第一幕 ジュンビ③
一方、柳も福見から声をかけられ、一緒に服飾の作業をしていた。
「ここをこう縫うと、この部分が出来上がります」
「うわ~、柳ちゃんすご~。縫物もできるんだぁ」
「福見さんも飲み込みが早いと思います。手先が器用なんですね」
柳は福見を褒める。実際、彼女の裁縫の飲み込みは大したものだった。一度教えた作業はすぐにマスターしてしまう。
「ウチ、こう見えてもけっこーできる子なんだよねぇ。なんか、クラスでは変なヤツ~って思われてるっぽいけどぉ」
福見は作業しながら、ぽつりと口にする。
「……福見さんは、授業も真剣に受けているようでしたし、真面目な方かと思っていましたが。ノートを綺麗にとり、教科書にも線を引いていましたし」
柳は健生の護衛任務をしていたとき、クラス中の様子に気を配っていた。授業中に内職をする生徒もいるなか、柳にとって福見は特に集中して授業を受けている印象だった。
柳の言葉を聞いた福見ははっと顔を上げる。
「……柳ちゃん、周りのことよく見てるんだねぇ、すご~」
「そうでしょうか?」
二人は黙々と裁縫を進める。どれくらい経っただろうか、しばらくして、福見が口を開いた。
「……柳ちゃんはさぁ」
「? はい」
「転校してきたときより、だいぶ話しかけやすくなったよねぇ。なーんか、優しくなった?うーん、違うかもぉ。なんだろう、気持ちが出てきたみたいな」
「そう……かもしれませんね」
柳は福見の言葉を肯定する。それはきっと、健生のおかげだ。
「えっとねー、柳ちゃんきれいだから話しかけたかったんだけどぉ、なかなかできなくて~。でも最近話しかけやすくなって~。しかも会議んとき、冨楽のことフォローしてたじゃん? あれ、かっこよかったなぁって思って~」
「……」
「だからねぇ、えっとぉ、満を持してって言うのかなぁ。柳ちゃんとトモダチになってさ~、メイクとかさせてもらえたらなぁって思ってて~。あ、文化祭でもメイクはするんだけど~」
「友達、ですか……」
「ダメ~?」
「いえ、駄目なのではなく……」
柳は少し困惑する。やはり、自分でも感情が少しずつ戻ってきていることが分かる。
「今まで、友達になろうと誘われたことがなかったので、少々驚きました」
それを聞いた福見は顔をぱあっと輝かせ、柳の手を握る。
「じゃあ、ウチが柳ちゃんの友達一号ねぇ! 文化祭終わったらさぁ、遊びに行ったりしよ~! そんで、メイクしてプリ撮って、あとあと、クレープ食べたりぃ、恋バナするんだ~!」
嬉しそうな福見の様子に、柳はあっけらかんとした表情を見せる。
「私で良いのですか? 福見さん」
「もちもちだよぉ。あと、福見さん、じゃなくて、美緒(みお)って呼んで~。ウチは柳ちゃんのこと、さっちーって呼ぶ~! いいかなぁ?」
さっちー。
初めて友人からつけられたあだ名に、柳の表情が少しふっとほころぶ。
「はい。よろしくお願いします。美緒」
「やった~! よろしくね、さっちー!」
初めて友達ができた。その事実に、柳の心はまた少し弾んだ。
後で健生様にも話そう。私に友達ができたのだと。
柳は、雄馬と作業に取り組む健生を見ながらほほ笑むのだった。
その日の帰り道。健生と柳は文化祭の準備が長引いたこともあり、二人で下校していた。
「……じゃあ、柳さんも女子の友達できたんだ。良かった」
「はい。あだ名をつけてもらったことも初めてですが、ありがたいことです。健生様も、護様以外のご友人ができたのですね」
「うん。菊池君……じゃなくて、雄馬も護に負けないくらいいいヤツだよ」
健生が雄馬の名前を言い換えたことに、柳はぴくん、と反応する。
「? どうしたの、柳さん」
「いえ……人は親しくなると、名前の呼び方が変わるものなのだと思いまして」
「ああ、確かに……」
そこで健生ははっと気づく。柳は自分のことを名前で呼んでくれているのに、自分だけ未だに彼女を苗字で呼んでいる。
(これは……名前で呼んでほしいってことなのか⁉)
たとえ柳にその意図がないとしても、このままというのは少し寂しい。
健生の鼓動が速くなる。
(柳さんの下の名前は幸……幸……さん?になるのか?うわあ、緊張してきた……)
「? どうしたのですか、健生様?」
黙り込んでしまった健生に、柳が問いかけてくる。
名前を呼ぶなら今しかない。
「なっ、なんでもないよ……さ、幸さん!」
声が思い切り裏返ってしまった。健生はやってしまった……と顔を真っ赤にする。
「健生様……今、私の名前……」
柳……幸は驚いたように目を見開く。無表情だった彼女の顔が、少し赤くなる。
(あ……)
「可愛い……はっ⁉」
健生は慌てて口を塞ぐ。つい無意識で思ったことを言ってしまった。
「ご、ごめん! これはその、あの」
「い、いえ。嬉しい……のだと思います。大丈夫です」
さすがに感情に鈍い彼女でも、健生の不意打ちは響いたらしい。今度は顔が完全に真っ赤になった。可愛い。
(もうこうなったら自棄だ!)
「幸さん!」
「は、はい」
「手、繋いで帰ろう……能力とか、関係なく……」
健生は幸に手を差し出す。幸は健生の手を真っ赤になった顔でじっと見つめ、たどたどしくそれを握り返す。
「はい、喜んで……」
そこからは二人とも無言で帰路についた。だが、この沈黙も愛しいものだ。
互いの手の感触、互いの体温を感じながら、二人はそう思うのだった。
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