第二幕 サイカイ②

 まず入ってきたのは、パンクファッションに身を包み、首からシルバーネックレスを下げた黒髪の青年。その手には酸素スプレーが握られている。

 彼の後ろには、白いワンピースを着た、地面にまでつきそうな長髪の女性がおどおどした様子で引っ付いていた。瞳は何かを恐れているかのようにあらゆる場所に焦点が移動している。

 二人は第一班の班員……古賀を見つけると『あっ』と声を合わせて飛びのく。古賀も二人に心当たりがあったのだろう、思わず声を上げた。

 

「あ~! あんときの過呼吸男子と泣き声の人!」

「あんときの茨女!」

「ひっ、ひい……! 強かった人だわあ……っ!」


 この二人は古賀がバカンスで確保した二人組だ。古賀に対しては苦手意識があるのだろう。過呼吸の青年と古賀がにらみ合っている中間に、百瀬が滑り込む。

 

「は~い、そこまで……自己紹介、しよ……?」

 

 百瀬に窘められ、黒髪の青年は仕方ないという表情で古賀から目を逸らし、名を名乗る。

 

「……伊吹頼(いぶきらい)。能力は過呼吸だ」


 伊吹が名乗ったのにつられ、後ろのワンピースの女性も髪の毛をいじりながら、怖々と自己紹介をした。

 

「あっ……えっと、わたし、中津心音(なかつここね)です……! 能力はその……、な、泣き声で衝撃波を出せます……!」

 

 それだけ言うと、また伊吹の背に隠れてしまった。伊吹はそれを「やめろ、近い」と邪険そうに扱う。どうやら仲が良いわけではなく、同じタイミングで確保されたという仲間意識から一緒にいるらしい。

 

「えっとね~……この二人は、私のいる第二班の班員……になったよ……次、折部君ね」

「オーケーっす! ほんじゃ、二人入ってきて下さ~い」


 今度は折部が廊下に声をかける。そうして現れたのは男女の二人組。一人は全身から色気を漂わせる金髪の美女。そのたれ目にはマスカラがたっぷりと乗せられている。もう一人はスーツを着た、スキンヘッドの寡黙そうな男性。その顔は強面で、まるで彼女のボディガードのようだ。健生はこの二人に見覚えがあった。

 

「あっ、あのときの……!」

 

 金髪の美女は不機嫌そうな顔でむすっと黙り込んでいる。代わりに、隣にいたスキンヘッドの男性が市原、晶洞の元へ静かに歩いてきた。

 

「な、なんや……?」

「あのときは任務でしたから、今更恨みっこなしですよ!」

 

 慌てた様子で男性に言葉を投げかける市原と晶洞。すると、男性は予想を裏切るように、二人に丁寧に頭を下げた。

 

「あのときは殴ったりして申し訳なかった。二人に怪我がなくて良かった」

「へ……?」

 

 市原、晶洞、健生、幸は彼を見つめて固まってしまう。彼は頭を上げると、自己紹介をする。

 

「自己紹介が遅れた。私は立花秀一(たちばなしゅういち)。こちらの女性は水戸シンディ(みとシンディ)。私は、彼女の能力においてのパートナーだ」

「アンタ以外にももっといい男がいるわよ、ビースト」

「そう言うな。私は君の能力への耐性が強いのだろう? お互い実行犯同士、手を組むべきだ」

「……誘惑する男を間違えたわね。……ワタシの能力はフェロモン、誘惑した男を強化してワタシの操り人形にできるの。アンタも誘惑してあげましょうか?」

「やめないか、シンディ」

「うるさいわねビースト」

 

 どうやら、この二人は立花が水戸をコントロールする形で上手くいっているらしい。超能力の上では水戸が立花をコントロールするのに、面白い関係性だ。


「んで、この二人、水戸と立花はウチの第三班に所属することになりましたんで、そこんとこ、よろしくお願いしま~す」

「ちょ、ちょっと待ってください」


 晶洞が眉間を抑えてチャラ男、折部の言葉を止める。


「そもそも、この四人は第一班に確保された実行犯たち……まあ、被害者でもありますが……。任務に参加できるだけの実力はあるんですか?」

「……はあ?」

  

