第三幕 トックン④
時間は進んで次の特訓。健生は自分が書き溜めた特訓ノートをお守りとして、トレーニングルームに持ち込んでいた。そのノートを見ながら、時間ギリギリまで実際に能力を使った試行錯誤を繰り返す。
(まだ体幹とかバランスが甘いけど……これなら……!)
今日こそは、と意気込む健生に、部屋にやってきた晶洞が声をかける。
「遅くなりましたね、健生君。それでは今日の特訓を始めましょうか」
「はい! お願いします!」
やけに元気な健生の様子に晶洞は小首をかしげるが、すぐに特訓の準備を整える。
「ルールはこれまでと一緒です。それでは行きますよ……開始!」
晶洞はこれまで通り、合図とともに勢いよく缶へと向かっていく。
(さあ、どうきますか?健生君)
と、晶洞が思ったのもつかの間。
(は?)
気づけば、健生の顔が眼前に迫っていた。
「な……⁉ はや……」
いつぞやの健生と同じセリフを吐きながら、晶洞は健生の体当たりをもろに喰らう。
「かはっ……!」
晶洞は体当たりを喰らってバランスを崩す。そもそも、彼女の体は結晶化しているため、強度も常人を遥かに超えている。そんな自分のバランスを崩しにかかるなど。
バランスを一瞬で整え迎撃の姿勢に入ろうとするが、今後は縄のように伸びた腕が、素早く晶洞の体を縛り上げた。
「これは……!」
腕の束縛から逃れようとするが、幾重にも巻かれた腕は晶洞の結晶化した、言ってしまえばしなやかさに欠ける体にがっちりと食い込み、離れる気配がない。
「俺の勝ち……ですね、晶洞さん!」
見上げると、そこには一転して好戦的な、そしてどこか高揚した様子の健生が、にやり、と笑っていた。
(眠れる獅子を起こしてしまいましたかね……)
そんなことを思いながら、晶洞は降参の意を示すのだった。
「健生君、先ほど行った変異は脚力と反射神経の強化、全身の硬質化、そして腕の変異の四つですね?」
「そうです」
特訓終了後、健生は晶洞にノートを見せながら話をする。
「昨日、晶洞さんが敵の動きに反応、対応できてないことが気になるって言っていたので。まずは反射神経とそれについていくための筋力、そして晶洞さんに張り合うための体の硬質化の変異をやってみました。さすがに脚力強化の練習はここじゃないとできなかったけど、他は家でもできたので」
自宅での反射神経の特訓は、柳や恋羽に手伝ってもらった。特訓と言っても、彼女たちが素早く出した手にタッチする、という簡単なものだったが。
健生の話を聞きながら、晶洞はなるほど、と納得した様子を見せた。
「私としては、反射神経とそれについていく筋力の強化に辿り着いてくれればよかったんですが、追加で硬質化までやってきましたか……これは予想外です」
やれやれ、と晶洞は上を仰ぎ見る。
「全く、優秀な弟子ですね、健生君は。護衛においても、敵を排除することが安全には不可欠なので、捕縛も一つの手段となりますね。個人でこなす護衛としては、及第点でしょう。ですが!」
晶洞はここで指を一本立てる。
「健生君、君はこれを敵がどの角度から、どのような手段や武器を持っていてもできなければなりません。さっきの感覚を忘れずに、同じ特訓を繰り返しますよ! 私もその都度対応してみせますから、そのつもりで!」
「はい!」
健生に一杯食わされたことでスイッチが入ったのだろう、晶洞の声に熱が入る。それに呼応して、健生も熱血モードだ。こうなった二人を止めることは難しい。
「遅い!」
「はい!」
「もっと反応早く‼」
「はいっ‼」
二人の特訓は、送迎役の山下が来るまで延々と続いた。山下が「フフフフフ、調子はどうですか?」と部屋を覗くと、そこには疲れ切ったゾンビのような二人が床に倒れていたという。
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