第三部エピローグ
第三部エピローグ アトシマツ
次の日の朝、連絡を受けた本部が犯人の引き渡しや取り調べに来た。
今回確保できたのは、過呼吸の能力者、泣き声の能力者、凛夜の三人。この三人は一度本部で取り調べを受けてから処遇が決まるらしい。凛夜については途中から超常警察に協力したこともあり、保護される可能性が高いとのことだ。
そして第一班からケガ人(特に古賀は包帯まみれになった)が出たこと、コテージ内がぐちゃぐちゃになったこともあり、何となくバカンスの雰囲気ではなくなった一行は、予定を早めて本部に戻ることにした。
コテージを綺麗に片付け、荷物をまとめ、帰りのバスに乗る。車内では来た時と同じ席順で座り、みんな何事もなかったかのように賑やかに過ごした。否、一つだけ違うことを挙げるとすれば、彩川と古賀が終始無言だったことか。古賀は外の景色を眺め、彩川の顔を見ることはなかった。それでも、何かの拍子に触れた二人の手がゆっくりと繋がれた様子を見ると、悪い沈黙ではないのだろう。
こうして、休暇と呼ぶには命がけだったバカンスは終わりを告げた。どんな非日常でも日常が一番安心するというのは、きっとこういうことを言うのだ。
そして、本部に戻ってしばらく経った日の事。
健生たち第一班の班員は、兵頭班長に召集されて会議室に集まっていた。
「みんな、この前のバカンスは大変な目に遭ったね。それでも、誰一人欠けることなく戻ってきてくれたことが本当に誇らしいよ。みんな、よく無事に帰ってきてくれた」
兵頭は前置きで全員の労をねぎらうと、ホワイトボードに実行犯たちの取り調べで分かったことをまとめていく。
「今回の件は君たちが被害者だから捜査から外れてもらったけど、結果は知る権利があると思ってね。氷室君が取り調べに協力的だったから助かったよ。今回の襲撃犯たちのアジトが割れたから、そこに突撃をかけてみた。まあ、もぬけの殻だったんだけどもね。分かったこともいくつかある」
兵頭は実行犯たちの顔写真五枚に丸をつける。
「今回の実行犯たちはみんな、健生君が実験体にされていた研究結果をもとに行われた実験の被害者だった。つまり、人為的に生み出された能力者たちだね」
そういえば、凛夜は寒さに対してやけに恐怖を覚えていたっけ。
健生は彼とのやり取りを思い出す。人為的に能力者を生み出すということは、人に大きなトラウマを植え付けるということだ。非人道的な行為であることは、火を見るよりも明らかだった。
「犬塚一が実行犯に入っていたことから推測はできたけど、健生君の実験と同じ研究者が真犯人だ。この研究者は、通称“T”と呼ばれている。どの書類にも、彼のサインである“T.T”というイニシャルが入っているからだね」
ホワイトボードにも、真犯人のイニシャルが書かれ、赤ペンで波線が引かれた。
「今後は、この“T”を追っていくことがメインになっていくと思ってくれ。まだ実験施設も、この国中にいくつかあるはずだ。それを確実に潰していくぞ」
『了解!』
「だけど、健生君。君にはこの任務を強制しない。君は彼の一番の被害者であり、研究対象だからね。他の隊員よりも、任務に危険が伴うだろう。参加は君の意志に委ねるが、どうするかい?」
兵頭は健生に問いかける。だがそんなこと、超常警察に入隊する時点で決めていたはずだ。
もっと強くなる。そして、一とちゃんと話をする。
「参加させてください、兵頭班長」
健生は兵頭の問いに、覚悟を持って答える。
兵頭はふっと笑った。彼も、健生の答えは予想していたのだろう。
「分かった。くれぐれも、みんな、無理のないように。まだ襲撃事件のダメージが残っている隊員もいるだろう、休みを取りながら働くようにね」
それでは、解散。
兵頭は相変わらず慣れないウインクをしながら、隊員たちに告げるのだった。
ここは暗い研究室。室内には、人間の倫理からかけ離れたような名状しがたき標本や実験体、実験器具の数々が置かれ、薬品臭が充満している。
そんな気分が悪くなりそうな部屋に、犬塚一は立っていた。
「戻りました」
