第四幕 アオイロ

第四幕 アオイロ①

「彩川さん……!」

「若松殿、危ないですぞ!」

 

 ここで視点は彩川に変わる。戦闘ができない若松と護衛対象の護を抱えて、彼は黒髪の能力者と渡り合った。そう、彼は拳銃とアーミーナイフで、護衛対象を抱えた状態で、能力者の猛攻をさばいて時間を稼いだのだ。だが、時間とは無情なもの。スタミナ切れを起こした彼は今、黒髪に絡めとられて能力者の眼前に宙づりにされていた。

 そして黒髪の能力者、茜は怒りを顔全体で表現している。綺麗に巻かれた彼女の髪の毛は、ところどころ焼け焦げたり、荒々しく切られていた。

 

「ムカつく。ムカつくムカつくムカつく! あんた、何てことしてくれたの‼ せっかくあのお方からいただいた黒髪なのに、めちゃくちゃよ! 許さない、許さないわ!」

 

(うわあ、すっごい色……)


 彩川はどこか現実逃避じみた思考で、茜の感情を視た。まさに、恨みつらみを色にしたような、ごちゃまぜな色。その中に辛い思い出の色があるのを、彼は見逃さなかった。

 

「……分かんないな。君だって大変な思いをしてきたんでしょ? 何でこんなことしてるの?」

 

 少しでも時間を稼ぐために、彩川は茜に話しかける。感情的になっている茜は、それにまんまと乗せられてぺらぺらといろんなことをしゃべってくれた。

 

「逆でしょ! 嫌な思いしてきたから、それを返してやるんでしょ! 茜ちゃんは何にも悪くなかったのよ! 何でこのまま黙って世間に泣き寝入り決めなきゃいけないのよ、おかしいじゃない‼」

「そうだなあ……君の言うことも一理あるんだろうけど……」

 

 彩川は、一人の女性を思い浮かべる。

 

「君の場合はやりすぎかな。……辛い思いを抱えていても、それを人に悟らせなくて、人にぶつけなくて……一人で傷ついちゃう人も、世の中にはいるんだよねえ」

 

 走馬灯だろうか。彼の頭の中に、あの日のことが鮮明に蘇った。

 

 

 大抵の人間は疲れたりしんどいことがあると、感情の色が濁ってくる。悲しめば悲しみの色が滲む。怒れば怒りの色が周囲を塗りつぶす。彼にとって、人間とはそういう物だった。だが、とある少女は違った。

 古賀葵、十七歳。そのころの彩川青葉、十八歳。

 最初は名前が似てるなあ、それぐらいのことしか思わなかった。あとは、やけに人面の良い、ある意味隙の無い人間であるということか。

 あまりにも表に出てくるものに隙がないので、彼女をこっそり視てみたのだ。

 彩川は、このときのことを未だに後悔している。

 

 彼が見たものは、罪悪感と、痛みと、自傷衝動の色。そしてそれを覆い、外に出さないようにしている優しい色。

 

 ああ、軽々しく視てはいけなかった。

 なんて濁りのない、純粋な苦痛だろう。なんて、強くて脆い人だろう。この人は誰にも何も言わず、一人で苦しみ続けるのか。

 そう思うとたまらなくなった。その感情が恋に、愛に変わるのに時間はかからなかった。

 それでも、自分はまだ一歩踏み出せずにいる。彼女の隣に立てないでいる。

 自分が隣に立ってしまったら、彼女は一体どうなってしまうんだろう。壊れてしまうんじゃないか、糸が切れてしまうんじゃないか。そう思うと怖かった。

 あの日から七年。彩川は、いまだに二の足を踏んでいるのだった。


「ちょっと、何勝手にぼーっとしてんのよ! ふざけんな‼」

「いっつ……!」

 

 黒髪に締め上げられ、無理やり現実に戻される。幸せだった走馬灯ももう終わりだ。

 

「あんたはムカつくから、簡単に殺してやんない。まずは腕からよ!」

 

 茜はそう言って、彩川の腕を引っ張る。無理やり引っ張る。関節が抜けるほどに引っ張る。

 

「あんたは腕も脚もぐにゃぐにゃにして、地面に何回も何回も叩きつけてぐちゃぐちゃにしてやるわ‼」

 

 (時間をかけて殺してくれるのはありがたい……!)

 

 最悪な死に様だが時間稼ぎにはなる。そう言っている間にも、関節は悲鳴を上げ始めた。

 

「ぐ……ああっ!」

「ほら、痛いでしょ! 痛いでしょ!」

 

 彩川のうめき声を聞いて、茜は嬉しそうに声を上げた。これで気分が上がってしまったのか、彼女は恐ろしいことを口にする。

 

「じゃあお情けで、片腕は一気にいってあげるわ! せーのっ!」

 

 ぶちっ

 

 彩川が悲鳴を上げる。

 その悲鳴と同時に、月光に照らされた影が森から飛び出してきた。

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