて止めるのだろうか。


 健生が焦りとイラつきから言葉を発しようとしたそのときだ。


「全く……健生君、よく聞きなさい。私たちは誰も行くな、とは言っていません。一人で行くな、と言っているんです」


 晶洞はため息をつきながら健生に説く。


「え……」

「私たち四人で、牢に囚われている犬塚一と、神木茜の救出をしましょう。彼らもいちおう、被害者ですからね。後方支援組は、古賀さんと市原君たちが何とかしてくれるでしょうから」


 仕方ないなあ、という顔をする晶洞、幸、凛夜。その顔には、こうなることは分かっていたという呆れもうかがえたが。


「ちなみに、最短経路はこっちですよ。分かったら早く上がってきなさい」


 そうして晶洞は健生を置き去りにし、先ほどと同じ方向に走り出す。凛夜も彼女に着いていき、一時姿を消した。残ったのは幸だ。彼女は健生に手を差し伸べながらこう言う。


「行きましょう、健生様」


 ああ、自分が愚かだった。

 みんな、自分の気持ちを尊重して動こうとしてくれていたのだ。


「……うん、今行くよ」


 健生は階段を駆け上がり、幸の手を取る。そして、今度は健生が彼女の手を引いた。健生が脚力を少しだけ強化すると、すぐに晶洞や凛夜に追いつく。


「晶洞さん!」

「何ですか、健生君!」

「勝手な行動をして、すいませんでした!」

「本当ですよ! 君の課題は自分の判断で動きがちなところ! まずは報連相を身につけなさい!」

「はい!」


 そして四人は地下への最短経路を走り出す。煙が、炎が彼らの行方を阻もうとするが、それを振り切りながら駆け出す四人だった。





 黒い煙が窓から顔をのぞかせる、超常警察の本部を遠くのビルの屋上から見つめる人影が四つ。全身が乾燥でひび割れているアイ、パイプ煙草をくゆらせるアマタ、体中をアクセサリーで飾ったユート、ヘアバンドをつけているレンだ。

 アイ、アマタ、ユートは立って火事の見物をしているのに対し、レンは力なくだらり、とした状態で座り込んでいる。その瞳は電源が切れたように光を失っていた。そんなレンを見てユートは「ケケッ」と笑う。


「ユートの『分身』は便利だけどよお、本人がこうなっちまうんじゃあ一人じゃ使えねえよな、ケケッ」

「これで本人まで動けたらそれこそチートですよ。分身が多いほど一つ一つが弱くなってしまうのも難点ですが、火炎瓶を使ってそれを逆手に取ったのはさすがですね、アイ」


 アマタは「フーッ」と煙を口から吐き出しながら、アイの方をちらり、と見た。


「どんな能力も使い方次第さ……さて……」


アイは演劇を眺めるかのように、双眼鏡を使って超常警察を見物する。


「失望させてくれるなよ……超常警察さん……」


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