一は、研究室の奥に置かれたパソコンの前で作業に没頭している、白衣の人物に声をかける。その姿は液晶の逆光で全く見えない。
「ああ……戻ったか……どうだった?」
白衣の人物は作業の手を止めず、一に質問する。
「神木と僕以外の三人は確保されました」
「まあ、ほぼ失敗作だったしね……冷気はちょっと惜しいけど、メンタルがなあ……」
「そして、A0002と一戦交えてきました」
「ほう!」
A0002、という記号を聞いた瞬間、白衣の人物の声色が弾む。彼は椅子に座ったままくるっと振り向き、一の話をわくわくした様子で聞き始める。
「で、どうだった奴は? さすがに能力が細胞操作みたいにさ、できることの幅が広いと器用貧乏になってたりしない?」
「それ以前に、経験不足ですね。能力に躍らされることはないようですが、扱う本人が戦闘慣れしていません。能力の使い方も一辺倒でした」
「あ~やっぱりそうか~。まあ、最近目覚めさせたばっかりだし、こればっかりは仕方ないかなあ。いや~惜しいなあ~、僕が直接いろいろ教えてあげたいくらいだよ!」
それ聞いた一は、両手をぐっと握る。
「映像とか、データあるよね?」
「もちろんです。音声データも取ってあります」
「わあ~、早く早く、渡して!」
一が近くの机に記録媒体を置くと、白衣の人物はそれをしゅーっと車輪付きの椅子で移動し、取りに来る。
「いや~楽しみだなあ! これからまた忙しくなるぞお! 動きや癖を分析してそこから弱点を見つけて改善策を……」
白衣の人物は、もう一がその場にいないかのように作業に戻る。
もう戻っていい、などの言葉もない。
「それでは、失礼しますお父様。くれぐれもご無理のないよう……」
一は静かに退室する。そこからしばらくは静かに廊下を歩いていたが、突然ガン!と近くの壁を殴った。その手は痛々しく真っ赤に染まる。
「健生……」
彼は、ぽつりとA0002の名前を口にする。
「僕はやっぱり、お前のことが大嫌いだよ」
傷もつ僕ら 第三部 完
第三部 登場人物まとめ
(第三部読了後の閲覧をお勧めします)
・冨楽健生(ふらくけんせい)
主人公。17歳の高校二年生男子。超能力は体の細胞を自在に操る『細胞操作』。副作用は精神の乱れによる暴発。犬塚一の確保のため、超常警察の隊員となった。バカンスでは一と一戦交えるが、彼を取り逃がす。
・柳幸(やなぎさち)
ヒロイン。17歳の高校二年生。超能力は、自分の姿や触れた物を透明にする『透明化』。副作用は感情と表情の鈍化。健生と関わることで徐々に人間性を取り戻していく。少しずつ健生の存在が彼女の中で大きくなっているらしく……?
・犬塚一(いぬづかはじめ)
健生の中学生以来の友人……の皮をかぶったスパイ。姿をくらましていたが、今回のバカンスの襲撃犯として姿を現す。超能力は獣の特徴を自在に体現する『獣化』。副作用は不明。健生と対話するが、その心中は分からない。
・秋葉護(あきばまもる)
健生の高校からの友人で、オタク気質。「~ですぞ」という独特な口調をしている。健生や一と長期間時間を過ごしたことで、超能力を無効化する『無効化』の能力が目覚めるが、詳細はまだ不明。第一班の護衛対象となる。若松とはゲームの話題で盛り上がる。
・冨楽恋羽(ふらくこはね)
出生者全員が超能力者の家系、転法輪家の末っ子。だが、転法輪家から勘当されたことで冨楽家の娘となる。健生を「お兄様」、柳を「お姉様」と呼んで慕う。第一班の護衛対象となる。桂木に助けられたことで、彼に想いを寄せるようになった。無能力者。
・市原輝明(いちはらてるあき)
超常警察に所属する27歳男性。少し長めの髪を後ろで一つくくりにしてなびかせた、細目の狐顔。第一班の指示役でもある。超能力は自分や周囲の物、音を外部から隠す『演幕』。副作用は精神の乱れによる制御不能状態。桂木、彩川とは孤児院からの付き合い。
・桂木晴人(かつらぎはると)
超常警察所属の25歳男性。愛想のない目つき、短い金髪がトレードマーク。体をよく鍛えており、大柄な体つきをしている。超能力は体が異常なまでに頑丈である『頑丈』。副作用は痛覚の喪失。市原、彩川とは孤児院からの付き合い。
