番外編
端末とリアル(冬樹と護)
無事に護を救出して迎えた文化祭二日目。
冬樹は昨日と同じペアである桂木と文化祭を回っていた。巡回の最中、桂木からこんなことを言われる。
「どうだァ、若松。学校ってのもけっこう楽しいだろォ」
冬樹は今、学校に通っていない。超常警察の後方支援組の部屋にこもりっきりで、端末とにらめっこをする毎日だ。
「……どうだか。学校なんて馬鹿しかいないし、人酔いしそうだよ」
「人酔いは文化祭だからだろォ。あと、馬鹿しかいねェっていうのは、健生、柳、護、恋羽にも言えることだなァ?」
「別に……そんなつもりじゃない」
冬樹が不機嫌そうに口を尖らせると、桂木はハハッと笑い、冬樹の頭を撫でた。
「わーるかったって。ま、学校もそんなに悪い場所じゃねェってことだよ」
「……子ども扱いやめて」
冬樹は桂木の手をさっと振り払う。そんな会話をしていると、次の巡回場所が見えてきた。護のクラスが催しているお化け屋敷だ。
「……昨日誘拐があったばかりなのに、護もよくやるよね。休んじゃえばいいのに」
「多少無理してでも参加してェ何かがあるんだよ。入ってみたら分かるんじゃねェか?」
「えっ」
「えってなんだよ」
冬樹はお化けの類は全く信じていない。そんなの非現実的で理論的じゃない。だが人間が驚かしてくるお化け屋敷は別だ。奴らはお化けという皮をかぶって人を怖がらせる性悪な存在だ。だからお化け屋敷に入るなんてあまりにも非効率的で無意味なことなのだ。これは決してお化け屋敷が怖いから言っているのではない。そんなことは断じてない!
「……ボクはいい」
「そんなこと言うなよォ、護が中で頑張ってんだ、見てやりなァ」
「あっ、ちょっ、桂木さん引っ張らないで、桂木さん⁉」
冬樹の抵抗空しく、彼は桂木にお化け屋敷へと連行されていった。
教室の中はずいぶんと暗く、その分不気味な赤色の照明が映えている。上を見上げるとご丁寧に蜘蛛の巣やリアルな蝙蝠の細工が施してあり、学生たちの本気が伺えた。
「へェ、なかなか気合入れて作ってんじゃねェか」
「なな、何呑気な事言ってんの桂木さん!」
「お前ェいつものキャラはどうしたよ……」
桂木に突っ込まれるが、今はキャラがどうだの言っている場合ではない。一刻も早くこんな場所から立ち去らなければ!
「ほら、次の巡回もあるんだから急いで歩いてよ!」
「むしろここがメインだろォ……そんなだらだらしねェから押すなって」
二人がわいわい騒いで油断していた、そのときだ。
キィィィヤァァァァァァァァ‼
「ぎゃああああああああああ‼」
「うおっ」
突然壁の向こう側から聞こえてきた奇声に、冬樹は思わず大声で叫ぶ(桂木が驚いたのは冬樹の叫び声である)。
そんな彼の絶叫は予想外だったのか、ベニヤ板の後ろから学生が様子を見に来た。
「だ、大丈夫ですか⁉ ……あっ」
『あっ』
「ふ、冬樹殿⁉」
「ま、護うううう⁉」
「いやあ、申し訳ない……しかし、あそこまで驚いてもらえると演出冥利につきますな!」
「何が演出冥利だよ! ボク心臓止まるかと思ったんだけど⁉」
お化け屋敷の中ではなんだから、と冬樹、桂木、護の三人は教室の外に出て会話していた。ちなみに、教室を出る前にフランケンシュタインの健生に驚かされたのは別の話だ。
「そんな怒ってやるなよ若松、オレも悪かったからよォ……護、これから休憩入れるか?」
「むむ? ……そうですな、いい時間ですし、休憩に行けると思いますぞ」
「じゃあよ、コイツ学校の中連れまわしてやってくれ。オレはここらへんぶらぶらしてるからよォ」
「え、いいの、桂木さん」
「少しぐらいなら輝兄も何も言わねェよ。構わねェよな、護」
