第一幕 トリシラベ③
そして医務室にて。
超常警察の医者兼研究者の稲垣伊織は、彩川の目を診てこう言った。
「はい、能力の使い過ぎ。相当強い感情でも視過ぎたんじゃねえの?」
「……心当たりしかないよ」
「だろうなー」
稲垣の問診に、彩川は渋い顔で答える。結論から言って、彩川は一時的に視力を失った。いや、正確には『見る』力だけ失い、『視る』力だけが常に発動している。目に負荷をかけ続けた結果現れた、ある種の制御不能状態だ。そのため、ゴーグルをつけると視えなくなる代わりに、何も見えなくなってしまう。
「で? 今回はどんくらいで青葉の視力戻りそうなん、伊織」
市原はため息とともに稲垣に質問する。孤児院時代から付き合いのある二人だ、今までも似たようなことがあったのだろう。市原の問いに、「う~ん」と言いながら稲垣は考える。
「俺には超能力のことよく分からん……いや、無能力者って意味だけどさ、まあ、一週間は無理なんじゃね? 目から血出したのは初めてだろ」
「長いな……」
彩川はゴーグルをつけながら呟く。今の彩川の視界には、何も映っていない。ずっと『視る』というのは、見えないこと以上に負荷がかかるのだろう。
稲垣はそんな彼に白杖を渡す。
「しばらくは無茶せず安静にしとけ。仕事はしていいけど、最小限な。現場には絶対に行くなよ。まあ、お前古賀ちゃんとついに付き合えたらしいしこの際身の回りのこと助けてもらって……いてっ」
「古賀さんに負担かけるわけにはいかないだろ」
場を和ませようとしたのか、軽口を叩いた稲垣を彩川は白杖で小突く。
見ている分には和やかな風景だが、現状はそうではないことを健生は分かっていた。
「彩川さん……手伝えることあったら言ってくださいね、俺、手助けするんで」
「ああ、ありがとう、健生君」
彩川は健生の声がした方向に顔を向け、礼を言う。
そのとき、医務室の扉ががらっと開かれた。
「お疲れ様で~す」
「お疲れ様、みんな! 犬塚君、お部屋に連れて行ったわよ! しばらく寝たままかもしれないけど……」
そこにいたのは古賀と吉良だ。牢屋のことをお部屋、というあたり、吉良のお茶目な性格が表れている。
「お疲れさん。吉良さんも、ありがとうございます~」
「先輩方、お疲れ様です」
市原や幸の言葉に、いつもなら返答するであろう古賀が何も言わない。彼女の視線は白杖を持った彩川に注がれている。肝心の彩川は、そのことに気づけない。
「……そういや、診断結果どうだったんです?稲垣先輩」
「ん? ああ、視力が一時的になくなってるな。能力だけは常に発動してるみたいだけど。まあ、しばらくは見えない状態で生活だな」
「……そうすか~」
古賀は一瞬、ほんの一瞬目を伏せると、いつも通りの笑顔にがらっと戻った。
「ねえね、イッチ―先輩。この後彩川先輩って何かやることあるんです?」
「いや、ないな。帰るか、仕事できても後方支援組のところでだけやけど……どうする? 青葉」
「……そうだね、さすがに今日は帰ろうかな」
「じゃ~戦闘もできちゃう古賀ちゃんが送っていきますかね! いいですよね、イッチ―先輩」
「ええよ、古賀ちゃんもそのまま早上がりし」
「マジすか!」
「半休扱いやで。今度どっかの休日出てもらうからな~」
「げげっ。……は~い、分かりました~」
古賀はすたすたと彩川の前に行くと、彼の手を握って、あえて明るい声色で言う。
「帰りましょ、青葉先輩」
「……うん、ありがとう、葵ちゃん」
彩川は古賀に手を引かれ、医務室を後にした。二人の様子を見ていた稲垣はやれやれ、といった表情を見せる。
「古賀が無茶しなくなったのは青葉のおかげだかんな、助かるわ。今度は青葉が無理しないように見張ってもらわねえとな。さて、もう怪我人も病人もいねえな? じゃあ帰った帰った」
そう言って稲垣は医務室に溜まっていた健生たちを部屋から追い出した。
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