第一幕 ニュウタイ③

 病室に残ったのは、入隊希望書と兵頭だ。


 突然初対面の人間と二人で取り残された。一体どうしろというのか。

 健生が所在なさを感じていると、兵頭が穏やかに話しかけてくる。


「いやあ、すまないね。急に押しかけてしまって。健生君とは初めまして。僕は第一班の班長、兵頭優一郎です。君の護衛たちの上司だね」

「は、初めまして、冨楽健生です。いつもお世話になっています」


 慌てて挨拶をすると、兵頭は笑顔でうんうん、と頷いた。


「君は礼儀正しい子だね。冨楽さん夫妻とも上手くやっているみたいだ」

「両親を知っているんですか⁉」

 

 健生が身を乗り出して聞くと、彼はハハハ、と笑う。


「一誠さんと笑美さんは僕の同期だよ。二人は結婚して超常警察を引退したんだけど、子どもに恵まれなくてね。そこに、君とのご縁があったというわけさ」


 在りし日を思い出すように、兵頭は目をつむる。


「最初はどうなることかと思ったけど、事の次第を聞いて安心したよ。君と、君のご両親には血のつながりはないけれど、確かに親子だ」

 

 その言葉を聞いて嬉しくなる。へへっと顔をほころばせると、兵頭も笑顔を見せた。


「さて、超常警察への入隊についてだけど、君はどう考えてるかな?」

「入隊……ですか」

「そう。正直、僕は無理に入隊を勧める気はないよ。入隊することになったら訓練や任務をこなしてもらうことになるし、それだと、今以上に危険にさらされることになるからね」

 

 訓練。そして任務。


 ここで、健生の頭に二つのことが浮かんだ。柳と一のことだ。


「あの、兵頭さん……」

「ん? なんだい、健生君」

「仮に俺が入隊して訓練をこなすことになったら、今よりもっと……誰かを守れるくらいに強くなれますか?」


 その問いに、兵頭は少し考えてから答える。


「そう……だね。そのための訓練を行うからね」

「じゃあ、あともう一つ質問です」


 今度は息を吸い、言葉を慎重に選んで聞く。


「任務で、特定の犯人を追うこと……例えば、特殊指名手配犯を追うことはできますか?」

「健生君、それは……」


 兵頭が目を見開く。


「すいません、私情だとは分かっています。それでも、俺、このままじゃいけない気がするんです。この力を、大切な人のために使いたい。そして、友達……だったか分からないけど、でも、それを確かめるために使いたい」


 健生は兵頭をしっかり見据えた。

 柳には守られてばかりだ。好きな人一人守れないくらいでどうする。

 一には言われっぱなしだ。友達一人と喧嘩くらいできないでどうする。


 健生の視線から兵頭は何かを感じ取ったのか、「はあ」と短く息を吐きだす。

 

「全く、一誠さんや笑美さんとそっくりだよ、君は。分かった、話は受けよう」


 詳しいことは、またご両親と一緒に話そうね。


 そう言い残して、兵頭も病室を去っていった。


「……ふう」


 さあ、これでもう後戻りはできない。

 高揚感か、緊張か、はたまた別のものか。健生の鼓動がどくどくと脈打った。健生は胸をどん、と叩き、己を奮い立たせる。

 ここからようやく始まるのだ。

 健生は、今後の人生を決める大きな第一歩を踏み出したのだった。

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