「もちろんですぞ! 各クラスの出し物は把握しております故、案内は拙者にお任せくだされ!」
「だ、そうだ。行ってこい」
桂木はそう言って冬樹の背を押すと、手をひらひらと振ってどこかへ行ってしまった。その場に残されたのは冬樹と護だ。
「……むう」
「は、はは~、師匠、怒っておられます?」
「……別に。その代わり、学校、しっかり案内してよね」
「おおっ……任されましたぞ!」
そんなこんなで、冬樹と護は学校内の出し物を回った。正直、冬樹にとって高校生たちが汗水垂らして何かに取り組む様子は暑苦しく感じる。そもそも、予算や労力を考えれば文化祭に限らず、行事のほとんどはやらない方が効率的であるはずだ。だが、隣にいる護は何だかそれが楽しそうで。
(……つまんないの)
そんなことを考えていると、護が恐る恐る話しかけてくる。
「あ~、冬樹殿?」
「……何、護」
「やっぱり、まだ怒っておられますかな? 何だかそんな顔をされていたので」
どうやら自分の思っていたことが顔に出てしまっていたらしい。
(あ、そういえば……)
「……いや、怒ってはない。けど、聞きたいことがある」
自分の疑問について、護にまだ聞いていなかった。お化け屋敷に入る前に、桂木と話したあの疑問について。
「……護さ、昨日誘拐されたじゃん」
「そうでしたな」
「……よく、誘拐された昨日の今日で、文化祭なんかに出ようと思ったよね。何で?」
素直に疑問をぶつけると、護は「はて」といった表情を見せた後、にこやかに笑って見せる。
「何でだと思われますかな?」
「は?」
「いいから」
「……抜けられない仕事があった、とか」
「他のクラスメイトに任せれば問題なしですからな、外れ」
「……登校しろってクラスメイトに脅された」
「だとしたらうちの高校は世紀末ですな……外れ」
「……健生に誘われた」
「ああ~、まあ、大外れではありませんが、それは五割ですな。半分外れ」
「じゃあ何さ」
あまりにも外れるのでイライラしてきた。そのイラつきをぶつけると、護はまたもや笑って答える。
「ここまでみんなで頑張って準備してきたから、ですぞ」
「……それだけ?」
「それだけ」
「何それ……わけわかんない」
正直、学校にろくに通っていない冬樹にはよく分からない世界だった。親は学校に通わなくても何も言わなかったから。
そんなことを思い出しながら護から目をそらすと、護はこんなことを質問してくる。
「冬樹殿は、こういう雰囲気とか、学校は苦手ですかな?」
「……苦手というか。端末さえ見てれば勉強も、情報も、楽しいことも何も困らない。護もそうじゃないの?」
「確かにそうかもしれませんな。というか、冬樹殿みたいな時期、拙者にもありましたし。ですがな、冬樹殿……」
護は冬樹の顔を真っ直ぐ見据え、まるで太陽のような笑顔で冬樹を照らす。
「意外と、リアルも悪くないんですぞ!」
「……あっそ」
冬樹は護の教室に向かって歩みを進める。
「ややっ、冬樹殿、いかがなされました?」
「……何って、戻るんだよ。護もそろそろ休憩終わりだろうし、ボクも巡回戻らなきゃ」
彼はそう言ってスタスタと歩いていく。護が不安そうな顔で慌ててついてきたのがおかしくて、少し笑ってしまいそうだ。
「……そんな心配しなくても、怒ってないし、悪い気はしてないよ。大丈夫」
自分に匹敵する音ゲーマーを夢中にさせる学校という名のリアル。
(……ちょっと、興味湧いてきたかも)
冬樹はフードで顔を隠しながら、口の端を少しばかり上げてみせるのだった。
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