第二幕 ハツニンム⑤
「ただいま、唯ちゃん」
自宅に戻り、ダイニングにいる唯に声をかけるが……。
「……むう!」
くりくりのお目目で睨みつけられた。唯は、好きな女児アニメである『プリズムブレザーシリーズ』を見ることで何とか冨楽家に繋ぎ留められている状態だ。健生が学校に行っている間もずっとアニメを見ていたのだろう。テレビの前にちょこんと座っている。
そんな彼女に、健生は少しずつ近づき、同じように床に座って向かい合う。
ダイニングの入口では、柳や恋羽、健生の両親が固唾を飲んで二人の様子を見守っていた。
「……おはなしはしないもん」
「うん。今日はね、唯ちゃんにプレゼントがあるんだ」
「ぷれぜんと?」
少し興味が出たのか、唯が健生の顔を見る。ハロウィンのお化けもだいぶ見慣れてきたのだろう、もう怖がって泣くことはなかった。
「はい、これ。唯ちゃんが喜ぶかなと思って」
そう言って健生が取り出したのは、『プリズムブレザー』の変身アイテム玩具だった。ちゃんと護に聞いて下調べを済ませ、柳、恋羽とお小遣いを出し合って買った品物だ。これなら喜んでくれるはず!
唯は健生からのプレゼントを見ると、はっと目を見開いた。その目には、好きなものを見た喜びや急にプレゼントが出てきた戸惑い、そして何故だろう……寂しさのようなものが窺えた。その目はだんだんと寂しさがまさっていき、じわじわと涙がにじんでいき……。
「うわああああん‼」
泣かれた。それも、初対面の頃より激しい泣き声で。
「え、唯ちゃんどうしたの⁉」
慌てて健生が声をかけるが、彼女は「うわああああん」と泣き続けたまま答えない。柳や恋羽、両親も駆け寄ってくるが、まったく意味を成さなかった。
「こ、これじゃなかった? もしかして、もう持ってたとか……?」
色々とアタリをつけて聞いてみるが、彼女は泣くばかりだ。子どもの泣き声というのは非常に甲高く、聴く側の精神を揺さぶることがある。健生の精神もだんだん、不安定になっていくのを感じていた。
「ど、どうしたんだよ、唯ちゃん……」
苦し紛れの言葉も彼女には届かない。今まで以上に取り付く島もない状態だった。
この状況に少し苛立ちを覚えながら、健生はつい、一言放ってしまった。
「どうしたら、いいんだよ……!」
少し、ほんの少し怒気をはらんでしまった言葉に、唯は敏感に反応した。その顔に恐怖がにじんでいることに気づいた健生は、しまった、とすぐさま謝る。
「ご、ごめん……こんなつもりじゃ……」
いや、この状況では何を言っても無駄か……。
そんなことを思いながら、力なくうなだれる。すると、その様子を見て何か思うところがあったのか、唯が俯きながら話し出す。
「……ぱぱと」
「え?」
「……ぱぱとやくそくしてたの。ゆいがいいこにしてたら、おたんじょうびにかってくれるって」
唯は大人たちの顔を見回す。
「ぱぱ、どこにいっちゃったの? ぱぱにあいたい、あいたいよ……!」
そう言って、彼女はもう一度、今度はしくしく、と泣きだした。
大人たちには何も答えられない。答える資格などない。
(何が唯ちゃんを護衛するだ……)
健生は苛立ちを覚える。唯に対してではなく、自分自身に。
彼女の気持ちを無視し続けた、自分自身に。
(こんなの、何も守れてないじゃないか……!)
「唯ちゃん……」
健生が彼女に手を伸ばした、その時だ。
パリィン!
とダイニングの窓ガラス、つまり、唯の横に位置する窓ガラスが外から割られた。
「っ! 危ない!」
健生はほとんど反射で唯を抱きかかえ、盾になる。だが、本当の危険はここからだった。
風だ。
ゴオオッ‼という激しい轟音とともに、暴風が部屋中に吹き荒れる。
「この風は……!」
「ガラスが飛んでくるぞ!」
「みんな、伏せて!」
「恋羽さん、こちらへ!」
「うわああああん‼」
「唯ちゃん、大丈夫、大丈夫だから……!」
部屋に容赦なく入り込む暴風、散らばる家具、ぼろぼろになっていくプレゼント。目の前で起きる惨状に、唯はパニックのように泣き叫ぶ。健生は、大丈夫、と声をかけながらも、彼女を風から守るので精いっぱいだった。他の面々は、さすが能力者の世界で渡り合ってきただけある。冷静にその場で対処することができていた。
どれくらい経っただろう、風が止んだことに気づいて顔を上げると、部屋中がとんでもないことになっていた。家具が散らばっているのはもちろんだが、それ以上に目を引いたのは床一面を埋め尽くすほどの紙だった。
(まさか……)
そのうちの一枚を手に取る。そこにはこう書いてあった。
『任務を放棄しろ。さもなくば容赦はしない』
(やっぱり……!)
柳が本部に連絡を取り、恋羽と両親が部屋の中の危険物をすかさず取り除く。
そんな外野の様子が遠くに聞こえるほど、健生の中で怒りが、そして何としてもこの子の心と命を守らなければ、という想いがこだまする。今、健生にはっきり聞こえているのは、唯の泣き声だけだ。
「唯ちゃん……ケガはない?」
「ぐすっ……うん、ない……」
「よかった。……唯ちゃん、あのね」
「……?」
唯を安全な床に座らせ、健生は彼女に伝える。
「お兄ちゃん、頑張るから。唯ちゃんが早くパパに会えるように。それまで、唯ちゃんがケガなく楽しく過ごせるように。だから、もう一度チャンスをくれる?」
唯も健生からこれまでとは違う、何かを感じ取ったのだろう。
しばしの沈黙の後、「うん……」と頷く。
「ありがとう」
健生は立ち上がる。まずはこの部屋の片付け。
そのあとは、師匠である晶洞に特訓のお願いだ。
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