第一幕 ニュウタイ⑦

「訓練は順調らしいな、兵頭優一郎」

「はい、長法寺隊長。健生君も晶洞さんも、よく頑張ってくれていますよ」


 場所は変わって隊長室。そこでは、長法寺と兵頭が健生の訓練の経過について話し合っていた。


「晶洞羅輝からの報告を読むと、冨楽健生自身の頭の回転も良いのだろうな。応用力がある。そして何より素直だ」

 

 素直な人間は伸びが速い。

 

 彼女はそう言う。兵頭も彼女の言葉に頷いた。


「少し早いかもしれないが、今回の任務は冨楽健生には適しているだろうな。彼の初任務といこうじゃないか、兵頭優一郎」

「きっと彼なら、今回の任務をしっかりこなしてくれますよ、長法寺隊長」


 二人はある書類を眺めながら、つぎはぎだらけの心優しい少年のことを思い浮かべるのだった。


「お兄様、初任務おめでとうございます!」

 

 冨楽家の居間で、恋羽が健生を祝う。両親や柳も一緒だ。


「俺としては、まだ早いんじゃないかなって思ったんだけどなあ……」

 

 健生は正直どきまぎである。だが、彼の師匠である晶洞には「つべこべ言わない!」と一喝されてしまった。不安そうな健生の表情を見て、柳が声をかける。


「今回の護衛任務は、第一班の班員全員で臨むものでもあります。護衛対象の近くに控えるのが、健生様と私、そして冨楽家の皆様ということですから。私もサポートいたします」

「ありがとう、柳さん……」


 彼女に良いところを見せるには、まだまだ時間がかかりそうだ。

 今回健生に課せられた初任務は、ある護衛対象を自宅に匿い、安全を確保することだと言う。これから山下がその護衛対象を冨楽家に送迎してくれるそうだが……。


(一体どんな人がくるんだ……⁉ 怖い人だったらどうしよう……)


 実は今回、護衛対象について健生はおろか、柳にも知らされていなかった。これも修行のうち、という師匠からのお言葉だ。状況に臨機応変に対応してみろ、ということらしい。


 ピンポーン


「⁉」

「来られたようですね」


 そんなことを言っていると自宅のチャイムが鳴った。護衛対象のご到着だ。

 

「わたくしもお出迎えしますわ!」

「私も行かなくちゃね! ほら、お父さんも!」

「おおっ、そうだな!」


 任務外の恋羽、両親の方がどういうわけかノリノリだ。その気持ちを少しでいいから分けてほしい。


「ちょっと待って、俺が出るから!」

 

 慌てて柳と後を追いかけて玄関に向かう。扉の前に立ち、ふう、と深呼吸をする。


(行くぞ……!)


 意を決してドアを開ける。目線の先には、見慣れた白い仮面があった。山下だ。


「ああ、山下さん、お疲れ様です……」

「お疲れ様です健生君! フフフフフ!」


 あれ? 護衛対象はどこだ?


「あの、山下さん、今回の護衛対象って……」

 

 健生が山下に聞くと、彼はフフフ、と言いながら自分の足元を見て「こちらですよ」と言う。

 そこには、彼の脚に隠れるように立っている小さな少女がいた。五歳くらいだろうか。二つくくりの髪にくりっとした可愛らしい目元、可愛らしいワンピース、可愛らしいリュック、可愛らしいを全身に詰め込んだ小さな護衛対象が、そこにはいた。


「今回の護衛対象、唯さんです。苗字は少し控えさせていただきますね、フフフフフ!」

 

 山下が説明してくれるが、健生の耳にはほとんど入っていない。


(こ、子どもだ……! しかもこんなに小さい……!)

 

 健生は子どもと関わるのに慣れていない。彼の境遇を思えば当然のことだが。健生は半ばパニックになりながらも、膝を曲げ、護衛対象である唯と目線が合うようにかがむ。


「えっと、俺は冨楽健生って言います……よろしくね?」


 少女ははっと目を見開いて健生を見る。

 そして、その目にはじわじわと涙がにじみ始める。

 次の瞬間には……。


「うわああああん‼」


 泣かれた。それも大声で。


「えっ、えっ⁉ どうしたの⁉」


 慌てて健生が問いかけると、彼女は健生を指さしてこう言う。


「はろうぃんのおばけ! こわいー‼」

「あ……」


 彼女の言葉にその場の全員が固まる。

 健生は、自分のつぎはぎだらけの容姿をすっかり忘れていた。


(そうだよな……そりゃ怖いよな……)


 両親や恋羽が唯をなだめる。柳は固まる。山下はおやおや、とその様子をどこか楽しんでいる。というか、何で仮面をしている山下は泣かれてないのか。


 晶洞さん、この任務、俺には向いてないかもしれません。


 心の中で、健生は師匠にうおーっと叫び散らすのだった。

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