第四幕 アオイロ②
※今回のエピソードには、自傷行為の描写が入っています。
苦手な方はご注意ください。
「彩川……先輩?」
それは、茨と彼女自身の血にまみれてボロボロになった、古賀葵。
彼女の瞳に、苦痛に顔を歪める彩川の顔が映った。
「先輩から離れろおおお‼」
「な……⁉」
「古賀さん……!」
彩川はこの瞬間悟った。ああ、見せてはいけないものを見せてしまった。
彼女から、優しさの色が消え去った。
古賀は地面に茨を突き刺し、それを縮めて茜に急接近した。そのままの勢いで腹部に蹴りを入れる。
「ぐ……おえっ!」
茜は吐しゃ物をまき散らしながら吹っ飛んだ。黒髪も力を失い、彩川の拘束が解かれる。彼は片手で地面に手をつき、何とか着地した。そして素早く、外された関節をぼきっとはめ直す。一瞬痛みが走るが、これ以上彼女に怪我した自分を見せてはいけない。
「彩川さん!」
若松と護が茂みから出てきて駆け寄ろうとするが、彩川はそれを手で制止した。残念だが、まだ安全とは言えない状況だ。
「古賀さん、ありがとう。助かったよ。ほら、若松君も、護君も無事だよ」
もう大丈夫だよ、と古賀に伝える。だが、彼女は蹴りを入れた場所から俯いて動かない。ぶつぶつ、と彼女の独り言が聞こえてくる。
遅かった。私がもっと早く来ていれば。私が最初にミスをしなければ。私が何とかしていれば。私が。私が。私が。わた、私の。私の、私のせいだ。私の、私のせい?そうだ、私が悪いんだ。悪い、わ、悪い。いけない子。いけない子いけない子私はいけない子‼
「あああああああ‼」
それは絶叫か、泣き声か。どちらとも判別がつかない声。次の瞬間、古賀の全身の生傷から膨大な量の茨が噴き出した。
「古賀さん‼」
彩川が彼女の名前を呼ぶ。手を伸ばす。それは茨に阻まれ、彼女には届かなかった。
古賀葵の家は、喧嘩が絶えない家だった。彼女は、彼女の父親の娘ではなかった。母親の不倫相手との子どもだったのだ。あまりにも父親に似ていないこと、母親の不倫が明らかになったことで白昼の下にさらされたこの事実は、葵の家を常に支配した。常に火種として、家の中にあり続けた。
何で自分の家はこんなに喧嘩が絶えないのだろう。幼い、優しい彼女は悟ってしまった。私が生まれたからだ。
あるときから、彼女は両親の喧嘩に割って入り「ごめんなさい」と謝るようになった。さすがに幼い子どもに謝られると居心地が悪かったのだろう。両親も、子どもまでは恨んでいなかったのだろう。葵が謝ると、ひとまずその場は収まるようになった。彼女は謝り続けた。ごめんなさい、ごめんなさい。生まれてきてごめんなさい。
言葉は言霊だ。精神に強く作用する。彼女の心には、得体の知れない罪悪感がどんどん刷り込まれていった。罪悪感は自傷行為となって表れた。隠れて髪の毛を抜いた。隠れて爪を噛んだ。隠れて体をつねった。
そして十七歳の誕生日。罪悪感が最も強まる誕生日に、彼女はついに一線を越えてしまった。傷口から出てきたのは血だけではなかった。鋭利で強固な茨が、傷口から生えてきた。
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