第三幕 オーバーワーク④

「ねえねえ、どこにいるの? 何で誰もいないの? さっき誰かいたと思ったのに、じゃあやっぱり誰かいるの? 答えてよ、誰か教えてよお。怖い、怖い怖い怖い怖いよお!」


 ガタガタと震えるスキーウェアの少年の周囲がみるみる凍り付いていく。少年が恐怖を訴える度に気温は下がり、彼の身長ほど大きな氷柱が立っていく。

 

(体温が奪われていく……)

 

 柳と山下は透明化の能力をかけ、草むらに潜んでいた。透明化がかかっているのであればこのまま逃げればいい、そう思うかもしれないが、物事は簡単にはいかない。どうやら冷気が充満している場所では、少年のレーダーが発動するらしい。先ほどから柳と山下の気配を少年に悟られ、二人は身動きができない状況になっていた。

 

「なかなか厳しい状況ですね、フフフフフ!」

  

 山下も笑ってはいるが、仮面の下から白い息が出ている。体温を奪われているのは彼も同じだった。

 

「何とか状況を打破する必要がありますね……」

 

 とはいえ、柳の透明化と山下の人相の能力では、少年の冷気の能力に太刀打ちできるか怪しい。ここはいちかばちか、逃げるしかない。

 

「山下先輩、走れますか?」

「手を引いてもらえるのであれば! フフフフフ!」

「了解しました」

 

 柳は山下の手を取って立ち上がる。

 

「走りますよ」

 

 次の瞬間、柳は凄まじい瞬発力で走り出す。山下も彼女ほどではないが、なかなかのスタートダッシュで彼女に着いていった。敵の陣地の中で大胆な動き。二人が走り出したことは、少年にすぐに察知された。

 

「あ、ああ、逃げちゃう逃げちゃう! 逃がしたらお仕置きされる! そんなの嫌だ、もうあそこは嫌だ、怖い怖い怖いいいい‼」

 

 少年は柳を追いかけるが、身体能力はそこまで高くないらしい。どんどん二人との距離が離れていく。 

 

(よし、このまま……)

 

 柳が逃げの一手を確信したときだ。

 

「うわああ待ってええええええ‼」

 

 叫び声とともに氷柱が地面から大量に突き出してくる。それらは正確に、柳と山下を狙った。柳一人なら躱せただろう。だが、今は山下がいる。


(当たる……)

 

 柳が衝撃を覚悟した、次の瞬間だった。

 

「させない‼」

 

 柳の横を健生が走り抜けていく。脚力を強化しているのだろう、そのスピードは人間離れしたものだ。健生はそのまま助走をつけ、氷柱に蹴りを入れる。

 

 バキィ!


 脚力強化、硬質化を受けた脚から出る一撃は強烈だ。鈍い音を立てて氷柱が折れた。

 

「えええ、誰え⁉」

 

 少年は更に現れた健生に驚き、怯えた様子を見せた。

 健生は少年の様子に目もくれず、何もない空間に問いかける。


「柳さん、近くにいる?」

「はい、健生様。助けていただきありがとうございます」

「よく分かりましたね、フフフフフ!」


 柳が透明化を解いたことで、柳と山下の姿が露わになる。

 

「敵の攻撃が見えたので。でも誰もいなかったし、市原さんは俺と一緒にいたので、柳さんかなと。柳さん、無事でよかった」

「健生様も、ご無事で何よりです」


「ななな、何勝手に話してるのさあ!」

 

 自分だけ外野にされたことが嫌だったのだろう、少年はもう一度氷柱を出そうと両手を健生たちに向けた。

 

 バン!

 

 だが、氷柱を出す前に銃声が鳴った。少年の足元が弾ける。「ひいっ」と少年は両手を引っ込めてしまった。

 

「は~い、みんなの輝兄も参上やで!」

 

 今度は何もない空間から市原が出てくる。四対一。四人のうち三人は前線組。数的有利はこちらにあるようだ。

 

「じゃあそこの寒がりさん確保して、他のみんなと合流するで!」

『はい!』

 

「な、なんだよお……みんなで寄ってたかってさあ、ひどいよ……何でぼくだけこんなことになってんの……? ぼく、頑張らないとお仕置きされちゃうんだよお……だから、だから、」

 

 少年の足元からぶわあっと冷気が染み出す。

 

「みんな凍ってよお‼」

 

「三人とも下がってください!」

 

 健生は三人を自分の後ろに下げる。両手を巨大化させて壁を作り、そのまま腕を伸ばす。少年の眼前に巨大化した手が迫る。

 

「ひいいっ!」

 

 少年は氷柱を作って健生の両手を受け止めた。狭まった彼の視界の隙間を縫うように、能力で姿を消した柳と市原が両手の裏から銃撃。音もない、不可視の弾丸だ。だが、冷気が充満した状況ではその動きも少年に筒抜けだ。少年は自分の周りに氷柱を隙間なく作り、銃弾を防いだ。

 

(今だ!)

 

 健生は腕を途中で切り、新しい手を生成する。そのまま壁として巨大化させた手の上から、少年目がけて飛び降りる。……飛び降りようとした。

 

(あ……)

 

 少年の姿が目に入る。両耳を塞ぎ、数の暴力に怯えている。これからあるかもしれない、『お仕置き』というものに怯えている。健生の勢いが弱まった。


「あっち行ってよお!」

 

 少年は、健生の減速を見逃さなかった。吹雪を空気砲のようにぶつけてくる。


「うあっ!」

 

 少年の様子に気を取られていた健生は、その攻撃を真正面からくらってしまう。壁となっている手の後ろにどさっと落ちた。

 

「健生様!」

 

 柳が駆け寄ってみると、健生の体は表面が凍り付いていた。先ほどの吹雪、よほどの冷気が込められていたらしい。

 

「大丈夫、体温を上げてなんとかするから」

 

 全身が熱くなることをイメージして体温を上げ、健生は氷を解かす。氷を溶かしながら、健生は市原に問いかける。


「市原さん、あの子、確保するんですよね」

「そうやな」

 

 やり取りの間にも、壁となっている両手は徐々に凍り付いていく。

 

「それって、ある意味保護ってことですよね?」

「……まあ、そうなるケースもある」

「だったら、俺に考えがあります。少しだけ、俺に時間をください」

「健生様、危険です」

「何となく読めましたが、ハイリスクですよお! フフフフフ!」

「…………」

 

 市原は一瞬考える素振りをし、壁となっている両手を見る。

 

「……壁」

「え?」

「壁が完全に凍り付くまでは待ったる。それ以降は手ぇ出させてもらうで」

「……はい!」

 

 市原の許可を取り、健生は壁から飛び出していった。

 

「……よろしいのですか、市原先輩」

「まあ、現状悪い策やない。んで、それができるのは健生君だけや」

「そうですねえ、フフフフフ!」

 

 健生を見送る三人は壁の後ろに潜みながら、こう言葉を交わすのだった。

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