第四幕 アオイロ③

「彩川さん、危ないですぞ!」

「一緒に逃げようよ!」

 

 さすがに様子がおかしいと気づいた護と若松が彩川の両手を引っ張る。だが、彩川は動けない。

 

「古賀さん! 古賀さん‼」

 

 何度も名前を呼ぶ。だが、彼女の耳には全く届いていない。彼女はその場でうずくまり、背中から、腕から、脚から茨を出し続けている。このままでは衰弱してしまう。

 思えば、彩川もダメージが溜まっていたのだろう。疲労がたまっていたのだろう。彼は、眼前に一気に迫ってきた茨に反応できなかった。

 

「あ……」

 

 終わった。

 

 本当に走馬灯が流れかけた、そのときだった。

 

 パリィン!

 

 茨と彩川たちの間に、氷の壁がそびえ立つ。

 

「おわっ!」

「ここ、これは氷属性魔法……⁉」

「一体誰が……」

 

「護! 彩川さん! 若松君!」

 

 振り向くと、健生、柳、市原、山下、そしてスキーウェアの少年がこちらに向かって走ってくるのが見えた。


「健生君……みんな……輝兄……」

「あー、何も言わんでええ青葉。古賀ちゃん、無茶した、暴走、やんな?」

「いや……僕が……ケガするところ見せたから……」

 

 彩川の返答を聞き、「ふーん?」と何かを察したらしい市原。

 だが、それは一瞬のこと。彼はすぐに任務モードになる。

 

「とりあえず、犯人確保して古賀ちゃん止めるで。犯人はどこや?」

「あっ、そういえば……!」

 

 彩川が茜のいた場所を振り向くと、そこには犬塚一も一緒にいた。彼は茜を背負って退避しようとしている。

 

「一!」

「やあやあ、超常警察の皆さん! ちょっと予定外のことが起きたんでね、これで僕は失礼させてもらうよお! じゃあね!」


 彼は茜を抱え、木々の間を縫って俊敏に逃げていく。


「待って、一!」

「健生君、残念やけど古賀ちゃんが優先や。あんままだと限界まで能力使うで」


 健生は一に声をかけるが、市原に制止された。そのやり取りをしている間にも茨は増え続け、氷の壁を越えようとしてくる。確かに、ここを何とかしないと一を追うこともできやしない。

 

「古賀さんが優先って……具体的にどうするんですか?」

「気絶させる。けど、相手が古賀ちゃんやから……凛夜君の力を借りよかな。気温を急激に下げてもらって、動きを鈍らせてから……」

「ちょ、ちょっと待ってよ輝兄!」

 

 市原のある意味残酷な提案に、彩川が待ったをかける。

 

「古賀さんはもう十分傷ついてる! これ以上は……」

「ほなどうするんや? こんままでも古賀ちゃんキツイで?」

「それは……」

 

 彩川は口ごもる。自分はここに来ても二の足を踏むのか。そう思っていたときだ。

 

「青葉、いい加減覚悟決めぇよ」


 市原が鋭く、だが愛情深く、彩川に告げる。


「輝兄……」

 

 きっと、彼女の隣に立てるのは、立つ資格を得るのは今しかない。彼女が壊れるかもしれないんじゃない、もう壊れかけなんだ。だったら。

 

「……僕に行かせて」

 

 自分が行くしかない。自分にしか視えないものが、きっとあるはずだ。

 

「よう言うた」

 

 市原は頷くと、全体に指示を出し始める。

 

「前衛、健生君! 手で壁を作って青葉の道開いて! 凛夜君も手伝ってもらえるなら、茨だけでいい、凍らせて! 他の面子は後方から銃で支援! 二人が止め損ねた茨の処理! 若松君と護君は俺らから離れんこと! 青葉はなんも考えんでええ、行ってきいや!」

『了解!』

「け、健生君がやるなら、ぼくもやる……!」

 

「みんな……ありがとう」

 

「お礼なら後ですよ、フフフフフ!」

「お願いします、彩川先輩」

「こんだけボクらに心配かけたんだから、ここくらい決めてよね」

「拙者ドキドキしてきましたぞ!」

「俺が道開きます! 行きましょう、彩川さん!」


 健生は両手を巨大化させ、茨をかき分け始める。相変わらず茨の勢いはすごいが、巨大な手であればそれらを一気に押しのけることができた。凛夜も健生の手を凍らせないよう、器用に茨を凍らせていく。凍った茨は、まるで飴細工のようだ。市原、柳、山下の射撃も見事なものだった。撃ち漏らしなく茨を処理し、若松、護の安全を確保していく。

 彩川は全員の後押しを受け、古賀との距離を詰めていった。

 

「古賀さん!」

「……さいかわせんぱい?」

 

 距離が近くなったことで声が聞こえたのだろう。古賀は虚ろな声で答える。その顔は俯いたままだ。

 彩川は彼女の元に辿り着く。

 

「ほら、僕、もうケガしてないよ。大丈夫だよ」

「…………」

 

 古賀はちらり、と彩川の腕を見たが、再度俯いてしまう。

 

「……すいません、わたし、こんな」

「違うんだ、聞いてくれ」

 

 彩川は現状に似合わず高鳴る胸を抑えながら、息を吸い込み、彼女に告げる。

 

「好きなんだ、古賀さんのこと。七年前からずっと」

 

 答えは返ってこない。彩川は続ける。

 

「古賀さん、ずっとしんどい思いしてきたんだよね? ずっと、一人で抱えてきたんだよね?」

「……視た?」

「……ごめん、視た。君がどんな人間なのか分からなくて、昔、君をこの目で視た。君は、強くて、優しくて、同じくらい脆い人で……ずっと、力になりたかった」

 

 彩川は、彼女の手を握る。 

 

「お願い、君の隣に立たせて」

「ふざけるなよ」

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