第三幕 トックン
第三幕 トックン①
「昨日は大変でしたね、健生君。それで、お願いというのは?」
脅迫状が冨楽家に届いた次の日。健生は晶洞に連絡を取り付け、トレーニングルームで待ち合わせをしていた。晶洞にあるお願いをするためだ。
「晶洞さん、俺に特訓をつけてください。唯ちゃんが安全に外出できるよう、実践的な特訓を」
外出、という言葉を聞いて、晶洞は渋い顔をする。
「健生君……正直、今の状況で彼女の外出を認めることは難しいですよ。脅迫状が君のご自宅に届いたということは、こちらの情報が筒抜けということです」
「なら、唯ちゃんが家にいてもどこにいても、危険なのは同じですよね? だったら短い時間でもいいから、せめて外出させてあげたいんです」
「外の方が危険度は上ですよ」
「けどこのままじゃ……唯ちゃんの心が限界なんです。俺たちと過ごす間に楽しかったって、少しでも思って欲しい」
「健生君……」
健生は、晶洞の目を見据える。
「護衛任務は、護衛対象の命だけじゃなくて、安心してもらったり、少しでも楽しんでもらったり……心を守ることも必要なんじゃないかって、唯ちゃんを見ていて思ったんです。危険なのは重々承知しています。俺一人じゃ唯ちゃんを守り切れないことも事実です。だから、晶洞さんや、皆さんの力を貸してください。どんな特訓にも耐えます」
唯が晒されていた恐怖や孤独と比べれば、どんな訓練だってマシなはずだ。
だったら、今度は自分が耐える番だろう?
健生は晶洞に深く頭を下げる。
「全く、君という人は……」
頭を下げ続ける健生に、晶洞は根負けしたという様子で頭を掻く。
「では、唯ちゃんの外出を認めるための条件を二つ出します。まず、私が出す課題を『合格』と言われるまでこなしてみせること。もう一つは、彼女が希望する外出先に応じた護衛計画を考えて私にプレゼンしてみせること。すぐにこなせると思わないことです。いいですね?」
晶洞が出した条件はかなり厳しいものだった。だが、健生の考えを否定しているわけではない。ならばやってみろ、とチャンスを与えられたのだ。
「……はい! ありがとうございます!」
健生は顔を上げる。そこには、呆れたように笑顔を見せる晶洞の姿があった。
「特訓は今日、これからすぐ開始します。健生君、缶蹴りをしたことはありますか?」
「缶蹴りって……あの、鬼が缶を守る遊びですか?」
実はやったことなどなかったが。
晶洞は空き缶を取り出し、健生の近くにコン、と置いた。
「これから缶蹴りを模した特訓を行います。健生君は、缶を護衛対象に見立てて守りながら、私を捕まえてください。私が敵役として、あらゆる角度から、あらゆる方法で缶を狙いに行きます」
晶洞はトレンチコートをバサァッ!と脱ぎ捨て、全身を結晶化させる。
「缶に攻撃が当たったら君の負けです。一回に集中力を全てかけること。二回目があると思わないこと。いいですね?」
「っ……はいっ!」
二回目はないと思うこと、という言葉に、健生はぴり……と張りつめたものを感じる。これが緊張感というものか。
「では……開始!」
合図とともに、晶洞は一直線に缶に向かってくる。初動から全開の動きだ。
「ちょ……はや……!」
カァン!
缶は一瞬で晶洞に蹴られてしまった。健生は、洗練された彼女の動きについていけず、何もできないまま一回目が終わった。
「遅い! 能力はいつでも発動できるようにしておく!」
「はい!」
「次! 二回目、開始!」
間髪入れずに二回目が始まる。もう一度晶洞が正面から突進をしかけてくる。
二回目の動きということもあって、何とか缶と晶洞の間に入ることができた……が。
「甘い!」
晶洞はそのまま健生に突進をする。
「ぐえっ‼」
健生はあっけなく体こと吹っ飛ばされ、自分の体で缶を弾き飛ばしてしまった。
「あっ……!」
「何があっ、ですか! 子どもだったら今ので骨折しますよ! 能力を使って、缶に何一つ触れないように対応しなさい! 次!」
「……はい!」
(能力を使って対応、能力を使って対応……)
現状、健生ができるのは腕の変異だけだ。
晶洞の言葉を頭の中で反芻し、腕へと意識を集中させる。
「では……開始!」
晶洞は再度、缶に向かって一直線に向かってくる。
(今だ……!)
「はあっ!」
健生は手を一気に巨大化させ、晶洞と缶の間に壁を作る。
だが、晶洞はそれを空中に飛んでひらり、と躱し、そのまま缶にかかと落としをした。バン!という音とともに缶がつぶれる。
「そんな……」
「今の敗因は、勝負のうちの一手しか考えていなかったことです。相手に攻撃を躱されることも視野に入れて、二手目、三手目に備えておくこと。いいですね!」
「は、はい……!」
これは……なかなか厳しいぞ。
怒涛の指摘に頭がいっぱいいっぱいになる。正直、体はついていかない。だが、やるしかない。
「次、お願いします!」
健生は負けじと、晶洞に向かって声を張るのだった。
そして数時間後。
「ぜえっ……はあっ……!」
全身汗だく、全身泥まみれの健生が、ばてて床に転がっていた。彼の周囲には、へこんでダメになった缶が大量に転がっている。特訓を開始してからほぼノンストップで能力を発動し続けた彼は、もう限界だった。
晶洞もそれが分かっているのか、彼に向かってこう言い放つ。
「今日はここまでにしましょう。これ以上は無駄です」
「ま、まだ……いけます……!」
「いけないでしょう、どう見ても。今日の総評を述べると、能力の使い方がかなり固定化されていますね。確かに、腕の変異からやってみるよう提案したのは私ですが。君の能力でできることは細胞操作。そんなものではないでしょう? あとは能力発動までのラグタイム。これは慣れと意識で解消していきましょう」
日常でも常に能力を意識するように。
そう言い残して、晶洞はコートを羽織ってトレーニングルームを出ていく。
残された健生は、汗をぬぐうように目元を腕で隠す。
「クソッ……!」
彼の悪態は誰に向けたものだったのか。小さな弱音は、誰にも聞かれることなく部屋に溶けていった。
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