第三幕 トックン②
健生はへとへとの状態で自宅に戻った。自宅に帰ると、母である笑美が彼を心配そうに出迎える。
「あら、お帰り健生。今日は遅かったのねえ。大丈夫?疲れてるみたいよ?」
「心配かけてごめん、母さん。大丈夫。……唯ちゃんは?」
「それがね……」
唯について聞くと、笑美はどこか嬉しそうに顔をほころばせた。こっそりダイニングを覗いてみると、そこでは柳、恋羽、唯が三人で夕食の準備を仲良く整えていた。
「ほかにもっていくものある?」
「では、このお皿をお願いします」
「はーい!」
「唯ちゃん、力持ちですわね!」
「えっへん!」
「これって……」
健生がつぶやくと、笑美が説明してくれた。
「健生がお話してくれてから、唯ちゃん、柳ちゃんや恋羽ちゃんとあんなにお話できるようになったのよ。それにね……」
母が「唯ちゃん」と声をかけると、彼女は健生の帰宅に「あっ!」と気づいたようだ。唯は急にもじもじしながら、奥に行って一枚の紙を持ってくる。
「おばけのおにいちゃん、おかえりなさい……これ、ゆいがかいたおてがみ……」
「おてがみって……くれるの? お兄ちゃんに?」
びっくりして聞き返すと、唯は顔を真っ赤にして「うん」と頷いた。
一体どんなことが書いてあるんだ、とどきどきしながら紙を開いてみると、そこにはクレヨンでこう書いてあった。
『おばけのおにいちゃんへ まもってくれてありがとう ゆいより』
「~っ!」
思わず感極まって泣きそうになる。何とかそれを引っ込め、健生は飛び切りの笑顔で唯に応えた。
「唯ちゃん、ありがとう。お兄ちゃん、元気が出たよ」
「! えへへ……!」
唯は照れながら顔をほころばせた。怒っていた顔も可愛らしかったが、やはり笑顔の方が子どもは輝く。
(こんなところでへこたれてられないな……!)
唯が書いた手紙は、唯が考えていた以上に、健生の心を救ったのだった。
食後、健生は自室で特訓の内容をノートにまとめながら復習する。
(えっと、今日晶洞さんに言われたのは……)
一つ。能力を使って即座に対応できるように。
二つ。能力の使い方の幅の狭さ。
三つ。能力発動のタイムラグ。
大まかにこの三つだ。
(三つ目のタイムラグは意識と慣れの二つがいるって言ってた……一つ目の課題とやるべきことは一緒だな)
健生は二つの課題を矢印で結び、『常に意識をする』と赤ペンで書く。
(意識をする……か)
健生は試しに、部屋の壁際にペンをぽい、と投げてみる。もちろん、彼が座っている場所からは普通届かない。だが、腕を伸ばせば……。
(こう、自然に扱うように……)
腕に意識を集中し、じわじわと腕を伸ばし、手を大きくしていく。そして、床に放り投げたペンを拾った。
(うん、これぐらいの練習を家で繰り返そう。で、問題は二つ目だよなあ……)
二つ目の課題は、能力の使い方の幅の狭さだ。
確かに、彼は現状、腕を変異させることしかしていない。
(俺の能力は細胞を操作すること……細胞って……つまり何なんだ?)
根本的な疑問に、彼はスマホを起動して『細胞』と調べる。調べてみるとなるほど、様々な情報が出てきた。体を構成する最小単位であること、体の構造を作っていること、コピーを作ることが可能であること、などなど。健生はその中から、『体の構造を作る』、『コピーを作る』の二つに丸をつける。
(ここらへん、何かできそうなんだよなあ……)
一番イメージが湧きやすいのは『コピー』だろうか。
健生は、いつぞや歴史の教科書で見た千手観音を思い出す。
……あんな感じ?
(いやいやいや、さすがに怖い!)
無茶をして能力が暴発しても困る。これはお蔵入りにしておこう。となると、増えても問題なさそうな体の部位と言えば、どこだろうか。
(あ、あそこか)
健生はぱっと思いつき、思い切って能力を発動させてみたのだった。
「いやあ、唯ちゃんが幸ちゃんや恋羽ちゃんと仲良くできるようになって良かったなあ」
「本当ねえ。私、嬉しくて涙出そうになっちゃったわ!」
「そうだなあ。今、子どもたちはどうしてる?」
「唯ちゃんの寝かしつけしてくれてるわ。健生は、部屋にこもってなんだか考え事をしてるみたい」
「超常警察に入隊したからなあ、考えることも多いんだろう」
「そうねえ。無理しないといいんだけど……」
笑美と一誠がそんな話をしていたときだ。
「父さん、母さん……」
げっそりとした健生の声が聞こえた。
「おお、どうした健生……うおっ⁉」
「ええっ⁉ その髪の毛どうしたの⁉」
声の聞こえた方に目をやると、そこには健生……健生なのだろうか、妖怪けうけげんのように髪の毛まみれの人型がいた。その人型は床までつく前髪をかきあげ、つぎはぎだらけの顔をさらすと、げんなりとした様子で頼み事をする。
「ごめん……髪の毛、切ってくれない?」
かくして、健生の能力実験は大失敗に終わったのだった。
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