第一幕 ニュウタイ⑥

「頑張った成果が出ていますね、健生君!」


 また別の日。晶洞は満足気に健生を褒めたたえていた。


「ありがとうございます、晶洞さん!」


 そう答える彼の腕は伸び、両手は大きく変質していた。能力暴発事件からしばらくして、健生は腕の変質をある程度コントロールできるまでに成長していた。

 最初は新田や晶洞、家族と会話しながら能力に向き合い、少しずつ、少しずつ能力を自分の一部と捉えていく。健生が腕の変質をものにしたということは、自分の能力や過去、境遇をある程度受け入れられるようになったということだ。


「せっかくです、少し実践的なトレーニングをしてみましょうか」

 

 晶洞は健生の安定した様子を見て、トレンチコートをボタンがついているのにも関わらずブチィ!と脱ぎ捨てた。もちろん、その体はきらびやかに結晶化している。

 晶洞は指を一本立てて、こう提案した。


「鬼ごっこをしましょう、健生君。私が逃げる役で、健生君が鬼です。ただし、健生君はその場から動かず、腕を変質させて私を捕まえること。制限時間は三分。いいですね?」

「……! はい!」


 晶洞に認められたこと、訓練の段階を一つ越えられたことに、健生は喜びを覚えながら返事をする。晶洞は壁際まで移動し、構えをとった。


「変質させた腕を実際に動かしてみることで、どうすれば効率的に目標をこなせるか考えてみてください。それではいきますよ……開始!」

「……っ!」


 健生は晶洞に向かって腕を伸ばす。だが、当然のごとく晶洞の動きの方が機敏だ。彼女の動きは踊るように美しく、身軽である。ならばどうすべきか。


(じゃあ、単純に考えて……)


 健生は手を更に大きく変質させて晶洞を追おうとする……が。


「うわ、重っ!」


 手の重みに腕が耐え切れず、床にドスン、と落ちてしまう。

 なるほど、晶洞が言っていたのはこういうことか。


(変質できたとしても、動かせなきゃ意味がない……!)


 晶洞は気づきを得た健生の顔を見て、にやり、と笑う。

 健生はそのことにも気づかない。とにかく思考を巡らせる。


(重すぎると腕で支えられない……なら、逆に手を小さくしてみる!)


 そして、今後は手を小型化させ、晶洞を追う。

 素早さは格段に上がり、先ほどよりも晶洞に迫ることができた。


「おっ、考えましたね、健生君! だけど、まだまだですね!」


 晶洞も満足気だ。彼女は室内を縦横無尽に動き回り、手を、腕を躱して見せる。

 

「……クソ、速い!」


 健生は晶洞から視線を外すことなく追い続けるが、上手くいかない。工夫しても、晶洞の動きの方が一枚上手だ。


「視野が狭くなっていますね! 自分の腕もよく見た方がいいですよ!」

「へ? ……って、ああ⁉」


 言われて気づいた。動き回る晶洞を腕を伸ばし続けて追ったことで、腕が絡まり始めている。慌てて腕を短くしようとするが、途中で完全に結び目ができてしまった。


「うわ、動かない……」

「さあ、まだ時間はありますよ! これからどうしますか、健生君!」

 

 晶洞は健生を試すように言う。このまま時間が経過するのは何とも悔しい。

 ぐぬぬ……となっていた健生だったが、伸びた腕でいっぱいになり始めた部屋を見て、妙案が一つ浮かんだ。


(待てよ……室内だったら逃げられる心配はない……だったら!)


 健生は短くしていた腕を、今度は急速に伸ばしていく。腕の動きを察知した晶洞は、再び逃げ始めた。


「さっきと同じことですか? 思考の放棄は負けを意味しますよ!」

「だったらまだ負けていません!」

 

 晶洞の煽りにも果敢に挑んでいく。先ほどよりも速い速度で腕を伸ばす。室内がどんどん腕でいっぱいになっていく。


「これは……!」

 

 晶洞も健生の狙いに気づいたようだ。今度は健生がにやり、と笑う。

 それを受けると、晶洞はふふん、という表情で感心した。


「なるほど、逃げ場をなくしていくということですね! 確かに、腕をほどくよりは建設的です!」


 時間はもうほとんど残っていない。ここからは根競べだ。

 互いにそれが分かったのか、より一層真剣な表情で鬼ごっこに臨む。

 床が、壁一面がどんどん腕で埋まっていく。まるで蛇にでも囲まれたようだ、と晶洞は思った。その思考が、健生に徐々に追い詰められていることを意味する。だんだん足の裏全体でなく、つま先で床を蹴るようになる。


(時間、三分は長すぎましたかね……?)


 そんなことを思いながら、彼女は冷や汗をかいた。ちなみに、冷や汗をかいているのは健生も同じだった。


(正直もう限界……! 三分ってこんなに長いのか……!)


 健生の場合は明らかに能力の使い過ぎだ。肩で息をしながら、ぜえはあ言っている。


(早く終わってくれ……!)

 

 二人が同時に思ったそのときだった。


 ピピピピピ


 晶洞が事前にかけておいたタイマーがなる。時間切れによる晶洞の勝利だ。


「ま、負けたあ……!」


 健生はその場にどさっと座り込む。息はあがって汗まみれだ。

 

「途中までは良かったですね。ただ、この作戦は密室でしか使えないので注意しましょう」


 そう講評する晶洞も、実は息が上がっていたりする。疲れ切っている健生はそのことに気づかなかったが。


「晶洞さん、今回の鬼ごっこの意味って、実際に使えるような変異じゃないとだめってことですよね……?」

「そうです。最初みたいに、手だけ大きくしても物理的に持ち上げられないでしょう? だから、腕の筋肉を増やすとかの工夫が必要になります。今後はもっといろんな変異を試して、使えるパターンを増やしていきましょう」

「はい……!」

「まあ、それはそれとして……」


 健生と晶洞は腕でいっぱいになった部屋を見渡す。


『これ、どうやってほどこう……』

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