第四幕 アオイロ④
古賀は、彩川の手を振り払い、ふらふらと立ち上がった。その顔は、もう隠さないという怒りの表情で溢れかえっていた。
「こ、古賀さん……?」
彩川の困惑した声に構わず、彼女は続ける。
「視ただけで私の何が分かる? あんたは、私を視ただけだろ! 何も知らないだろ! 私の痛みも知らないで! 勝手に理解した気になって、勝手に恋するな! 同情はやめろ!」
古賀は、今度は明確な意思を持って彩川を茨で拘束した。
「うっ!」
「あっち行けよ!」
古賀は彼を遠くへ放り投げる。浮遊感を感じながら、彩川は絶望した。
言葉を間違えた。理解と同情をはき違えた。……結局、傷つけてしまった。
「彩川さん!」
健生が彼を呼ぶ声が遠く聞こえる。世界が、夜よりも暗くなっていく。
「はは、こんなんじゃ」
振られて当然か。
そして目をつむる。来るべき衝撃に覚悟を決めながら、彼は地面へと落ちていく。地面に落ちる……はずだった。
「よっとォ。大丈夫か、青葉ァ」
「晴人……何でここに」
彼は、桂木晴人のたくましい腕に抱えられた。
「古賀のことも、護のことも気になったんでなァ。恋羽をコテージに送ってから、また戻ってきた。……振られたんか、お前」
「……振られたよ。最低だ、僕」
彩川は目元を隠すようにゴーグルをつける。
「視ただけで、理解してる気になってた。彼女を傷つけた」
「視ただけだァ?」
彩川のその言葉を聞き、桂木は怒りを露わにする。彼は彩川の頭をぐいっと持ち、古賀へと向ける。
「視ただけじゃねェだろ! ちゃんと見てきただろ、この目で! お前は! 誰よりもアイツの事気にかけてたんじゃねェのかよ! もう一度しっかり見ろ! アイツは今どうなってる⁉」
桂木に言われ、彩川はもう一度彼女を見る。今度はゴーグルをつけた目で。
誰に対しても優しい古賀。後輩思いの古賀。笑顔が可愛らしい古賀。一人でなんでも抱え込む古賀。苦しみもがいている古賀。……助けを求める目をした古賀。
「……晴人、ありがとう」
「おう。いけるかァ? 何なら、俺も壁に……」
「大丈夫。必要ないから。健生君も、あと、氷の君も!」
「え……?」
「彩川さん、危ないんじゃ……!」
「あー、コイツの好きにさせてやってくれェ。これでダメだったら、そこまでだよ」
市原も頷く。その反応を見た二人は、凛夜が作った氷の障壁の後ろに隠れた。
周囲の様子が変わったことに気づき、古賀は彩川の方を見る。
「またくんのかよ」
「うん」
彩川は攻撃も、防御の態勢も取らずに彼女に近づいていく。茨が彼の頬を掠める。
「こっちくんな」
「ごめん。それは無理だ」
彩川は怯まない。歩みをゆっくりと、淡々と進めていく。
「古賀さんは、いつもみんなに優しくて、後輩思いで、笑顔が素敵な人だ」
「うるさい」
茨がどんどん彼の頬を、腕を、脚を掠める。だが、それでも彼は止まらない。
「一緒に話してるとドキドキしたし、楽しかった」
「やめろ」
彩川に向かっていく茨がどんどん増えていく。そして、そのどれもが彼を捉えることはない。
「僕は確かに君を視た。でも、それ以上にこの目で見たものが、感じたものがあるんだ」
「やめて」
「君の痛みは視ただけじゃ分からないかもしれない。まだ、僕は同情しているのかもしれない」
「やめてったら!」
結局、彩川は擦り傷を数か所作っただけで、致命傷なく彼女の元に辿り着いた。まるで、こうなることが最初から分かっていたように。
「ほらね、君は優しい人だった」
利用しちゃったね、ごめん。彩川は彼女に謝った。
行き場のない茨をうねらせながら、古賀は唇を強く噛み、腕に爪を食い込ませて彩川を見上げる。
「僕は、君の痛みを知りたい。理解したい。力になりたい。支えになりたい。だから……僕の事、ぐちゃぐちゃにして。君の事、もっと教えて。それで、隣に立たせてほしい」
彩川は、茨まみれの古賀を抱きしめた。棘が刺さって痛い。腕に血がにじむ。ああ、彼女はこんな痛みにずっと耐えていたのか。もっと、堪らなく愛おしくなった。
古賀は無抵抗のまま、されるがまま抱きしめられていた。しばらく経って、ようやくぽつり、とつぶやく。
「……ああ、痛い」
彼女の全身から出ていた茨が、その言葉を皮切りに、どんどん朽ち果てていった。
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