第二幕 ブンカサイ③

 市原と凛夜と別れた後、健生と幸は体育館へと向かった。そこでは演劇部や軽音部、吹奏楽部などの文化部が出し物をするという。学校中を歩き疲れたこともあり、休憩がてら体育館で座ろう、という話になった。

 二人が体育館へ到着すると、そこではちょうど演劇部の劇が始まるところだった。空いている席に隣同士で座ると、開演のブザーがなる。

 劇の内容は、大まかにいえば男女の幼馴染たちの友情と恋愛を描いた青春劇だ。演劇部の部員たちも文化祭という大舞台に向けてずっと準備してきたのだろう、演技には息を呑むものがあった。

 健生は劇の途中、ちらり、と幸の方を見る。超能力の副作用で感情が薄くなっていると言っていた彼女だが、演劇は少々退屈だったろうか。そう思った健生だが、幸の表情を見てその認識をすぐに改める。

 

(……良かった)

 

 幸の視線は、壇上の青春劇に釘付けとなっていた。その瞳にはかすかに光が灯っている。幸の感情が確実に戻ってきていることに安堵と喜びを感じながら、健生は幸の手をしっかりと握るのだった。

 

 

 演劇部の劇は一時間ほどで終了した。体育館から出ていく生徒の波に乗りながら、健生は幸に話しかける。


「幸さん、劇、どうだった?」

「そうですね……」

 

 幸は健生の問いを受け、手を顎に当てて考える。

 

「今までの私でしたら、分からない、で終わっていたと思います。ですが今は……」

 

 幸は健生の目をしっかり見据え、少し微笑んでこう言った。

 

「健生様と観れて良かった。そう思います」

「っ! お、俺も、幸さんと観れて良かった……!」

 

 幸の少々予想外な答えに顔を真っ赤にしながらも、健生は幸に応えるのだった。

 

 

 そろそろシフトの時間ということで、自分の教室へと戻ると、何やらクラスメイトたちがざわついていた。

 

「あれ、どうしたのみんな」

 

 健生が声をかけると、雄馬が安心したように健生の元へ駆け寄ってくる。

 

「ああ健生、戻ってきてくれたか! いや、秋葉が見当たらなくてさ、お前ならどこにいるか知ってるんじゃないかと思って」

「護が? いや、知らないけど……」

 

 護は演出のシフトが一日中入っていたはずだ。文化祭を回れないがいいのか、と聞いたら「ここは拙者の独壇場! 舞ってみせますぞ!」とやる気いっぱいに答えていた。そんな彼が役割を放り出してどこかに行くなど考えにくい。

 

「いちおう、他の演出担当が秋葉と打ち合わせしてたから問題はないんだけどよ、やっぱいた方が安心するじゃんか」

「ねえ、雄馬……護がいなくなったのって、いつぐらい……? 最後に護を見たのって、誰?」

 

 何だか、嫌な予感がする。その予感を肯定するように、雄馬は不思議そうに答えた。

 

「確か、三十分前くらいにはいなくなってたぜ。おまけにさ、アイツがいなくなったとこ、誰も見てねえんだよ。急にクラスから消えたというか」

 

 消えた。その言葉に、健生は先日の暗殺依頼を思い出す。

 一と茜を連れ去った、テレポートの能力者のことを。

 

「……ごめん、雄馬。ここ、任せていいかな。俺、護を探すよ」

「お、おう。構わねえけど……」

「すいません、私も護様を探します。美緒、私も任せていいですか」

「いいよぉ~、秋葉っち探してきてあげて、さっちー」

『ありがとう』

 

 健生と幸は繋いでいた手を放して走り出す。携帯を取り出し、急いで市原に連絡を取った。

 

「市原さん」

『おう、健生君どうしたん? 凛夜君なら俺と……』

「護がクラスからいなくなりました。三十分程度前です。クラスメイトが言うには、誰もいなくなったところは見てなくて、消えたようだったと」

『……これから五分間、学校内で護君を探して。見つからんかったら正門前集合。ええな?』

「はい!」

 

 自分ばかり狙われるものだから、完全に油断していた。

 護は無効化の能力者。超能力の研究者からしたら、垂涎物の研究材料のはずだ!


(どうか無事でいてくれ、護……!)

 

 健生は祈りながら、限られた時間で護の姿を探す。

 もう彼が学校内にはいないことを薄々感じながらの五分間は、健生にとって残酷なほどに長かった。

 

 

 

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