第一幕 ジュンビ④

 文化祭の準備は順調に進んだ。健生や幸もクラスの雰囲気に馴染み、クラスメイト全員の士気が上がっていた。だが、物事とは予定通りにはいかないもの。そのトラブルは、前日の最終調整にて起こった。

 

「よっしゃ‼ あとは全員でお化け屋敷の確認をするだけだな‼ 最後にみんなで中見ようぜ‼」

 

 雄馬の発案で、クラスメイト全員が教室に入った。細かい装飾や流れてくる音楽、全体の怖い雰囲気。なかなかいいものができたのではないか。全員がひそかに胸を張った、そのときだった。

 

 ばきっ

 

 つけられた装飾の重みに耐えきれず、通路の壁となっていたベニヤ板が鈍い音を立てた。折れたベニヤ板が、通路に溜まっていた女子のグループに倒れ掛かってくる。


「きゃああ‼」

 

 女子たちが悲鳴を上げる。近くにいるクラスメイトたちは周囲が暗いこともあり、何が起きたのかすぐに反応できなかった。だが、日頃から任務や訓練で感覚を磨いている健生や幸は別だ。

 

「っ!」

「危ない‼」

 

 二人は素早くベニヤ板の前に立つ。健生はガシッとベニヤ板を止め、幸は女子たちに装飾が当たらないよう壁になる。だが、トラブルはこれだけではなかった。一部の壁が崩れたことで、周囲のベニヤ板もぐらつき、歪み始める。

 

(まずい……ここじゃ腕を出せない!)

 

 健生が焦ったときだった。

 

「おらぁ‼」

 

 雄馬が健生の隣に立ち、ベニヤ板をしっかりと支える。

 

「雄馬!」

「電気だ! すぐつけろ‼」

「任されましたぞ!」

 

 雄馬の言葉に、演出係の護が素早く反応し、教室の電気をつけた。ここで教室の惨状が露わとなる。

 

「おいおい……マジかよ‼」

 

 通路の壁となっていたベニヤ板が、ぐちゃぐちゃのドミノのようになってしまっている。それに合わせて、室内の装飾も一部が床に落ちて破損しており、お化け屋敷と呼ぶには粗末なものとなっていた。

 

「みんな、怪我はない?」

「だ、大丈夫……冨楽、柳ちゃんもありがとう……」

 

 どうやら、女子たちのグループに怪我人はいないようだった。不幸中の幸いであるが、それでもこの不幸はいただけない。

 

「どうすんだよ、これ!」

「本番明日だぞ、間に合うのか⁉」

「もう下校時刻まで時間そんなにねえぞ!」

 

 クラス中がパニックになる。せっかく準備してきたのに、こんな形になるなんて。

 雄馬もこの惨状には思考が停止してしまったらしく、言葉が出ないようだった。

 

「あそこ誰の担当だよ?」

「知らねえよ!」

「そんなこと言ってる場合かよ⁉」


 どんどんクラス内の雰囲気が険悪になっていく。このままだとクラスの誰かがやり玉に上げられるのは時間の問題だった。

 

(それだけはダメだ……!)

 

「……直そう!」

「ふ、冨楽⁉」

 

 健生は支えていたベニヤ板についていたパーツを慎重に外し、道具で何とか修理しようとする。

 

「直すったって、間に合うかどうか……!」

「それでも、みんなで協力して直すしかないよ。大丈夫、きっと何とかなる!」

 

 何とか板を直せないか試行錯誤する健生の隣に、すっと幸も座った。

 

「私も手伝います」

「ありがとう」

 

 そうして、二人は黙々と作業を始めた。その姿を見たクラスメイトたちは悪夢から覚めるように、それぞれ行動を始める。

 

「……なんとかすんぞ!」

「オレ、ベニヤ板の残りないか聞いてくるわ!」

「私たち、飾り付け直すね!」

「男子は通路直すぞ、急げ!」


 これまで全員で協力して作業してきたこともあり、一度噛み合った歯車たちは順調に回り始める。残り時間はあと少し。準備が間に合うかどうかは、自分たち自身の問題だった。


 


 下校時間のチャイムが鳴る。それと同時に、クラスメイト達の声が響き渡った。

 

『直ったあああ‼』

 

「マジ、時間ジャストとか怖すぎだろ⁉」

「何とかなって良かった~!」

「これで今日寝れるわあ……」

 

 安堵と疲弊の声が周囲から聞こえてくる。健生も冷や汗を拭いながら、幸とともにほっと息をついた。

 

「なあ、健生」

 

 健生と幸が落ち着いているところに、雄馬が声をかけてくる。

 

「ああ、雄馬……」

「お前のおかげで本当に助かった‼ 本っ当にありがとう‼」

「ええっ、どうしたの⁉」


 雄馬は大声とともに、勢いよく頭を下げた。その鬼気迫った様子に驚きながら、健生はどうしたのかと聞き返す。すると、クラスメイトたちも次々と健生に感謝を伝え始めた。

 

「いや、今日のMVPはお前だよ冨楽!」

「冨楽のおかげで怪我人いなかったし!」

「あのとき柳さんと準備始めるから、俺らも何とかしなきゃってなったよなあ」

「目ぇ覚めたよ、本当にありがとうな」

 

 健生は、人々の奇異の視線には慣れている。だってこんなツギハギまみれの見た目だ。

 でも、こんな感謝の視線には慣れていない。慣れているはずがない。

 

「健生」

 

 最後に雄馬が声をかけてくる。

 

「明日、最っ高の文化祭にしようぜ‼」

 

 ここで健生の涙腺は限界だった。涙がぽろぽろ落ちてくる。

 

「ぐすっ……みんな、俺こそありがとう……!」

「健生殿~!」

「おいおい、お前が泣いてどうすんだよ‼」

「冨楽、目が腫れちゃうよぉ~。明日のメイクに響くよぉ~」


 泣き始めた健生を取り囲むクラスメイトたち。慣れない視線、慣れない人の熱気に酔いながらも、健生はしっかりとそれを噛みしめるのだった。明日はいよいよ文化祭本番。楽しい楽しい青春が幕を開ける。

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