第二幕 サイカイ③
場所は変わってトレーニングルーム。
片側の壁に健生、幸、凛夜の三人が、もう片側の壁に伊吹、中津、水戸、立花の四人が立っている。その中間地点に立っているのは百瀬。周囲には勝負の行方を見守る第一班の前衛組と折部の姿が。
「それじゃあ、交流試合始めるよ~……むにゃ……相手のチームを全員拘束した方が勝ちね……私がいる線の向こう側に相手を出しても、場外で拘束扱いにするよ……」
百瀬は眠そうな目をこすりながらルール説明をする。発案者の彼女が審判を買って出たが、眠気に負けてしまわないか心配だ。
「幸さん、凛夜君、作戦通りに」
「かしこまりました」
「わ、分かった」
「お前ら、足引っ張るなよ」
「はあ? 何様のつもりなのアンタ?」
「もちろんだ」
「ぜ、絶対足引っ張っちゃうわあ……!」
話し合いまでできている健生たち学生組に反して、それぞれが自由に動きそうな元実行犯組。これはなかなか荒れる試合になりそうだ。
「それじゃあいくよ~……用意……はじめ~」
どこか気の抜ける合図とともに試合が始まる。
最初に動いたのは伊吹だった。
「蹴散らせ、中津!」
「びいやああああああああ‼」
伊吹の言葉とともに、中津が泣き声で超音波をぶつけてくる。
その隙に、水戸と立花も臨戦態勢を整えた。水戸の体からピンク色の靄が発生し、立花を包み込む。するとみるみるうちに立花の体が大きく、そして筋肉質に変質していく。
もちろん、学生組だって対抗してみせる。
「凛夜君!」
健生が凛夜に声をかけると、彼は地面に手を置いて構える。
「えっ、えい!」
かけ声とともに現れたのは、三人の姿を隠す大きな氷壁。それが中津の泣き声を相殺する。
「小癪ね! ビースト、壁を壊しなさい!」
素早く水戸が強化された立花に指示を出す。
「ウガァァッ!」
パキィン‼
中津の泣き声と、立花の拳を受けて氷壁が崩れ去る。
氷壁の後ろに、健生、幸、凛夜の姿はなかった。
「アイツら、透明化しやがった! ウゼェ!」
伊吹が「チッ」と舌打ちをする。そのとき、中津が悲痛な声を出した。
「い、伊吹君! 地面が凍ってきてるわあ……!」
「何?」
氷壁に気を取られていた間に、地面がどんどん凍り付いてスケートリンクのように四人を取り囲む。これでは自在に動くことができない。
「あの氷の坊やの仕業ね……!」
「ということは、凛夜は地面に足つけてんな……。おい、フェロモン女、そのデカブツに地面殴らせろ!」
「命令するのはワタシよ! ビースト、やりなさい!」
「ウガァアァッ‼」
立花がドゴォン‼と地面を殴りつける。振動がトレーニングの床を大きく揺らした。
「中津、周りに泣き声散らせ!」
「びいやあああああああああ‼」
伊吹の指示を受け、中津が四人の周囲に泣き声を散らす。すると、四人の斜め前の方向から小さな悲鳴が聞こえてきた。
「うおっ⁉」
「くっ……!」
「うわあっ!」
見ると、健生が幸と凛夜を衝撃波から守るように腕の中に隠している。中津の衝撃波を受け、一瞬透明化が解けてしまったらしい。
「よし……おい、凛夜!」
「え……」
伊吹は凛夜の名前を呼ぶ。名前を呼ばれ、凛夜はつい伊吹の目を見てしまった。
「うえ……ごほっ、ごほっ!」
「凛夜君!」
伊吹の超能力を受け、凛夜が過呼吸を発症する。それと同時に、四人を取り囲んでいた氷が一気に解けた。
「これで自由に動けるわね! ビースト、やっておしまい!」
ここぞとばかりに水戸が立花に指示を出す。水戸の指示を受けて、立花が三人に一気に迫ってきた。
「ウガアアァ!」
「危なっ!」
立花の拳を、健生は横に跳んで躱す。だが、幸と凛夜を抱えていることもあり、その動きは普段よりも鈍い。
「ひゅっ……かはっ……」
凛夜は相変わらず健生の腕の中で過呼吸を訴えている。このまま彼を抱えて動くのは、凛夜の負担が増してしまう。
「幸さん、凛夜君と一緒に隠れてて!」
「かしこまりました」
健生は一時凛夜と幸を地面へと下ろす。幸は健生に降ろされたと同時に、凛夜を抱えて透明化する。
「ひょ、ひょっとして、私たち四人相手に一人でくるの……⁉」
「ずいぶん舐めてくれるじゃん。ウゼェんだけど⁉」
「まさか……舐める余裕なんてありません!」
健生はそう言うと、脚力を強化して室内を走り回る。人間離れした健生のスピードは、思いのほか四人に効いた。
「クソっ、目が合わねえ!」
「ビースト、何してるの、捕まえなさい!」
「はわわ……ぜ、全然見えないわあ……!」
この四人、スピードに対応できる能力者がいないらしい。
(よし、まずは過呼吸の伊吹さんからだ!)
健生は素早く動き、伊吹の背後を取る。
「な……⁉」
驚いている伊吹を置き去りにし、健生は手を巨大化させて彼と目が合わないようにする。そして伊吹をぐわっと掴むと、場外へ思い切り放り投げた。
「おわあ⁉」
戦闘経験は健生の方が多かったのだろう、伊吹はなすすべなく空中を舞い、審判である百瀬の後ろまで飛ばされた。
「いってえ! この……!」
「は~い……伊吹君場外……むにゃ……過呼吸の能力解いてね~……」
健生に噛みつきそうな勢いで怒る伊吹だったが、百瀬に制止される。
「い、伊吹君……! び……びえやああああああああ‼」
仲間が場外になったことで刺激されたのか、中津が健生目がけて泣き声を発する。
「そう来ると思いました!」
健生はその手を読んでいたのか、跳躍してその衝撃波を躱す。そして、そのついでと言わんばかりに立花の肩に乗る水戸を、背中から出した大量の腕で拘束した。
「むぐう⁉」
やはり水戸も戦闘経験が少ないのだろう、健生の動きに反応できず、そのまま口を塞がれた。口を塞がれては、立花に指示を出すことができない。また、動きがぴたり、と止まった立花を隠れている幸と凛夜が逃がすわけもない。水戸が確保された瞬間、立花を覆うように氷壁が現れ、彼も拘束された。
元実行犯組で残ったのは、これで中津だけだ。中津は大きい瞳をきょろきょろさせ、健生を見つめると、大声でこう宣言する。
「こ、こ、降参しますううううう‼ うわあああん‼」
「中津テメーバカヤロー‼」
中津の本当の泣き声と、伊吹の怒鳴り声がトレーニングルームに響き渡った。
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