第六部 襲撃編

第一幕 トリシラベ

第一幕 トリシラベ①

「それでは、これからする質問に答えてください。黙秘しても構いません」

 

 取調室にて、彩川と向き合うのはこの世の負の感情を煮詰めたような表情をしている犬塚一。そして、一を逃がさまいと後ろに同行しているのは古賀と吉良だ。そんな二人を隣の部屋から見守るのは健生、幸、市原、冬樹。時間は、ほんの少しさかのぼる。



「一の……取り調べ?」

 

 健生は市原に聞き返す。

 

「そう。今回の件、健生君はほぼ当事者みたいなものや。取り調べの内容も、健生君には知る権利があると思うねん。だから、犬塚一の取り調べ、見においで」

 

 市原はそう健生に伝える。健生と一は同じ人体実験の被験者だ。歯車が一つでも違えば、逆の立場になっていたことだってあり得る。それを考慮すると、健生に知る権利があるというのは至極当然のことだった。

 

 「その取り調べ、幸さんも一緒に来てもらってもいいですか?」

 「何で柳ちゃん……って、そうか、暴走したときに止めれるからか」

 

 市原は前回の任務での健生の様子を桂木から聞いていたらしい。健生の精神が大きく乱れたとき、彼を支えることができるのは今のところ幸くらいしかいない。


「そういうことならええよ。ほな、俺と健生君、柳ちゃん、若松君の四人で見ようか。取り調べ担当するのは青葉やから」

「ありがとうございます、市原さん」

 

 こういった経緯で、健生は犬塚一の取り調べを見学することになったのだった。



 時は現在に戻る。健生は取り調べ室の隣の部屋から、一の様子を見守っていた。彼は健生が自分を見ていることを知らない。それでも、その視線の先には自分がいるような気がしてならなかった。そんなことを思っているうちに、彩川による取り調べが始まった。

 

「犬塚一、十七歳。君は“T”……長法寺珠緒の人体実験の被害者。そうだね?」

「……違う、僕はお父様の最初の成功した実験体だ」

「……君はこれまで、長法寺珠緒の元で働いてきた。今までどんなことを?」


 彩川の問いを受けて、一は「はっ」と笑いながら答えた。

 

「何でもさ。お父様のためなら僕はなんだってする。お前だって殺してやるよ」

 

 それを聞いた古賀が一をぎろっと睨む。その視線に気づいてか、一は後ろを振り向いて意地の悪い笑みを見せる。

 

「おいおい、そう睨むなよお。能力に呑まれて暴走した馬鹿女が」

「君は質問に答えればいい」

 

 これ以上好き勝手しゃべらせたらいけない。そう察したのだろう彩川は、会話の主導権をこちらに引き戻す。

 

「君の言葉を信用するなら、君は中学生の頃から健生君のいた学校に潜入して、彼の友達として振舞い続けた。そうだな?」

「ああ、そうさ。アイツも本当馬鹿だよねえ、僕がちょっと話しかけるとすっごく嬉しそうにしちゃってさあ」

 

「一……」

 

 別室で取り調べを見ていた健生は思わず言葉を漏らした。健生の脳裏に、初めて一と出会ったときの記憶が浮かぶ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る