第三幕 トックン⑤


「た、ただいま~……」

 

 げっそりとした顔で帰宅すると、とてとてと唯が走ってきた。


「おばけのおにいちゃん、おかえりなさい!」

「唯ちゃん! ただいま」

 

 駆けてきた彼女を抱っこで受け止めると、彼女は「にへへ」と嬉しそうに笑った。

 唯の笑顔には、人を元気にする力があるらしい。疲れ切っていた健生も、思わず笑顔になる。


「きょうはね、おやつにクッキーやいたり、ばんごはんつくるおてつだいしたんだよ!」

「唯ちゃんすごいね! どんどんお料理上手になっちゃうね」

「ゆい、おりょうりやさんになれる~?」

「なれちゃうね~」

 

 そんな微笑ましいやり取りをしながらダイニングに行き、唯を床におろすと、健生は彼女に話しかける。


「唯ちゃん、お兄ちゃんからお話があるんだけどいいかな?」

「いーよ。なあに?」

 

 実は帰り際、晶洞から「では……次回は最終試験です……ぜえ……唯ちゃんに行きたいところ聞いて計画立てておいてくださいね……はあ……」とのお言葉をもらっていた。


「唯ちゃん、今までずっとお家の中にいたでしょ? それじゃあつまんないかなって思って」

「う~ん、あきてきた!」

「でしょ? だから、お兄ちゃんたちが学校休みの日に、唯ちゃんの行きたいところに遊びに行こう!」

「え、ほんと⁉」

「うん」

「やったー! あのね、ゆいね、ゆうえんちいきたい!」

「ゆうえんち?」

「うん! プリズムブレザーにあえるんだって!」

 

 唯が言っているのは、ヒーローショーのことだろうか。

 なるほど、それなら合点がいく。

 

「じゃあ、遊園地に行こうか。また行ける日が決まったら、唯ちゃんに教えるね」

「うん! ゆうえんちたのしみ!」 

 

 きゃっきゃ、と唯はその場でたどたどしいがスキップを始める。そのスキップを健生が褒め、何とも可愛らしい空間ができあがっていた。

 両親や恋羽はその様子にただただ癒されていたが、柳だけ、心の隅にもやもやとしたものを感じ取っていたのだった。


 日付変わって次の日。今日は、晶洞から課された最終試験の日だ。

 晶洞との特訓を思い出しながら体を変異させ、動かし、感覚を繰り返し体になじませる。ちなみに最終試験の内容について、健生には一切知らされていない。つまり、ドアが開いたら開始、なんてこともあり得るのだ。


(受け身じゃだめって、唯ちゃんが教えてくれたもんな……)


 出会った当初は話をすることすらままならなかった、小さな護衛対象のことを考える。今では彼女の方から健生に話しかけてくれることもずいぶん増えた。彼女の命だけではなく、笑顔も守らなければ。


(……よしっ)

 

 気合を入れていると、トレーニングルームの扉が開く。

 

「ずいぶん気合が入っていますね、健生君」

「晶洞さん!と…………あれ、柳さん?」

 

 部屋に入ってきたのは師匠の晶洞だけでなく、柳もだった。彼女はこの時間、恋羽や唯の護衛に当たっているはずだが。

 疑問に思っていると、柳は口を開く。


「晶洞先輩からお願いがあるとのことでしたので。市原先輩のグループに、護衛任務を交代してもらいました。護様もご一緒にいるそうです」


 第一班の護衛対象に入った護は、普段市原、古賀、桂木から護衛されていた。人員を三人割いているのは、能力を無効化する能力は非常に珍しいらしく、悪用を考える輩が多いと判断されたからだ。

 

「それなら安心……だけど、どうして柳さんを呼んだんですか?」

 

 できれば、彼女には任務で成長した姿を見てほしかったのだが。そんなことを考えていると、晶洞の口から驚きの言葉が飛び出す。


「健生君、君の最終試験の相手は柳さんです」

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