・古賀葵(こがあおい)
超常警察所属の24歳女性。ぶかぶかのベンチコートを着た、黒髪ショートボブの小柄な女性。超能力は全身の傷から茨を出す『茨』。副作用は出血と激痛。母親の浮気相手の子どもとして生まれ、生きることに強い罪悪感を抱く。彩川の想いを受け入れ、恋人となる。
・山下心路(やましたしんじ)
超常警察所属の男性。年齢不詳。手品師のような恰好と白い仮面がトレードマーク。第一班の後方支援組であり、運転係でもある。「フフフフフ!」という笑いが口癖。超能力は顔を自在に変える『人相』。だが、気を抜くと顔がぐちゃぐちゃになってしまうらしい。
・晶洞羅輝(しょうどうらき)
超常警察所属の27歳女性。普段はサングラスにマスク、トレンチコートを羽織っているが、本人はなるべく肉体美を見せびらかしたいらしい。長髪をなびかせたスレンダーな美女。健生の師匠役となる。超能力は全身を美しい結晶に変える『結晶化』。
・若松冬樹(わかまつふゆき)
超常警察所属の16歳男子。フードを深くかぶったギザギザ歯の少年。超能力を持っていない無能力者。過去に超常警察のデータベースをハッキングしたことがきっかけとなり、超常警察に入隊した。護とゲームの話題で盛り上がる。
・彩川青葉(さいかわあおば)
超常警察所属の25歳男性。超能力は肉眼で見た相手の感情や思考を色で視認する『視覚エンパス』。副作用は目の負担と色素の喪失。超能力が暴走した古賀葵に想いをぶつけたところ受け入れられ、晴れて恋人同士となる。市原、桂木とは孤児院からの付き合い。
・新田知也(にったともや)
超常警察所属の35歳男性。髪の毛が実験に失敗した博士のようにちりぢりになってしまっている、丸眼鏡の男性。自信なさげだが、気配りできる心優しい性格。超能力は全身から炎を放つ『人体発火』。副作用として、精神の乱れで能力が暴発してしまう。
・吉良美麗(きらみれい)
超常警察所属の34歳女性。髪をポニーテールでまとめた垂れ目の女性。顔立ち、スタイル、雰囲気の全てが非常に美しく艶やか。超能力は自分を見た相手に一時的に言うことを聞いてもらうことができる『魅了』。過去の恋愛に何かあるようだが……。
・冨楽笑美(ふらくえみ)
健生の義理の母親。おおらかでテンションが高い。超常警察の元隊員。
・冨楽一誠(ふらくいっせい)
健生の義理の父親。穏やかで息子想い。超常警察の元隊員。
・兵頭優一郎(ひょうどうゆういちろう)
超常警察第一班の班長。にこやかで細身の眼鏡をかけた中年男性。にこやかな笑顔がどこか頼りない印象だが、只者ではない雰囲気を持っている。冨楽夫妻とは超常警察時代の同期。
・過呼吸の能力者
黒髪の青年。全身真っ黒なパンクファッションに身を包み、首元にはシルバーネックレスがぶら下がっている。酸素スプレーを携帯している。面倒くさがりで苛つきやすい性格。超能力は目が合った相手を過呼吸にする『過呼吸』。古賀に確保される。
・神木茜(かみきあかね)
地雷系ファッションに身を包んだ少女。一人称は茜ちゃん。超能力は髪の毛を自在に操る『黒髪』。髪の毛に相当気を使っており、髪を傷つけた彩川を目の敵にする。苛烈で狂信的な性格。古賀にノックダウンされるが、一とともに逃走する。
・泣き声の能力者
髪の毛を乱雑に伸ばし、ぼろぼろのワンピースに身を包んだ女性。超能力は泣き声を音波にして発する『泣き声』。イライラが募ると精神的に不安定になる。古賀に確保される。
・氷室凛夜(ひむろりんや)
寒さと恐怖にガタガタと震えるスキーウェアの少年。16歳。超能力は氷や冷気を操る『冷気』。副作用は慢性的な強い寒気。非常に怖がりな性格だが、健生との対話を通して超常警察に協力、保護される。
・“T”
過去に健生と一に人体実験を行った研究者。バカンスの襲撃の黒幕。超能力者を人為的に生み出す研究を行っている。一と茜は“T”の手駒。
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