第三幕 オーバーワーク⑤

「俺は冨楽健生! ねえ、君、名前は⁉」

「こっち来ないでえ!」


 少年は突然飛び出してきた健生に驚き、吹雪をぶつけてきた。それを身軽に躱し、足裏に棘を生やしてこけないように体を変異させながら、健生は問い続ける。

 

「君と話がしたいんだ!」

「ぼくはしたくない!」

 

 今度は氷柱が襲ってくる。それもひらり、と躱して健生は少年に話しかけた。

 

「俺、君が悪い人に思えないんだ! いろんなことが怖いだけなんじゃないかって!」

「うるさい!」

 

 周囲の気温がどんどん下がっていく。健生は自分の体温を高く保つことで冷気を中和しながら、少年に声をかけ続けた。

 

「君の力になりたい! 君が怖がっているものから、君を守りたい!」

 

 冷気が増したことで、壁となっている両手がどんどん凍り付いていく。残された時間は少ない。

 

「俺達と一緒に来てくれ! 俺達が守る!」

「……無理だよ」

 

 少年の声色が変わった。寒さで震えているのではない。恐怖で震えている。

  

「やってみなきゃ分からない!」

「無理だよお!」

 

 パキィ!

 

「うわっ!」

 

 健生の足元から直接、鋭利な氷柱が生えてきた。健生は裸足になっていたことで振動を感知し、何とか紙一重でそれを躱す。

 

「そ、それに、そっちに着いていったらお仕置きされる! もうあそこはいやだ!」

「あそこって……?」

 

 健生の問いに、少年はガタガタと震えながらぽつりと答える。

 

「……冷凍室」

「……は?」

「いけないことしたら冷凍室に何日も入れられる! あそこは寒いんだ、寒いのはもう嫌なんだ! なのにぼくはずっと寒いんだよ、怖いんだよお!」

 

 少年は白い息を吐きながら絶叫した。涙を流しているが、その涙も流した端から凍り付いている。

 

(こんなことが……)

 

 こんなことが許されていいのか。

 反抗することも、逃げることもできないようにされて、ただただ苦しみ続ける。

 

 そんなわけない。

 

「……分かった」

「へ……?」

 

 健生は体温を上昇させる。氷も、冷気も、寒さも、全て中和してやる。


「もう、遠慮したりしない。君を無理やりにでも連れていく」

 

 健生はそう言うと、脚力を強化し、少年に向かって一直線に駆ける。

 

「ああああ来ないでえ‼」

 

 少年は泣き叫びながら、健生に氷柱を投げつけてきた。だが、そんなもの健生には通用しない。氷柱から氷柱へと飛び移りながら、健生は少年との距離を詰める。


「う、うわあああああ‼」


 もう最後の抵抗だ、と言わんばかりに、少年は自分の周りを氷の結晶で固めてバリケードを作った。


(硬質化……そして脚力強化……)

 

 健生もこれで最後だ、と言わんばかりに、自分の脚に強化をかける。

 そして、バリケード目がけて、全力でかかと落としをした。

 

 パリィン!

 

 氷のバリケードはどこか綺麗な音を立てながら、あっけなく崩れ去った。

 残るは、全身から湯気を出す健生と凍える少年だけだ。健生は少年に近づく。

 

「う、うう」

 

 もう観念したのだろう。少年はもう抵抗しない。目をぎゅっとつむる。

 これからどんな痛いことが待っているんだろう。少年は恐怖に打ち震えた。

 そして次に感じたのは、人肌の感触。温かい人肌の、手の感覚が両頬に当たった。顔を包まれている。

 少年ははっと目を見開いた。そこには、少し疲れた様子の、でも、とても優し気な目をした健生がいた。

 

「あったかい……」

 

 人のぬくもりなんていつ以来だろう。思えば、自分はずっと凍えてばかりだった気がする。

 

「りんや……」

 

 気づけば、少年は自分の名前を口にしていた。

 

「ぼくの名前は、氷室凛夜(ひむろりんや)……!」

 

 そう言って、少年は泣きじゃくった。それと同時に、凍り付いた両手の壁が崩れ去った。

 

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る