第三幕 ダッカン

第三幕 ダッカン①

 健生が市原に連絡を取ってから五分後、護の姿は学校内で見当たらず、健生と幸は市原、凛夜と学校の正門に集合した。まだ集まっていない班員もいたが、彼らを待っている時間はない。山下が運転してきた超常警察の専用車両に移動し緊急会議を開く。

 

「状況はかなり悪いで。護君が学内からおらんようになってから既に三十分以上が経過しとる。俺らが護君周りで油断しとったのも事実やけど、こんだけ人がおる中で誘拐ができるやつらや。健生君と柳ちゃんが前会ったテレポートの能力者の可能性が高い。これから護君の居場所、突き止めるで」

「でも、どうやって?」

 

 吉良は不安そうな顔で市原に質問する。

 

「今回も仕方ない、蜘蛛に頼んで……」

「さすがにリアルタイムすぎるよ、蜘蛛もまだ掴んでいないと思う」

 

 市原の提案を彩川が否定する。後方支援組であり、蜘蛛との交渉も担当する彼の言葉は重かった。

 

「けど、他に方法が……」

 

 市原が苦い顔をした、そのときだ。

 

「市原さん!」

 

 バン!と大きな音を立て、車両のドアが荒々しく開かれる。そこに立っていたのは、若松と桂木のペアだった。

 

「若松君、晴人……」

「護がいなくなったって本当⁉」

 

 若松は彼らしからぬ必死の形相で市原に詰め寄る。それを受け、ある者は顔を若松から背け、ある者は若松を凝視した。

 市原は若松から逃げずに、彼を見据えながら答える。

 

「……本当や。すでに三十分以上経っとる」

「居場所は?」

「まだ分からん」

「じゃあ、ボクにやらせて」

 

 若松はそれだけ言うと、大量の機材やモニターが設置されている箇所に滑り込むように座った。

 

「何するつもりや?」

「街中の監視カメラの映像を見る。何箇所かのカメラに一瞬でも映ってれば、護を連れてった方角が分かるよね」

「……なんつうやり方を」

 

街中の監視カメラ映像をハッキング、そして確認するだけでもとんでもない作業だ。数人がかりで取り掛かったとしても、何日かかるか分かったものではない。

 

「けど、他に方法ないでしょ」

「こんなかでハッキングできるのは若松君だけやし、その案は非効率やで。本部に相談して状況打破できる能力者がおるか確認を……」

「いなかったらどうするの? じゃあ、そっちはそっちで勝手にやってよ。ボクはボクのやり方で護を見つける」

 

 それだけ吐き捨てて、若松は機材へと向かった。これまで見たことないような速度でキーボードを叩き、これまで見たことないような眼差しで液晶を見つめる。

 


 ここで視点は若松に変わる。

 ハッキングに注力する若松の脳裏に、護と初めて話したときのことが蘇った。


『ややっ、それは伝説の超難度音ゲー、デビルズリズミックではありませぬか⁉』

 

 健生の入隊歓迎会にて、部屋の隅っこで音ゲーに勤しんでいた若松はじとっと声の主を見つめた。そこにいたのは瓶底のような眼鏡をかけた高校生、第一班の護衛対象である秋葉護。

 

『……アンタ、これ知ってんの?』

『知っているも何も、音ゲー界隈では有名ではありませぬか! シンプルなシステムやノーツでありながらもこれまでに類を見ない難易度で数々の音ゲーマーを泣かせてきたという名作ッ‼ 実は拙者もプレイしているのですが、これがなかなか上手くいかないのですぞ……って、ぬああああ⁉』

『な、何』

『何って、く、く、クリアされているではありませぬか⁉ 若松殿、もしや相当の腕前をお持ちですな⁉ これは僥倖、ぜひ拙者のプレイを見て指南していただきたく‼』

『……』

 

 普段ならば断わるところだった。自分と関わろうとするためだけに付け焼刃でゲームやプログラミングの知識を勉強してくる大人たちは、全て拒絶してきた。だが、コイツはどうもマジの音ゲーマーらしい。

 

『……ま、いいけど』

『おお、これはありがたい! 拙者もそれなりにプレイしてきたつもりですが、さすがデビリズ、簡単にはいきませぬなぁ』

『…………』

 

 バカンスでコテージから逃げるとき、黒髪に怯んで動けない若松の腕をぐいっと引っ張ってくれたのは護だった。

 

『若松殿、こちらですぞ‼』

 

 黒髪の能力者、茜と彩川が対峙していたとき、盾になってくれたのは護だった。

 

『若松殿、拙者の後ろへ‼』

 

 あのときも、あのときも、あのときも。


 声をかけてくれたのも、引っ張ってくれたのも、守ってくれたのも護だった。

 

(今度はボクの番だ……)


 自分の脳がどんどん広がっていく。見えるものが、聞こえるものが、感じ取れるものが、どんどん、どんどん広がっていく。

 

「若松君……?」

 

 何かに気づいたらしい彩川がゴーグルを外して声をかけるが、若松にはそんなことを気にしている時間はない。

 

「今度はボクが、護を守るんだ」

 

 若松はキーボードを叩き続ける。大量の液晶をつけて、その全ての情報を高速で、並列に脳内処理していく。彼の脳は、既に常人のものではない、超能力者のものへと変貌していた。

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