 晶洞の発言を聞いた過呼吸の能力者、伊吹とフェロモンの能力者、水戸が不機嫌そうに彼女をじろり、と睨む。


「言っとくけど、俺の過呼吸喰らって起きてられたそこの茨女がおかしいんだよ。……なんか久々にお前の顔見たらムカついてきた。ウザ……」

「それはこっちの台詞なんだよね~」


 伊吹と古賀は睨み合った。伊吹を確保したのは古賀だが、彼女は彼に相当手を焼いたという。にらみ合いになるのも仕方なかった。

 水戸も伊吹に負けじと嫌味を垂れ流す。


「ワタシだってそこの結晶女と臆病者さえいなけりゃ、こんなことにはなってなかったわ。それもこれも、ビーストがしっかりしないから」

「むむっ! だから、市原君は臆病者ではありません!」

「すまない、私が代わって詫びよう。シンディも、あの研究者の元から離れられたんだからいいじゃないか」


 これでは任務に参加すると言っても、連携なんてできるわけないだろう。第一班の班員たちにとって相手は手を焼いた実行犯であり、彼らからしたらこちらは痛い目に合わされた輩だ。


(こんな状態で任務なんてできるのか……?)


 健生が今後に不安を覚えていた時、百瀬が眠そうにこすりながら提案する。


「むにゃ……と言っても、長法寺隊長の指示だからね……更生の機会を与えたいってさ……。……じゃあ、交流試合でもやってみる?」

「交流試合っスかァ?」


 百瀬の言葉を桂木が反復すると、彼女は頷いた。


「そう……交流試合……。ほら、河原で殴りあう感覚だよ……むにゃ……」


 百瀬という女性、見た目に似合わずなかなか力業を好むらしい。百瀬の発案を聞いて、晶洞、古賀、折部がわくわくとした表情を見せる。


「いいんじゃね、交流試合! なんか青春っぽくってさあ!」

「うちの子たちは強いよ~!」

「そうです!私が直接指導した健生君もいますから! あとは柳さん、凛夜君の学生組三人で、三対四はいかがでしょう! 一人ハンデをあげます!」

「晶洞さん……」

「…………」

「え、ええっ⁉」


 急に槍玉に上げられた健生、幸、凛夜の三人組。晶洞に名前を出されたことで、実行犯たちの視線が一気に自分たちに集中する。何だろう、すっごく気まずい。


「り、凛夜君たちと戦うの……? む、無理だわあっ……!」

「……はっ。いいぜ、やってやる」

「い、伊吹君⁉」

「うるさい、中津。あんときのリベンジしてやる」


 バカンスの実行犯組は乗り気(伊吹だけだが)らしい。


「……ふむ、ハンデは本来無能力者の私の分か。納得だ」

「何言ってるのよビースト! ワタシたち、そこの結晶女に舐められてるのよ⁉」

「そういうわけではないと思うぞ、シンディ」


 一方、暗殺騒ぎの実行犯二人は試合をする前提で話をしている。

 学生組三人の逃げ道は完全に塞がれたと言っていいだろう。


「え、え、本当にするの、これ……」


 元々彼らの仲間だった凛夜は健生と晶洞の顔を何度も見る。彼の心中は気まずいどころの話ではないだろう。そんな凛夜に同情の視線を送りながら、健生はこう言う。


「うん……晶洞さん達はこういうところもあるから……俺達がフォローするよ……」

「三対四……厳しいですね……」


 幸は既に作戦を考え始めている。超常警察歴が三人の中で一番長いだけあって、順応性もひとしおだ。

 こんなわけで、急遽第一班学生組対元実行犯たちの交流試合が組まれることになったのだった。

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